Event Report

感動体験のつくりかた 「sio」オーナーシェフ鳥羽周作さんが明かす設計図と顧客への愛

「感動体験には、精度の高い設計図が必要なんです」そう語ったのは、レストラン「sio」オーナーシェフの鳥羽 周作さん。2022年7月に開催された「KARTE CX Conference 2022」のセッション「ぼくらの感動体験のつくりかた」にて、sioの緻密な体験設計から設計図を描く上で大切な“落差”、顧客とのコミュニケーションなど、食の領域に限らず「感動体験」をつくるためのヒントを語っていただきました。

「感動体験には、精度の高い設計図が必要なんです」

そう力強く語ったのは、レストラン「sio」オーナーシェフの鳥羽 周作さん。2022年7月に開催された「KARTE CX Conference 2022」内のセッション「ぼくらの感動体験のつくりかた」にて、sioが食を通して実現する感動体験の設計図を明かしました。

本セッションでは、実際にsioの手がけたのり弁「江戸弁『のり重』」を食べ、sioの体験を実感するというスペシャルな仕掛けも用意され、参加者の「楽しみ!」といった声が、開始直後からTwitterやQ&Aツールを通して届いていました。

sioの緻密な体験設計から設計図を描く上で大切な"落差"、顧客とのコミュニケーションの根底に流れる愛まで。食の領域に限らず「感動体験」をつくるためのヒントを、株式会社プレイド CXプランナーの藤井が聞き手となり紐解きます。

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10皿の“打順”に学ぶ、sioの感動を生むコースの裏側

鳥羽さんは、一つ星レストランsioを含む8つの飲食店を運営するだけではなく、大手小売や飲食業とのコラボレーション、SNSでのオリジナルレシピ公開にも注力してきました。

2021年には、食のクリエイティブカンパニー シズる株式会社を設立。レシピや店舗開発からブランドや事業のデザインまで、様々な企業の食にまつわるクリエイティブを手がけています。

さまざまな活動を通して、鳥羽さんは「おいしい」だけでなく「感動」を提供したいと考えてきました。セッションの冒頭では、なぜそう考えるのか、感動のために必要な「設計図」とは何かについて語ります。

鳥羽:今って、ただ「いいモノ」を作るだけでは、顧客に選ばれ続けるのが難しくなっていると思うんです。ちゃんといいモノをお客様に届けて、感動してもらえないと、その他のいいモノに埋もれちゃう。作った後の話が重要だし、それによって選ばれるかどうかが変わってくる。

そして、その感動は“まぐれ”で生まれることは少ないんですよね。もちろん、偶然旅先でオーロラを見て感動するとかはあり得ますよ。ただ、それは予想できないし、打率は悪い。だから精度の高い設計図が大事なんですよという話を、今日は皆さんに共有したい。

藤井:鳥羽さんは「ロジック」という言葉もよく使われますよね。

鳥羽:そう、感動体験にはロジックがあるはずなんですよね。たとえば、富士山で食べるカップラーメンがおいしいのは、山を登りきった達成感や疲労感、目の前の美しい景色などがあるから。

あと、今『トップガン マーヴェリック』って流行ってるじゃないですか。あれも絶対に「見終わった後に観客はこうなるぞ!」って作り手が想像して、設計しているはずなんです。

藤井:sioの体験はどのような設計図に沿ってつくられているのでしょう?

