顧客中心な体験を創るために。デザイナーが力を発揮できるチームづくりを考える
より良いCXのためには「顧客中心」の体験づくりが欠かせません。では、「顧客中心」をどのように捉え、チームで実践するべきなのか。その重要な担い手であるデザイナーが力を発揮できるチームづくりや従業員体験(EX)とは——。3人の実践者が意見が交わしました。
2021年6月23日、24日に開催されたカンファレンス「Experience Day 2021」では、CXとEXのつながりについて、多様な領域・業界の実践者が議論しました。
「あらゆる顧客接点と組織を、顧客中心にする。体験づくりにおけるデザイン / デザイナーの力」と題されたセッションでは、株式会社MIMIGURI Director / Experience Designerの瀧 知惠美氏と600株式会社 ExperienceLeadの金子 剛氏が登壇。モデレーターはCX/UXストラテジストの岡 昌樹氏が務めました。
より良いCXのためには「顧客中心」の体験づくりが欠かせません。では、「顧客中心」をどのように捉え、チームで実践するべきなのか。その重要な担い手であるデザイナーが力を発揮できるチームづくりや従業員体験(EX)とは——。3人の実践者が意見が交わしました。
デザインの対象は『目に見えないもの』へ広がる
セッション冒頭では瀧氏と金子氏が自身の経歴を共有しました。
瀧氏は、大学で情報デザインを学んだ後、ヤフー株式会社にてUXデザインに携わりました。社会人になってからも大学院に進学し、研究を続けるなど「デザインの実践と研究を一体のものとして体現 することを目指して活動」してきました。
現在はMIMIGURIで、組織ファシリテーションの知を耕す学習メディア『CULTIBASE』の立ち上げでサービスデザインを担当したのち、作り手であるチームの体験も重要であると捉え、事業開発と組織開発を横断するプロジェクトに携わっています。
金子氏は、小さな複数のスタートアップを兼務しながら新規事業やマネジメントに従事。「ビジネスや組織など泥くさい部分をやってきたデザイナー」と自身を形容します。
現在、所属する600株式会社の担当プロダクトでは、エンジニアリングやデザイン、企画といった職能別ではなく、体験づくりを新規開発と捉え「Experience Unit」という組織にまとめているそう。さらに「事業や体験づくりに集中できるよう全社の従業員の体験設計をするEmployee Experience部門も設けられています」と紹介しました。
デザインの実践と研究を一体と捉えて行き来する瀧氏、事業開発や組織づくり、サービスの体験設計など、ビジネスの現場でデザインに関わってきた金子氏。バックグラウンドは違えど、顧客の体験と作り手の体験、両方にアプローチしている点は共通していました。
続いて、顧客中心の体験デザインを議論する前提として、岡氏は「2人がデザイナーとして活動してきた10年間におけるデザイナーの変化」についてたずねます。
瀧氏は「デザインの対象が『目に見えるもの』から『目に見えないもの』へ著しく拡大している」と説明します。
瀧「次の図は、須永剛司先生の著書である『デザインの知恵』に登場するものですが、10年に限らず、歴史的なデザインの対象の移り変わりを示したものです。
一般的にデザインというと、見た目の形や色など、目に見えるもののデザインを思い浮かべる人が多いかと思います。この図では物を対象としたデザインの領域をプロダクトデザインとおいています。
こうしたモノを対象としたデザインから、ウェブやソフトウェアと人の関わり合いをデザインする『情報デザイン』が生まれました。さらに人とコンピューターの関わりから、人と人の関わりに焦点を当てる『サービスデザイン』につながっていく。近年では、共同体や社会そのものをどうつくるかまで対象が拡大しています」
モデレーターの岡氏も「私のキャリアも、UIなどの見た目やインタラクションのデザインから、サービスそのもののあり方を考えるUXデザイン、現在はそれらを組織にどう浸透させるかと変化したように思います」と頷きます。
金子氏は、10年の変化として「デザインが推進されやすく、洗練されてきた」と前置きしつつ「本質は変わらないのでは」と見解を示します。
