お客様にとってストレスのないシームレスな体験を。日本ロレアルの“人”中心の接客思想に基づく、社内制度変革
ランコムなどのブランドを展開する日本ロレアル株式会社では、オンライン、オフライン横断で様々な施策に取り組むため、CXを推進するチームを発足。
世界140ヵ国で事業を展開するロレアルグループの日本法人である「日本ロレアル株式会社」。CMでもお馴染みのブランド「ランコム」「メイベリンニューヨーク」など、国内で18のブランドを展開しています。
業界の中でも早くからECを取り入れるなどデジタル領域に注力し、2020年4月からはビューティーアドバイザー(以下、BA)によるオンライン美容相談サービス「eBA」を開始。24時間対応のチャットボットに加え、店頭と同様にeBAが顧客からの相談や商品に関する問い合わせをチャット営業時間内で受け付けています。
また、オンライン、オフライン横断で様々な施策に取り組むため、2020年10月には百貨店向けブランドを中心に事業を展開しているリュクス事業部内に、CXを推進するチームを発足。今回は、同チームでCXシニアマネージャーを務める三木 理寛さんに、同社の顧客体験における考え方や取り組みについて伺いました。
オムニチャネル化するなかで、一貫した接客を実現するために
まず、オムニリテール部が考える理想の顧客体験について教えてください。
デジタル化を推進するチームとして、多岐にわたるチャネルをお客様がストレスなく、シームレスに活用いただける体験 を目指しています。
この理想を掲げる根底には、「すべての人生に、美しく生きる力を。」という私たちのビジョンがあります。お客様に、美を通して活力に溢れた日々を送っていただきたい。そのために、私たちは常にお客様の状態やニーズに合わせたご提案をしていく必要があります。
そこで特に大事にしているのが「長期的にお客様と関係を築いていくこと」です。オンライン、オフラインと様々な接点がある中でも、ブランドとしての接客を統一していきたい。そこで私たちのチームでは、顧客の行動や情報を各チャネルから吸い上げて統合し、お客様を理解した上で接客ができる仕組みや体制を作っていきたいと考えています。
理想を実現させていくにあたって、どのような課題があったのでしょうか。
まず一つ目に、私たちのような 小売企業がオムニチャネル化に付いていけていないこと がありました。お客様は都合に合わせて、ECサイトや店舗などの複数チャネルを使い分けていますが、企業がその状況に対応しきれていない。
例えば、「普段はECを利用していて、数ヶ月ぶりに店舗でカウンセリングを受けた。すると、すでにECサイトで買った化粧品ばかりをすすめられた」といった体験をしたらどうでしょう。お客様はきっと「この店員(企業)は自分のことを分かっていないな」と感じてしまいます。一方、すでに持っているものと相性がいい商品をおすすめされたりしたら、店員やブランドに対して愛着が湧くのではないでしょうか。
二つ目に、店舗とECで売り上げを取り合ってしまっていたこと 。これはオフラインとオンライン両方のチャネルを持つ小売企業がなりやすい状態だと思います。本来であれば両者は対立する関係ではありません。しかし、売り上げだけが評価対象となると「自分たちのチャネルを通して買ってほしい」と、社内で対立構造になってしまうんです。
そして三つ目に、社内メンバーのデジタルに対する当事者意識が低かったこと です。特に、店舗で接客しているメンバーにとっては、目の前にいるお客様との関係構築が最も重要で、デジタルは「自分たちと関係ないもの」と捉えてしまう傾向があります。しかし、ブランドとして一貫した体験を提供するために、デジタルは欠かせないものになっている。そういった意識を持ってもらわなきゃいけないと考えていました。
そういった課題を解決し、理想の顧客体験を作るために、CXを推進するチームが立ち上がったそうですね。
はい。チームの発足前からチャネルのシームレス化に向けた動きはしていました。そのときから重視していたのが「O+O(オープラスオー)」という考え方です。
「O+O」は、OMO(Online Merges with Offline)と近い考え方ですが、「オンラインとオフラインを融合する」というのをよりわかりやすく表現しつつ、すべてのチャネルを統合してより良い顧客体験を作っていこうという思いや姿勢も含めた言葉 として使っています。
O+Oの実現に向けて行動していく中で、改めて顧客の体験に向き合う重要性を認識し、2020年10月には正式にCX推進に取り組むチームが発足。デジタル強化の取り組みは10年以上前から行ってきましたが、お客様視点に立ち、変革していきました。
メンバーの意識と社内制度を変革する取り組みを推進
理想の実現に向けて、具体的にどのような取り組みをされたのでしょうか。
まず、デジタルや多岐にわたるチャネルでのコミュニケーションに対する意識を変えていくために、様々なトレーニングや育成プログラムを整備しました。主には 「リテール・トランスフォーメーション・トレーニング」「デジタル留学」「エンパシートレーニング」 などを実施しています。
「リテール・トランスフォーメーション・トレーニング」は、各ブランドの販売を担当している社員に向け、デジタルを自分ごと化するためのマインドセットを伝える場 です。
ここで大事にしたのは、一人ひとりが「ブランドがどうあるべきか」「お客様とどのような関係を築いていきたいのか」を思考できるようインプットすること。リテール部門、Eコマース部門それぞれが自部門の売り上げだけに注力するのではなく、ブランドやお客様を俯瞰し、提供すべき価値に向き合える視点を持ち、O+Oの世界観を実現できる状態 を目指しました。
また、マインドセットを伝えるのと同時に、デジタルの知識やスキルを伝えるトレーニングも行っています。
まずはデジタル活用に向けた心構えを伝え、その上で知識やスキルを伝えているんですね。「デジタル留学」はどのような取り組みなのでしょうか。
デジタル留学は、リテール部門の社員がデジタル部門へ「インターンシップのように一時的に」異動できる制度 です。販売とデジタル、両方の現場を経験することで、お客様のより良い体験を考える視座を高められると考えています。
