CX Story

店舗でもデジタルでも考え方は同じ。スターバックス コーヒー ジャパンCMOに聞く、心を動かす体験の作り方|Experience Insights #2

店舗やデジタルを通して統一した体験を届けるために大切なことはなにか、スターバックス コーヒー ジャパンCMOの森井久恵さんに伺いました。

森井久恵もりい・ひさえ
スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社CMO
国際基督教大学(ICU)卒業後、NTT東日本入社。2000年にブリティッシュ・アメリカン・タバコ・ジャパン(BAT)に移り、マーケティングと営業を経験。2003年ユニリーバ・ジャパンに転職。パーソナル・ケア製品のブランドマネジャーやアジア担当ディレクター、中国・タイでのマーケティングヴァイスプレジデントなどを歴任。2018年にスターバックス コーヒー ジャパンに入社し、CMOに就任。SNSでのキャンペーンや「モバイルオーダー&ペイ」、期間限定のレトロな「スタアバックス珈琲」プロモーションなどさまざまな施策を手がける。

仕事帰りに一息つきたい。休日にゆっくり読書したい。そんなとき、なんとなくスターバックスに足が向いてしまう。居心地の良さを感じる店舗体験は、スターバックスの人気を支える重要な要素のひとつでしょう。

近年は、アプリからの注文・決済に対応するなど、デジタル施策にも注力している同社。店舗というリアルな場に加えて、アプリやSNSなどでの接点が増えていく中で、ブランドが提供する体験価値をどのように捉え、高めているのでしょうか。

スターバックス コーヒー ジャパンでCMO(チーフ マーケティング オフィサー)を務める森井久恵さんに、同社のCX(顧客体験)の考え方や、デジタルとの向き合い方などを伺いました。

ブランドが選ばれるためには「心を動かす体験」が必要

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スターバックス コーヒーとして、店舗での体験をどのように捉えていますか?

ブランドが提供する体験を考えるときに欠かせないのが「なぜお客様はこのブランドを選ぶのか」という視点です。なぜスターバックスに行くのか、その理由を作るためには、ブランドを好きになってもらい、日常において欠かせない存在にならなければいけません。

お客様にとってなくてはならないブランドになるためには、感情にアクセスする必要があります。もちろん、コーヒーが美味しいから、職場に近いからといった機能的な価値に満足いただくのも大切ですが、一番は情緒的な価値を感じていただけること。

心が動き、感動する。そんな体験を提供できれば、お客様はスターバックスを心から好きになり、生活の一部として溶け込んでいく。その結果、スターバックスを選んでくださるようになります。

この心を動かす体験を私たちは「スターバックス体験」と呼んでいて、お客様の心を動かす体験を提供するためにどうしたらいいのか、私もパートナー(従業員)も常に考えています。

「スターバックス体験」をつくるために、どのようなことを実践されているのでしょうか。

パートナーによる店舗での細やかな気遣いやお客様へのお声掛け、季節ごとに変わるドリンクやキャンペーンなど、多岐にわたります。

2020年の2~3月の期間には、AR(拡張現実)を使って、店舗でお花見を疑似体験いただける「#スターバックスさくら2020」に取り組みました。来店してくださったお客様に季節を感じ、楽しんでもらうためにどうしたらいいのかを考え抜いて、スマートフォンのカメラで簡単に楽しめる早見桜を提案しました。

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QRコードを読み込むと、カメラ越しにサクラの木が出現。屋内に居ながらお花見気分を楽しめる。参照:スターバックス コーヒー ジャパン

ブランドに、"関係者が自分ごと化できる余白"をつくる

どのように「スターバックス体験」を設計し、提供しているのでしょうか?

「スターバックス体験とはなにか」に、明確な定義はありません。むしろ、スターバックスのパートナー一人ひとりが常にスターバックス体験とはなにかを考え、実践することが重要です。そのためにスターバックスでは、あえて「余白」を作っています。

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スターバックスの店舗は一つひとつに個性があり、内装や雰囲気、使っている家具も異なります。

私も入社する前は、全国に1,000店以上(2018年当時)あるのだから、ある程度は店舗デザインや家具を決めてしっかりマニュアル化しているんじゃないかと思っていたんです。実際にはそんなことはなく、立地や出店背景、ニーズに合った店舗の在り方を、パートナーが毎回一から考えて、店舗ごとの特色を出しているんです。店舗ごとの違いにつながっています。

一つひとつの店舗に個性があるなかで、ブランドの統一感を出すのは難しいですよね。

もちろん、コーヒーや居心地の良い空間などブランドを支える要素のクオリティーは全店舗で統一しています。その土台がある上で、それぞれのパートナーが察し、考えて行動し、工夫できる「余白」をつくっているんです。

スターバックスで働いているパートナーは、「Our Mission and Values」という軸を共有できている。そのおかげで、「余白」があったとしてもスターバックスが提供する体験には一貫性があるのだと思います。

スターバックスが掲げている「Our Mission and Values」は、店舗設計やサービスのみならず、経営の意思決定やマーケティングなどの全ての根底にあるものです。

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参照:スターバックス コーヒー ジャパン

「Our Mission and Values」は、本当にパートナー全体に浸透していて、日々の議論の中でも「それはミッションとバリューに照らし合わせてどうなんでしょう?」といった言葉が自然に出てきます。