鳥羽:まず『5味+1』という、味の設計図があります。甘味と苦味、酸味、旨味、塩味という5つの味に、そのほかの要素を加えることで立体的な味をつくるというものです。

sioを代表する一皿である『ちゃんちゃん焼きリゾット』は、5つの味だけではなく、七味の香りや辛味、アーモンドの食感も楽しめるようになっています。

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鳥羽:10皿のコースも、お客様にどのような感情を持ってもらいたいかに沿って、何番目にどのような料理を出すかといった“打順”が決まっています。

まず、シンプルかつ繊細な味のスープが出てきて、次にスペシャリテが続く。3、4皿目は、お客様が最もお腹が空いてくるタイミングなので、コースを印象づける特別な味の皿をお出しする。後半にかけて一度シンプルな料理で休憩。そこからお魚とお肉の皿を楽しんでもらい、最後はデザートやコーヒーで落ち着いて、余韻を感じてもらう。

お客様の“感動体験ポイント”のようなものがあるとしたら、一つの皿で満点を狙うのではなく、トータルで満点になるようなイメージですね。

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“食べやすさ”と“美味しさ”から成る、のり弁体験の作り方

「5味+1」で意図を持って設計された料理を、文脈のあるコースに沿って提供する。それによってsioは「おいしい」を超えた「感動」を生み出そうと試みてきました。では、本セッションでいただく「のり重」は、どのように設計されているのでしょうか。鳥羽さんが順に解説していきます。

鳥羽:のり弁を食べるとき、のりが一枚丸ごとご飯から剥がれてしまって、のりだけ食べた経験ってありませんか?お箸ものりで黒く汚れてしまったりして…。僕はそういうの気になっちゃうタイプなんですよね。

なので、sioの『のり重』では、一枚ののりをご飯の上に敷く代わりに、細かくちぎったのりをご飯のなかに混ぜ込んでいます。のりが箸にくっついてしまったり、箸が汚れてしまったりせず、とても食べやすいはずです。

また、おかずは鮭以外すべて一口サイズにカットしてあるので、いちいち箸で切り分けなくていい。『5味+1』で設計されたおかずの味を、少しずつ食べて楽しんでもらえるよう、鮭のしっぽの先におかずを置いて、“休ませる”空白地帯も用意しています。

そして最大のポイントは鮭。鮭の皮には、針で細かい穴をいくつか空けているので、お箸ですっと皮を剥がせます。皮をめくる手間がかからず、箸にくっついてしまう心配もありません。

そのお箸も、先端を見てもらうと、ちょっとだけ細くなっていると思います。これは奥に置かれたおかずや鮭の皮を掴みやすくするためです。」

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鳥羽:さらにお米は、8時間後に食べてもおいしい新潟米「新之助 しんのすけ」を採用。ちくわは、創業150年以上の老舗企業「鈴廣」の手がける「百年ちくわ」と呼ばれる高級ブランドのものです。一緒についてくるお茶は、鮭の香ばしさにマッチするよう苦味や渋みを抑えた味になっています。

藤井:食べやすさだけでなく、おいしさも設計されている。

鳥羽:そうなんです。もう一つ注目していただきたいのが、食べ終わった後のお弁当箱です。

お弁当箱には、仕切りや醤油差し、バランなどがありません。盛り付ける前に、霧吹きで箱の底に水を吹きかけているので、米粒もくっつきづらくなっています。食べ終わった後は綺麗に箱だけが残るはずです。

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2時間を2年間へ、拡張するレストラン体験

食べやすさからおいしさ、食後の美しさまで、考え抜かれたお弁当。本セッションでは、およそ20分間の説明を終えてから、食べる流れとなりました。

参加者からは「鮭がおいしい」や「おかずが食べやすい」などの声が上がりました。そうした声を受けて、鳥羽さんは本セッション自体の設計図を明かしていきます。

鳥羽:実は、このセッションで事前に『のり重』を説明する時間を設けたのも、皆さんにより喜んでいただくための設計図に則っているんです。

というのも、お箸の先端が細くなっているかどうかって、事前に説明されていないと、なかなか気づきづらいですよね。

予習の時間を設けることで、そうした気づきが増え、実際に食べたときにもっと楽しめる。『のり重』の体験価値を最大化できるだろうと思ったんです。

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藤井:鳥羽さんはレストランにおいても、前後の時間も含めて設計することで、体験価値を最大化しようと取り組まれていますよね。