実際、座学形式の研修に加えてOJTも行うことで業務への解像度が上がり、より実践的にデジタルを販売にどう活かしていくかを考えるきっかけになっていると思います。
実践できることで、自分ごと化がさらに進みやすくなりそうです。エンパシートレーニングはどんなトレーニングなのでしょうか。
お客様の感情を汲み取るスキルトレーニングです。このトレーニングは主にBA向けに実施しています。売るためのコミュニケーションスキルではなく、お客様を「一人の人」として捉え、感情面に配慮しながら関係性をどう構築していくのか を主眼に置いています。
化粧品と一口に言っても、購入してくださるお客様は様々な思いを抱いて製品を購入してくださいます。例えば、肌が綺麗になるからと製品に魅力を感じている方、ブランド自体を気に入ってくださる方、なかにはBAとの会話が一番の楽しみという方もいます。「美容液がほしい」という表面的なニーズは同じだったとしても、その背景には無数のニーズや感情があるんですよね。
多様なお客様の感情に丁寧に汲み取り、コミュニケーションができようになることで、どの方にとっても気持ちよいサービスが提供できると考えています。お客様に、ポジティブな気分でお店をあとにしていただきたい、そのためにエンパシートレーニングを推進しています。
そういったトレーニングをすると、より一人ひとりのお客様の目線に立った接客ができそうですね。さらに、KPIや評価制度の見直しにも取り組まれたと伺いました。
どれだけ意識改革やスキル面のトレーニングをしても、実際の評価につながるような社内の仕組みができていなければ、現場で実行してもらえません。ですので、KPIや評価制度の変更などにも取り組んできました 。
例えば店舗であれば、今までのような売り上げベースのKPIだけだと、ECサイトの情報や予定されているお得なキャンペーンをご案内しないインセンティブが働いてしまいます。お客様にとってプラスに働く可能性があっても、「今ここで買ってもらう」ほうが重要だと考えてしまうからです。そこで、顧客数やCLTV(Customer Life Time Value)なども評価指標に加えました。より「お客様のために」という観点での接客が評価されやすくなったと感じています。
これらの取り組みによって起こった変化はありますか。
リテールチーム、デジタルチーム含めて、社内で顧客視点に立った体験作りについての議論が日常的に飛び交うようになりました 。以前は見られなかったことなので、良い変化だなと感じています。
また、NPS®スコアも上昇傾向にあります 。特にエンパシートレーニングで感情面を含めてお客様に寄り添えるようになり、それがお客様の満足につながっているという声も、現場から聞こえてきます。
サイト内の行動を踏まえた接客を。KARTEを使ったオンライン美容相談サービス「eBA」
ランコムのサイトで「eBA」を開始した経緯を教えてください。
現場でずっと接客をしてきたBAのお客様との関係構築力はやはり素晴らしいものがあります。同様のサービスをデジタル上でもお客様に提供したい。そこで店舗での販売経験や美容知識が豊富で、接客スキルも高いメンバーを登用し、eBAを始めました。オンラインでもオフラインでも同様のサービスを提供することで、いつでもどこでも安心してお客様が製品を購入できる環境を作りたい と考えています。
eBAの利用方法は簡単で、ランコム公式オンラインショップ内に表示されているチャットのアイコンをクリックし、質問していただくだけ。最初はアンケートのような形で自動返信機能で必要な情報を選んでいただき、より細かい質問をいただいたときにeBAが対応します。また、チャット内eBAの呼び出しボタンを押せばすぐに相談を開始することもでき、事前の登録や予約の必要はありません。
eBAにおけるチャットのやり取りに、KARTE Talkのウェブチャット機能を活用いただいています。導入の理由について教えてください。
お客様のオンライン上の行動を踏まえた接客がしたかったんです。KARTEではお客様の行動履歴、例えば閲覧した商品や滞在回数を、会員情報と合わせて見ることができます。そのようなデータや情報を参考にしながら会話を進めていくことで、より良い接客やカウンセリングをできると考えました。
eBAの運用で工夫したことはありますか。
チャットでもオフラインと同じような体験を提供できるように、eBAのテキストを使ったコミュニケーションスキルを磨いたり、チャットのスピード感に適応していくためのトレーニングを実施したりしました。
チャットでのコミュニケーションは、店頭とは違った難しさがあります。文章だけのやり取りになるので、お客様が伝えたいことを正確に理解し、適切な提案をするための「質問力」が肝心になってきます。お客様の言葉をそのまま鵜呑みにするのではなく、答えやすい質問を重ねながら、内容を多角的に捉えていく。また、小さな工夫かもしれませんが、「~~ということでございますね」と復唱し、確認し直すことも忘れないようにしています。
さらに、チャットでの接客の質を継続的に高めていくために、eBA同士でノウハウを共有する機会も設けています。日々寄せられる相談内容にそれぞれが目を通し、どのような場面でどう接客したかを振り返り、質の向上を図っています。
eBAに加えて、ビデオカウンセリングもされているそうですね。
ビデオカウンセリングは、ランコムでは未実施ですが、キールズなど他ブランドが限定的に提供している施策です。プレイド様にKARTE Talkにビデオ通話機能を開発いただき、画面越しでBAがお客様と向き合いながら、カウンセリングを行います。
まだ利用者数は少ないですが、ビデオカウンセリングには可能性を感じています。というのも、より店頭に近い状態、対面でカウンセリングを行うことができるので、BAが培ってきたスキルを活かしやすいんです。お客様からも好評の声をいただいています。
ビデオカウンセリングやeBAに対して、具体的にはどのような声をいただいていますか?
