Event Report

生成AI活用で目指すはカスタマーサポートの「自動運転レベル3」、VoCを全社で活用する未来に向けて——次世代コンタクトセンター戦略セッション イベントレポート

カスタマーサポート部門における生成AI活用が本格化するなか、その導入プロセスと実践的なノウハウへの関心が高まっています。単なる効率化だけでなく、VoC(Voice of Customer)の品質向上とビジネス貢献を両立させるには、どのようなアプローチが必要なのでしょうか。公益社団法人企業情報化協会が主催する「2025年度 カスタマーサポート表彰制度 受賞記念講演 次世代コンタクトセンター戦略セッション」では、特別賞を受賞したパナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 CXイノベーションセンター 顧客接点DX企画部 DX企画推進課・BXC運営企画課の池上 千裕氏と、株式会社RightTouch 代表取締役の野村 修平が登壇。年間60万件の問い合わせを受けるというパナソニック エレクトリックワークスのコンタクトセンターで、どのようにしてAI活用を成功に導いたのか。試行錯誤の過程から導入効果、そして今後の展望までの話を受けて、RightTouchからカスタマーサポートと生成AIの領域における展望について述べたセッションの模様をお届けします。

顧客とオペレーターの会話を自動要約する試みと失敗

セッション冒頭、パナソニック エレクトリックワークスの池上氏は、同社のコンタクトセンターが抱えていた課題を率直に語りました。

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パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 CXイノベーションセンター 顧客接点DX企画部 DX企画推進課・BXC運営企画課 池上 千裕氏

同社は照明器具、配線器具、分電盤、EV充電設備など、世界を支える電気設備を幅広く扱う企業です。コンタクトセンターには年間約60万件の問い合わせが寄せられ、そのうち7割がBtoB、3割が個人のお客様からの問い合わせとなっています。

従来のプロセスでは、オペレーターが通話後に手動で顧客管理システム(CRM)に応対履歴を入力していたものの、この方法には大きな課題がありました。

池上「応対履歴の入力に時間がかかり、オペレーターごとに入力内容の品質にばらつきが出てしまうという問題がありました。それによって後処理時間が長くなり、分析観点の抽出も安定しない状況でした」

たとえば、ある顧客が「壁スイッチの確認を説明書に記載してもらえると助かります。問い合わせにも時間がかかるので、自分で調べて解決したいです」と発言したケースでは、「説明書への記載要望」という表面的な内容だけでなく、「問い合わせに時間がかかった」という要望の背景まで記録することが重要です。

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しかし、手動入力では、オペレーターによって問い合わせ内容だけを記録する人もいれば、要望は記録しても背景まで記録しない人もいるなど、入力されるデータの質にばらつきが生じていました。

この課題を解決するため、同社は2023年4月に音声認識システムを導入。顧客とオペレーターの会話をテキスト化し、自動で要約することで、後処理時間の短縮とVoCデータの品質向上を両立できると考えたのです。

しかし、期待とは裏腹に、ルールベースの自動要約機能は「実務では活用が難しい」結果だったといいます。要約内容では具体的に何の問い合わせだったのか理解できず、最終的にはオペレーターによる追記が必要となり、十分な効果は得られませんでした。

生成AI導入で要約精度が向上、プロンプトエンジニアリングの実践を重ねる

同社が次に着目したのが、生成AIの活用でした。2024年2月、音声認識ソリューションと生成AIを組み合わせた新システムを導入。リアルタイムで会話を文字起こしし、終話時に生成AIが応対記録を作成してCRMに自動連携する仕組みを構築しました。

生成AI導入後の変化は劇的だったと池上氏は振り返ります。同じ商品に関する問い合わせでも、要点整理や簡潔さ、自然な表現、文脈の理解など、誰が見てもわかりやすい要約が実現されたのです。

池上「私は音声認識システムから生成AIに投げるプログラムを担当したのですが、生成AIに対しては全くの素人でした。それでも指示文を掴めばそれなりの解答をしてくれるのが、生成AIの魅力だと思っています」