金子「私個人としてはプロダクトを社会に届けることをずっとやり続けてきました。それが、8年前だと『君はデザイナーではない』と言われていたけれど、デザイン思考やリーンスタートアップの認知が広がった今では、デザイナーとして認識されやすくなった、というだけ。企業のジョブが変わっても、世の中にインパクトを与えるというモノづくりの軸は変わらない のではと捉えています」
足を使い、現場に行くからこそ得られる顧客視点
目に見えないものも対象と捉えて、デザインに取り組んできた2人。セッションのテーマでもある「顧客中心」や「顧客視点」をどう捉えているのでしょうか。
Re Designerによる調査では、デザイナーがデザインをする上で大切にしている点として、「ユーザー中心であること」が最も多く挙がりました。岡氏は調査を踏まえ「企業も『ユーザー中心』や『顧客視点』といった言葉をよく使っていますが、結局どういうことなのかについて、問い直してみたい」と投げかけます。
瀧氏は第三者視点ではなく、一人称で自分自身が「ユーザーになる」 のが大切ではないかと語ります。
瀧「顧客中心や顧客視点の文脈で『ユーザーを理解、観察しましょう』と語られる機会が多いですよね。私自身も、使い手の視点に立って考えることをずっと大事にしてきましたし、その気持ちは変わりません。
ですが、最近は第三者視点で使い手を理解し、観察するのと同じくらい自分自身が使い手になること、一人称になって体験、理解すること も欠かせないのではと思っています」
金子氏は顧客視点の前に「まずは成し遂げたいものを決めること」を挙げます。
金子「もちろん顧客視点は重要です。ただ、最近は『何を成し遂げたいか』を決めず、ロジックも持たず、『顧客視点でモノを作りたい』と考えてしまう人が割と多い気がしていて。
例えば、600株式会社では、まず『どんな幸せ、どんな暮らしを提供したいか』を自分たちなりにまとめ、そのうえでユーザーの声を聞いていきます。立ち戻って、何のためにモノをつくるのかを明確にしてから、顧客視点を使っていくことが必要なのではないでしょうか」
2人の考える顧客視点を踏まえ、岡氏は「そうした顧客視点をチームに浸透させ、サービスや体験をつくっていくには何が必要なのでしょうか」とたずねます。
瀧「顧客が誰なのか、チームのなかで共通認識を持つことですかね。顧客のイメージがバラバラだと『こういう人だから、こうすべき』を考えるところに時間がとられてしまい、動けなくなってしまうと思います」
岡氏は共通認識を持つ重要性に頷き、他のメンバーから「適当なペルソナ」を渡された経験を共有しました。
金子「『こんなペルソナどこにもいないよ』っていうペルソナを作ってしまうのは、ありがちですよね。
私もそれがなぜ起きるのかを考えた経験があって。思ったのは足を使って考えていないのでは ということです。デスクで顧客に共感しているだけで、実際に会いに行ったり、同じ窯の飯を食べたり、仕事をしたりはしない。
少し前に取引先で『Go Empathy』という言葉を共有したんです。共感するには、粘り強く足を使って、共感しにいく必要があるのではないかと。そうしたある種の力強さが顧客視点なのかもしれません」
2人の発言を受け、岡氏は「まさに顧客への強い共感があるとき、自分自身に強いエネルギーが湧いてくる感覚があります。それは表層的に課題に共感しているだけでは得られないのだと改めて実感しました」と語りました。
何でも言い合い、一人で出せない成果を出すチーム体験
セッションの後半では、顧客視点の体験づくりを担うデザイナーが力を発揮するために、どのようなEX(Employee Experience)・TX(Team Experience)が必要なのか、議論を深めました。
金子さんは「一人で出せない成果を出すため、何でも言い合い、試行錯誤できること」を挙げます。
金子「現在は、単なる分業による生産性の向上ではなく、異なる強みのかけ合わせによる創造 が求められている時代だと捉えています。チームのなかで『なぜこれを作るのか』を共有し、知識や強みをかけ合わせ、試行錯誤することが大切です。
ただ仲良くするのではなく、よりよいモノを作っていくために何でも言い合えることがチームのエクスペリエンスを高めるのではないでしょうか」
瀧氏は「チームメンバーが何を考えているかや気持ちを共有すること」に言及します。
瀧「職種や専門の異なる人を集めてチームを組むと、専門性やバックグラウンド、価値観の違い、それらによって考えが合わなくて、うまく進まないことはあると思うんですね。私自身、そういう場面でどうすればより良いチームになるかという視点で、チームづくりの研究をしてきました。