鳥羽:そうなんです。この会場がレストランだとして、事前に私たちから説明を聞いたのが“前”の体験。食べ終わってからSNSに感想をシェアしたりするのが“後”の体験です。

こうした前後の時間があることで、2時間のレストランでの体験はよりよいものになると思っているんです。2時間で体験が終わらず、前後の数日間や数週間、数年間と、より長くsioの体験を楽しんでもらえるのではないか、と。

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藤井:僕も実際に鳥羽さんのレストランで食事をさせてもらった際。予約前に「あのメニューおいしそうだな」とSNSを見てワクワクしたり、訪れた後に頭のなかでメニューを思い出して、一緒に行った人と「あれが美味しかったね」と話したりして。前後の時間も含めてのレストラン体験だなと実感しましたね。

鳥羽:そうやって前後に伸ばしていく手段として、レストランという場所や、そこで過ごす時間に閉じず体験の幅を広げられる点に、デジタルの可能性を感じていたんですよね。

そこに藤井さんをはじめとするプレイドの皆さんとの出会いがあって、今は色々と試行錯誤しているところです。

藤井:具体的には、僕の所属するEDIT(ブランドの価値発見から体験設計、実装までを支援するプレイド内のチーム)が中心となって、sioの来店前後のコミュニケーションや体験の設計・実装に伴走しています。

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こうした取り組みのなかで、鳥羽さんの考え方はカスタマーサクセスの考え方とも近いと感じるようになりました。

to BのSaaS企業がデジタルを活用してエンドユーザーの成功を支援するのと同じように、鳥羽さんは『おいしい』の最大化のために、前後の体験を設計し、お客様を導いている。いいモノをつくるのは大前提として、それを届けきるまでを常に考えている。それは領域や業界に関わらず、大切な考え方だと感じます。

「文脈」と「落差」が、感動体験を最大化する

セッション後半では、鳥羽さんがどのように設計図を描いているのか、より具体的に語られました。初めに上がったキーワードは「文脈」です。

鳥羽:同じ味のビールでも、暑い日に外で仕事をして帰ってきて、お風呂に入り、エアコンの効いた涼しい部屋で飲むと、いつも以上においしく感じられる。そうしたモノ自体の魅力を最大化する文脈をつくることが大事だと思っています。

そのときに大事なのが「落差」だと思うんですよね。映画が始まった瞬間の物語のテンションを0とだとして。最初からヒーローが敵に勝てそうで予想通り勝ったら、テンションは0から勝利の瞬間に向けて上がっていくだけじゃないですか。

でも、悪役に一度負けてから復活して勝利したら、0よりも物語のテンションが下がってからグッと上がる。0の状態から一度下がって、あえて落差をつくるからこそ、テンションの“上げ幅”が大きくなる。この幅が観ている側の感動にもつながると思うんです。

藤井:冒頭に紹介したsioのコースも、最初はあえて抑え目のスープを出す順番になっていましたね。

鳥羽:そう、1皿目を薄味で繊細なスープにし、料理のテンションを下げて落差をつくるからこそ、その後に印象的な料理を配置すると味に幅が生まれ、お客様も「めっちゃうまいですね!」と反応してくれる。最初から味の濃いコーンスープだと、料理のテンションがずっと高い状態なので、感動が生まれづらいんですよね」

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鳥羽:あとは、比較対象の基準値を超えていくことも感動をつくるには大事ですね。

今日も、皆さんが一般的な「のり弁」を知っているからこそ、sioの「のり重」の特別さを感じられる。一度食べたことのある料理のほうが、差を感じやすく、感動が最大化されると思います。

藤井:落差をつくることと比較対象の基準値を超えていくこと。お客様のニーズを知って合わせにいくだけではなく、期待を超えることも必要になりますね。

鳥羽:前提として、お客様のニーズを理解するのはとても大事です。ただ、最後の一押しは、強いオリジナリティがないと、期待は超えられないし、感動は生まれない。

『のり重』には計算され尽くしたおいしいおかずがあるし、sioのコースには4皿目に野球でいう四番打者、圧倒的なメインがある。そうした唯一無二のストロングポイントは前提で、それをどう肉付けをしていくかを設計するのが大事です。