「自分に合う商品がわからなくて不安だったけど、安心して購入できた」などのお声をよくいただきます。実際の商品が見られないECってやっぱり不安なんだなと感じましたし、そこにeBAが寄り添えている ことを嬉しく思います。
また、これらの取り組みは弊社の商品をご愛用いただいている既存顧客向けと考えていました。しかし既存のお客様だけでなく、デパートのコスメカウンターに足を運ぶのはハードルを感じるという新規のお客様にも利用いただけました。オンラインの様々な接点をご用意することで、新たに応えられるニーズもあるんだと気付くことができましたね 。
今後、eBAやビデオカウンセリングでどのような施策を行っていきたいですか。
eBAの利用率を向上していきたいと考えています。eBAは利用者の満足度は高いものの、EC利用者の総数に対して利用者の数はまだまだ少ない。チャットを使うことにハードルを感じる方も多いと思うので、より気軽に使っていただけるように改善していきたいです。
いちブランドとしてお客様と長期的な関係を築くために、システムのシームレス化を目指す
理想の顧客体験の実現に向けて、今後の展望を教えてください。
ブランドとしてお客様と一貫した関係性を紡いでいけるよう、弊社にある様々なチャネルをシームレス化していきたい です。同一のお客様が、店頭またはオンラインにいつ、どちらに来訪しても「ひとつのブランド」として違和感なくお買い物ができる体制づくりですね。
そのためには、情報共有のプロセスや社内システムの統一が必要となってきます。顧客中心で事業を展開していくために、社員一人ひとりの意識改革に加えて、それを裏側から支えるシステムも整備していきます。
システム構築や組織の変革の他に改善していきたいことはありますか。
良い顧客体験を創出したメンバーが評価される体制をより強化していきたいですね。売り上げ重視のKPIや評価制度に、顧客視点の評価に加えましたが、まだまだ完全な体制ではありません。
例えば今は、既存のお客様がECで商品購入した場合、コスメカウンターで接客したBAの貢献であっても、それらすべてを正確に判断して評価に反映するのは難しい状態です。eBAについても、どのような接客が「良い接客」なのか知見が溜まっておらず、メンバーの行動の評価軸も明確ではありません。
デジタルを強化していると、どうしてもPV数や滞在時間など、数字でお客様を捉えてしまいがちです。ですが、オンラインでもオフラインでも、様々な感情や思いを持つお客様とBAのコミュニケーションであることは変わらない 。一つひとつの接客の中身と結果を照らし合わせながら、スタッフの評価やフィードバック、トレーニングへと還元していく予定です。
より一層オンラインでもオフラインと同様の接客に近づいていきそうですね。
そうですね、オフラインの接客をオンラインでも実現していきたいというのを軸に持ちつつ、デジタルの特徴である「常にお客様がアクセスできる」ことをより活かすために、問い合わせをお客様自身でオンライン上で自己解決できるようにしていきたいと思っています。
日々様々な問い合わせをいただきますが、その中には自己解決ができる質問も多く含まれてるんです。そのような質問をお客様自身がオンライン上で簡単に解決できたら、問い合わせする手間を省くことができる。なので、お客様が困りそうなタイミングで適切なコンテンツをおすすめする取り組みも並行して進めています。
デジタルによって商品の購入は便利になったけど、接客は無機質で人が感じられない、といった状態にならないよう、様々な接点でのお客様とのコミュニケーションを大切にし、ブランドに愛着を感じ続けていただけたら と考えています。
デジタル活用は、決して最終ゴールではありません。常にその先にいるお客様とその体験を考えながら、より良い顧客体験に向けて改善を積み重ねていきたいです。
※注:ネット・プロモーター、ネット・プロモーター・システム、NPS、そしてNPS関連で使用されている顔文字は、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標です。