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その成果は数字にも表れています。生成AI導入により、後処理時間は1件あたり1分短縮され、年間のコール数に換算すると25,000時間という膨大な時間の削減につながりました。さらに、2024年10月にGPT-4oにモデルを切り替えたことで、要約フォーマットの出力精度は100%指示通りの出力を実現しているといいます。

池上氏のプレゼンで特に会場の注目を集めたのが、プロンプトエンジニアリングに関する実践的なノウハウでした。同社が採用しているプロンプトの特徴は、「回答例を与える」「出力に対して評価をさせる」「出力イメージを明確にし、具体的かつシンプルに指示する」という基本原則を踏まえつつ、独自の工夫を加えている点です。

特にユニークなのが、3つの要約(カスタマー要約、オペレーター要約、総合要約)を生成するよう指示しながら、実際にはカスタマー要約とオペレーター要約のみを表示する仕組みです。

池上「総合要約をさせることで全体を俯瞰させて、生成AIの頭の中で会話全体を2回処理させます。そして役割ごとに分配するという2段階の処理をさせることで、結果的にカスタマー要約とオペレーター要約の精度が向上するという効果が得られています」

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また、要約結果を安定したフォーマットで出力させるため、回答例フォーマットの指示を入れたり、商品マスターデータを組み込んだり、要約を生成AI自身に評価させる指示も盛り込んでいます。これにより、再現性のあるアウトプットの実現と、ハルシネーション(誤情報生成)の大幅減少につながりました。

現在のプロンプトに至るまでの試行回数はおよそ500回以上。インターネットや研修、セミナーなどから情報を得ながら、日々チューニングを続けています。

その過程で池上氏が活用しているのが、ChatGPTのカスタムGPT機能で作成した「ちゃぴ」という相談相手です。1日に100回以上やり取りすることもあるという「ちゃぴ」とのやり取りは、会場の笑いを誘いました。

池上「『プロンプトに評価項目を入れて全部OKになるまで出力し直してくださいって指示文に入れてるけど、ほんまにその通りに実際に処理してくれてる?』と聞いてみたんです」

「ちゃぴ」は「えー、質問きたなあ、池上。結論から言うと、することもあるし、しないこともあるねん」と関西弁で答え、さらに「じゃあ毎回ちゃんとやっといてほしいねんけど、そういうときはどうしたらええかな?」と聞くと、プロンプトの修正案からGPTの各モデルの比較までやってくれました。

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池上「最後に『そばに俺がおる。ちゃんと指示通り動くプロンプトを一緒に作っていくから安心してや』といった感じでたくさん褒めてくれるところも気に入っています。もっといいプロンプトを作成してもっといいアウトプットができるように頑張ろうという気持ちにさせてくれます」

カスタマーサポートのAI活用を「自動運転レベル3」とする、AIと人のハイブリッド運用

池上氏のプレゼンテーションに続いて登壇したRightTouch 代表取締役の野村。野村は、カスタマーサポートにおけるAI活用への警鐘を鳴らしました。

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株式会社RightTouch 代表取締役 野村 修平

ある海外のフィンテック企業が、オペレーター700人を削減してすべてAIエージェントで対応する計画を発表し、大きな話題となりました。しかし2025年5月、わずか3〜4ヶ月後に方針転換が発表されたのです。そのECサイトでは、人員削減は進んだものの、AIエージェントでは困りごとは解消されず、顧客満足度が下がった結果、AIと人のハイブリッド運用に転換せざるを得なくなったといいます。

野村「最近、オペレーターをすべてAIエージェントに変えていこうという、かなり極端な話が多いと感じます。しかし、お客様にとって良い顧客体験を作り上げなければ、AI導入がかえって顧客体験や事業に悪影響を及ぼす可能性があります」