会社にいる誰もが、入社前、そして入社してから蓄積してきたスターバックス体験を通じ、ミッションとバリューを自分なりに解釈し、それぞれの解釈を伝え合って議論する。

ブランドに自分ごと化できる「余白」があるからこそ、マニュアルや画一的なルールがなくても、スターバックスらしさが保たれ、統一感につながっているのだと思います。

体験を設計するときの考え方は、デジタルでも同じ

スターバックス体験を提供するための考え方は、先ほどお伺いしたARで桜を楽しめる施策などにも適用されているのでしょうか。

はい。デジタルを活用した施策も、「Our Mission and Values」から考えることは変わりません。今は、お客様の生活にスマートフォンも浸透していますから、そこも含めてお客様と関わるのは自然なこと。

最近では、事前にアプリで注文と決済ができて店頭で商品を受け取れる「モバイルオーダー&ペイ」を東京や大阪、愛知の約350店舗で導入したり、SNSを使ったキャンペーンを実施したりと、デジタルを使った取り組みにも力を入れています。

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3月、新駅に開業した「スターバックス コーヒー 高輪ゲートウェイ駅店」。初めて、「モバイルオーダー&ペイ」専用カウンターを設置した。

デジタルでスターバックス体験を提供するために、重視していることはありますか?

あたたかみや遊び心、さらにデジタルだからこそできるパーソナライズなどを意識しています。

最近好評だったのは、商品を購入するとアプリ上でスタンプラリーのように「スター」を集められる「Starbucks Rewards™」を用いたキャンペーンです。スターを集めた方から抽選で、オリジナルデザインのモレスキンのノートをプレゼントしました。

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参照:スターバックス コーヒー ジャパン

モレスキンのノートは、コーヒーを片手にゆっくり過ごしていただく時間と親和性の高いアイテムです。スターバックスでの体験をより豊かにすることにつながると考え、コラボレーションさせていただきました。キャンペーンの結果、たくさんのお客様がスターを集めたり、SNSに投稿してくださったりと好評でした。

デジタルでも店舗でも、様々な方にご利用いただくので提供すべき体験に一つの正解はありません。どうしたら一人ひとりのお客様がもっと店舗に足を運びたくなるのか、より楽しんでいただけるのかを考え続けています。

デジタルの活用でさらなる体験価値の向上へ

スターバックス体験が顧客に届いているかどうかの計測はされているのでしょうか?

効果計測という点で重視しているのは、店舗でお客様と接しているパートナーがどう感じているかです。パートナーが楽しめていると、お客様の反応も比例してよくなるというのがデータからもわかっています。パートナーからお客様の反応を教えてもらったり、プロモーションに対する感想を聞いたりしています。

SNSを使ったキャンペーンであれば、投稿に対してどんな反応があるのか、お客様がどんなキーワードでシェアしてくれているのかをチェックしています。お客様やパートナーの反応を見ていることが多いですね。

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挙げられたのは定性データですが、定量データは参考にされていますか?

もちろん、アンケートで得られた回答結果や店舗ごとの売上などの一般的な定量データも見ています。
定性データにはプラスの体験が反映されやすく、店舗でお客様と接するパートナーの意識もそちらに向きやすい。マイナスの体験は定量データに表れやすいので、体験の価値を「さらに高める」ために定量データを活用するケースが多いですね。

基本的には定性データを重視しているものの、それだけでは見過ごしてしまう部分もあります。定量データをベースにロジックを立てて改善策を打つことも大事にしながら、バランスをとっています。

例えば、お客様からアンケートで回答いただくことが最も多かったのが、「レジでの待ち時間が長い」「いつも並んでいる」というお声でした。そのマイナスの体験を改善するために、「モバイルオーダー&ペイ」を導入しました。長時間列に並んだお客様にとっては、その日の体験が損なわれるだけでなく、スターバックスの価値が下がってしまう。ブランドとしてアクションをすべきだと判断しました。

デジタル施策によって、スターバックス体験の価値を高められた例はありますか?

先ほどの「モバイルオーダー&ペイ」は、活用しているお客様にとっては利便性の向上に加えて、体験価値が高まっていることがわかるデータが取れています。

例えば、「モバイルオーダー&ペイ」を利用しているお客様は、店舗で注文・決済されるお客様と比べてドリンクをカスタマイズされる確率が高いんです。おそらく、列に並んで注文するときは後ろに待っている人を気にされていた方が、自分のペースでゆっくりカスタマイズを楽しめるようになったことも要因に挙げられるでしょう。

もちろん、待ち時間の長さというペインポイントも解決できました。結果、「モバイルオーダー&ペイ」を利用されている方の来店頻度が上がっています。

顧客の生活に寄り添い、手段を変えながら体験価値を高める

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これまで店舗などのリアルな場での体験を重視していた企業が、スターバックスのようにデジタル施策を取り入れてCX(顧客体験)を高めていくためには、どのようにデジタルと向き合っていけばいいと思いますか?

そのブランドが持つ最も大切な軸、お客様がブランドに求めている部分がブレないようにするのが重要です。デジタルでできることが増えると、ついデジタル導入そのものが目的になってしまいます。ですが、CXを高めるという前提の中でデジタルをどう使うかが大事であって、本来は手段でしかないわけです。

大切なのは、「お客様にとって、なぜこのブランドでなければいけないのか」を追求し続けることであり、選び続けていただくための手段は、お客様の生活に寄り添いながら変えていくべき。今、デジタルは生活の中に欠かせないものになっているから、私たちも取り入れています。

ただ、スターバックスの場合、お客様が店舗にいらっしゃる目的は最先端のデジタル体験ではありません。必要とされているのは、ワクワクする、感情的に満たされるスターバックス体験です。この軸を絶対に外してはいけません。

今後は、パートナーが目の前のお客様に集中できる時間を増やし、店舗での体験価値を高めるために、デジタルをさらに活用していきたいです。それが、私たちらしいデジタルの使い方だと考えています。

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