デジタルを使うのは“人”であり、根っこには“愛”がある

セッションの終盤では、体験の前と後で伝えるべき情報はどのようなものかについて質問が上がり、鳥羽さんは「前は予習、後は答え合わせとシェアの最大化」を挙げます。

鳥羽:前では、これからの体験について解像度が上がるような情報を伝えます。ネタバラシをしすぎない塩梅が大事ですね。

後は、答え合わせとシェアの最大化を狙います。今日であれば『のり重、美味しかったです』とコメントをもらった後でnoteに解説のコンテンツを出したり、感想のツイートにリプライをしたりですね。

藤井:鳥羽さん自らこまめにお客様にリプライを送っていますよね。

鳥羽:SNSは常にチェックしてますね。今は多くの人がSNSなどを通して、良い体験をシェアしたい、おすそ分けしたい気持ちを持っているんじゃないかなと思ってます。そのお客様の気持ちに最大限寄り添いたいんです。

なので、私たちは公式アカウントでのリツイートだけでなく、あえて一対一でリプライすることも大切にしています。おすそ分けしてくれてありがとうと直接伝える。結局大事なのは、お客様への愛じゃないですかね。

藤井:あえて自動化や効率化は目指しすぎず、人力で返信する。

鳥羽:デジタルとはいえ、それを使っているのは人ですからね。温もりがあったほうがいいと思う。

もちろん、デジタルはデジタルで素晴らしい部分があるけれど、人がいてこそその力が最大化すると思う。お客様は一人ひとり違いますから。最後のチューニングは、人とデジタルの掛け合わせがあってこそなんじゃないかな、と。

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藤井:最後に鳥羽さんが今後の活動を通して実現したいビジョンについて語ってもらって、セッションを締めましょうか。

鳥羽:今日お話ししたような設計図を描くことで、料理をつくる以外の手段でも、『おいしい』という価値を届けられるのではないかと構想しているんです。

たとえば、最近よく減塩食の話をするんです。塩分が抑えられている分、どうしても日頃の食事との違いに慣れなくて、物足りなく感じてしまう人が多い。

でも、同じ減塩食でも、食べる時間によって味の感じ方は変わるなと、最近発見しちゃったんです。朝から運動をして、お腹の空いた状態になってから食べると、染み渡る繊細なおいしさがある。食べるまでの行動や環境を変えることで、減塩食の味も違って感じられるんです。

他にも、体験を変えることで、味自体が変わっていなくても、おいしいと感じるモノを増やせるかもしれない。減塩食以外にも食にまつわる課題を解決できるかもしれない。

そうやって私自身のモットーである『幸せの分母を増やす』を実現していきたいと思っているんです。

藤井:モノだけではなく、体験の設計によって、顧客に「おいしい」を届けられるのではないかと。

鳥羽:まだまだ構想中ですが、「おいしい」という価値を色々な形で届けていきたいですね。

今日は色々話しましたが、一番持って帰ってほしいものは、いいモノに感動体験の設計図が掛け合わさると、モノの価値はもっと高められるということ。

今の世の中にいいモノは溢れている一方、それを届けるための体験の設計図についてはクオリティにバラツキがあると思います。つまり、大いに伸びしろがある。食以外の領域の方にも、今日の話が何かのヒントになっていたら嬉しいです。

「顧客ロイヤルティ向上を阻む壁の越え方」をテーマに、多様な業界・領域におけるCX向上の取り組みや考えを聞く「KARTE CX Conference 2022」は、アーカイブ公開もしていますので、記事をきっかけにご興味いただけましたら、アーカイブ視聴も是非お楽しみください。

https://event.plaid.co.jp/karte_cxc/2022

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