生成AIがカスタマーサポート領域で活用される未来は必ず来ます。しかし、どのように進めていくかが重要です。野村が提唱するのは、カスタマーサポートにおけるAI活用を「自動運転レベル3」と位置づける考え方です。レベル5が完全自動運転であるのに対し、レベル3は人が介在しながら、ある程度の自動運転を行い、緊急時に人が対応するという状態です。

野村「応対の一部分はAIが担当し、その後、オペレーターにしっかりとつなぎ込んで、AIと人とが連携して顧客コミュニケーションができる状態を作ることが重要です。いきなり応対全部をAIに任せてしまうと、お客様満足度が悪化してお客様の離反を招く可能性があります」

段階的なアプローチとして、まずVoCや顧客のWeb行動データをしっかり収集し、そこから課題を見つける。その課題の中からお客様が求めているFAQやコンテンツを作成し、その上でAIがある程度対応できる部分を任せる。AI対応が難しいところは人間が対応するというハイブリッド運用が、今後の成功の鍵になると強調しました。

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VoC活用の新たな可能性——全量データ分析から経営貢献へ

セッション後半では、野村からRightTouchが展開する「QANT VoC」の3つの特徴が紹介されました。

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一つ目は、問い合わせの全量データの分析です。これまで多くの企業では、データの一部をピックアップして分析していたため、それが全体を表しているのかわからないまま運用されているケースが多くありました。QANT VoCでは全量データを分析し、重要度やインパクトを可視化できます。

二つ目は、問い合わせデータ加工・分類・要約の自動化です。データの分類、要約を自動化するだけでなく、LLM(大規模言語モデル)のプロンプトで精度を向上させています。どんな困りごとで問い合わせをいただいたのかまで抽出できる仕組みになっています。生成AIはコンテキスト(文脈)を読めるため、複数理由を付与して正確な分析ができることも特徴です。

三つ目は、全社でのVoCの活用です。分析されたVoCの結果を全社的に活用できる仕組みを提供し、カスタマーサポート部門だけでなく、品質リスク管理、配送コスト削減、営業での売上増加、商品開発、マーケティング戦略など、幅広い領域での活用を可能にします。

「こうしたVoC活用によって、カスタマーサポート部門が経営に対して課題や改善の示唆を発信できるようになってくるのではないかと考えています」と野村は力強く語りました。

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次世代のカスタマーサポートへ——パーソナルAIアシスタント時代の到来に向けて

セッションの最後に触れられたのが、AI時代のカスタマーサポートの未来像です。今後、「生成AI」という言葉が次第に一般化し、今後は“個人が自分専用に使うAI”=「パーソナルAIアシスタント」に進化していくと野村は予測します。ChatGPTやGeminiに「この商品を購入しておいて」「手続きをしておいて」と伝えると、自動的に手続きが完了する時代が来ると説明します。

ただし、これを実現するには企業側のシステムとの連動が不可欠。企業がどういったAIエージェントを組み込んでいくのかが、非常に重要になります。とはいえ、10年、20年後でも、すべての問い合わせや取引がAIで完結するわけではないとも予測しているといいます。こうした予測を踏まえて、RightTouchとして目指すことを語り、セッションを締めくくりました。

野村「おそらく全体の30〜40%程度がAI対応となり、オペレーターへの問い合わせがゼロになることはないでしょう。だからこそ、どういうお客様の体験を作るべきか、という視点が重要になります。」

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今回のセッションでは、特別賞を受賞したパナソニック エレクトリックワークスの実践事例を通じて、生成AIによるカスタマーサポート変革の具体的なプロセスが共有されました。プロンプトエンジニアリングの試行錯誤というリアルな経験に基づく知見は、これからAI活用に取り組む企業にとって貴重な道標となるでしょう。

同時に、野村からは拙速なカスタマーサポートのAI化への警鐘と、段階的なハイブリッド運用の重要性が示されました。技術の可能性を最大限に活用しながら、顧客体験を決して損なわない——そのバランスこそが、次世代のカスタマーサポートを実現する鍵となるはずです。

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