そこで一番大切だと気付かされたのは、お互いの考えや価値観、もやもやも含め、内面にあるものを発話し、共有すること でした。
例えば、ふり返りの場作りで、うまくいったことやうまくいかなかったことに加え、その時何を考えていたのかを出し合う。それによって互いの理解が深まるとともに、学び合いやコラボレーションにつながる可能性もある。
そうした機会を定期的に設けることで、より良いチームへ進化していけるのが理想ではないかと思います」
デザイナーが力を発揮できるTX・EXに関連して、岡氏が「組織のなかでデザイナーの役割や期待してほしいこと」についてたずねると、金子氏は「そもそもデザイナーの定義が難しい」のではと指摘します。
金子「個人的に、今いる組織は 全員が広義のデザイナー だと思っているんです。デザイン思考と呼ばれるものも、デザイナー的な考え方や手法を経営などに活かすものとして広がっていきましたよね。全員が顧客視点を持つ、モノづくりや体験づくりを担うのだと自覚するのは必要ではないかと思います。
もちろん、狭義のデザインにもかけがえのない意義がありますから、そこに専門性を持つデザイナーは、広義のデザインについていこうと焦らず、スキルに誇りを持って欲しいとも感じています」
瀧氏はデザイナーに期待してほしいこととして『全体と細部を行き来する力』を挙げます。
瀧「なぜデザイナーが顧客視点を捉える力があるかを考えたときに、全体と細部を行き来する力 があるかもしれません。
デザインの基礎にはスケッチやデッサンがあります。そこでは空間など全体を俯瞰して捉えながら、対象の細部を見つめ描写していく。その全体と細部の行き来する力はデザイナーの実践の一つであり、サービスや体験をつくるときも発揮されているように感じます」
顧客視点と売り上げ、顧客づくりとチームづくりの循環
2人の発言を踏まえ、岡氏は「今日のテーマで扱う予定ではなかったのですが」と前置きしつつ、「顧客視点や顧客中心の考え方と、売り上げのバランスをどう取っていくのか」について問いかけます。
すると、瀧氏、金子氏ともに顧客視点と売り上げが 対立するものではなく、循環するもの と捉えていました。
瀧「二項対立にする必要はないと思っています。どちらも大切なものであって、その二つがどのようにつながっているのか関係性を捉え、両方にとってよりよいあり方を実現するしくみがどうあるべきかという視点で考えると良いのではないでしょうか」
金子「僕も両者を車輪のようなイメージで捉えています。顧客からお金をいただいて、プロダクトが作れる。良いプロダクトだからこそ、顧客が集まって、お金をいただける。そうした循環を意識できるといいですよね」
最後に、2人はExperience Day全体のテーマでもある「CXとEXのつながり」をどう捉えるべきか、考えを共有しました。
瀧「そもそも、私のなかで顧客体験とチーム体験は一体のものと思っていたんですよね。良い顧客体験を作ろうと思ったら良いチームを作らないといけないし、そこから良いものがでてくるといったふうに、自然と繋がっているもの。どちらから先に取り組むかなども、こちらが先と順番が決まっているものでもないと思っています。
顧客視点を軸にしながら、どういう顧客にサービスや体験を提供するのか、チームとして対話しながらビジョンを立てる。良い顧客体験をつくりながら、チームの体験をつくっていく。両軸で進めていくのが大切なのではないでしょうか」
金子氏は「つながっていない状態への解像度を高めること」を提案しました。
金子「例えば、私が社長から『CXとEXをつなげたい』と言われたら、実際にリサーチをしにいきます。抽象度の高い課題は、万全な解決策いわゆる銀の弾丸を探しがちですが、つながっていない理由は組織によって千差万別です。純粋に仲が悪い、組織的に分断されているなどがあります。
もし、つながっていないと感じるなら、その解像度を高める必要があります 。物理的にオフィスが離れているとか、組織的に役割が分断されているとかであれば、兼務的なチームや役割をつくるなど、取り得る選択肢はある。
場合によっては、ユーザーインタビューの前に、社長や役員、従業員へのインタビューが必要かもしれません。まさに、そこで 『何のずれがあって、CXとEXがつながっていないか』を見つける場面で、デザイナーが力を発揮できるのでは と考えています」