CX Story

圧倒的顧客志向の裏には、2,000人へのインタビュー。「Calbee Future Labo」が挑む新しい商品開発の形|Experience Insights #18

2016年10月、カルビーは新商品開発の拠点として「Calbee Future Labo」を開所しました。ロングセラー商品を数多く有するカルビーが抱いた課題、それは「次なるヒット商品をつくる」こと。これまでの常識を打ち破って新商品を生み出すべく、“出島”のように設けられたのが、このCalbee Future Laboでした。初期メンバー3人のうちの一人、樋口謹行さんは「3人だけでは何もできない。まずは生活者の意見を聞こうと、インタビューを重ねていきました」と振り返ります。

樋口謹行ひぐち・のりゆき
カルビー Calbee Future Lab
2013年にカルビーに新卒で入社。研究開発本部に配属され、2年半経ったころ、Calbee Future Laboの主要メンバーとして参画。

2016年10月、カルビーは新商品開発の拠点として「Calbee Future Labo」を開所しました。同社の創業の地、広島に設けられたオフィスには、壁一面に貼られたふせん。そこには、多種多様な生活者の声や、そこから得られた気づきが書かれています。

ロングセラー商品を数多く有するカルビーが抱いた課題、それは「次なるヒット商品をつくる」こと。これまでの常識を打ち破って新商品を生み出すべく、“出島”のように設けられたのが、このCalbee Future Laboでした。

初期メンバー3人のうちの一人、樋口謹行さんは「3人だけでは何もできない。まずは生活者のリアルな生活を知ろうと、インタビューを重ねていきました」と振り返ります。さまざまな意見からアイデアをふくらませ、2018年には第一弾商品として地域応援スナック「ふるシャカ」を発売。大きな支持を集めました。

Calbee Future Labo流の顧客理解と共創のあり方からは、本社とある程度切り離した小さな組織だからこそ、生活者と距離が近い関係を築けている様子が浮かび上がってきました。そして、そこで得た知見を本社にも還元するという、好循環が生まれ始めています。

既成概念にとらわれない商品開発を模索

まず、Calbee Future Labo(以下CFL)について教えてください。

2016年4月に立ち上がった、当社の新しい商品開発チームです。創業の地である広島で、ヒット商品を生み出すことをミッションとして開設しました。 実際に、これまでいくつかの商品も発売しています。

「圧倒的顧客志向」を理念に掲げて、既成概念にとらわれない商品の開発を目標 に、日夜インタビューやディスカッションを重ねています。一般の方々から、インタビューなどに協力いただける「サポーター」を募っているのが特徴で、現在1700名近くになっています。

樋口さんは立ち上げ時からのメンバーだそうですね。カルビーに対する印象をうかがえますか?

カルビーは、ひとことで言うと「まじめな会社」ですね。各商品に対して「そこまでやる?!」と思うほど、品質にこだわります。わずかな差でも「絶対こちらがおいしい」と思う方を突き詰める姿勢も、揺るぎないです。

そうしたまじめさは、お客様への向き合い方にも表れていると思います。研究開発本部にいたときは、マーケティング担当がよくお客様の声をフィードバックしてくれていました。また、お客様相談室の活動にも力を入れており、特に注目すべき意見はそこから全社員にメールで共有されています。

こうした意見は、数が多ければ対応する、少なければ見過ごしていい、というわけではないと考えています。実際、「少数だけど真摯に受け止めるべき」と思われるものには注目して、改善方法を話したりしていました。ルールがあるわけではなく、一つひとつの意見を大事にする文化がある と思います。

では、CFLの成り立ちについて教えてください。どのような経緯で参加することになったのでしょうか。

まずは研究開発本部に所属しながら、プロジェクトとして参加しました。おもしろそうだと思った半面、不安でした。そもそも私自身、社歴が3年で経験が浅く、私以外の2人も、食品領域が初めてでした。

CFLの目指すところを、どう聞いたのですか?

冒頭で紹介したように 「ヒット商品をつくってください」と、ただそれだけでした。 カルビーの技術やノウハウを生かしなさいとも、顧客との共創を模索しなさいとも、何も言われませんでした。

カルビーはこれまで10年おきにロングセラー商品に恵まれていましたが、直近10年間、新しいヒット商品が出ていませんでした。CFL設立の背景には、スナック、シリアルに次ぐ、第三の柱の確立が必要だという認識があったのではないかと思います。カルビーにも食品にも詳しくない3人が集められたことが、それこそ経営層からの「既成概念にとらわれない商品開発を」というメッセージだと受け止めました。

とはいえ、どう考えても、我々だけではできない。お客様しかなかったので、3人で最初に「生活者を知るために声を聞こう」 と決めました。次に、そのためにどうすればいいかわからないので、実現手段の部分ではそれが得意な人や会社に頼っていこう、と話し合いました。

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広島駅から徒歩3分ほどの場所にあるCFLの様子

「言われてみれば……」をどう引き出すか

最初に、顧客の声を頼りにしようという考えがあったのですね。まず何から始めたのですか?

はじめの半年は貸しオフィスにパイプ椅子とホワイトボードのみで、ベンチャー企業さながらのスタートを切りました。企画を立てるためにとにかく動こうと、身近な人脈をたどってインタビューをしていきました。

知人や友人のほか、広島県庁とつないでもらって職員の方々に聞いたり、そこからまた別の団体につながってお話を聞かせていただいたり……。とにかく毎日、生活者の実態を知ろうと奮闘していました。そのころ、リーダーが「まずは2000人に話を聞こう」と大きく掲げたんですが、まさに2021年7月、2000人に達したところです。

聞く内容は、最初は「食」にフォーカスしていたんです。でも、参考となるフォーマットもないし、インタビューのプロでもない。何が好きか、何を食べたいかと聞いても一問一答になりがちで、面白みがありませんでした。

そこで少し広げて、ライフスタイル全般について1週間の行動記録をとっていただき、それをもとに「なぜこういったことをしたのですか」「何をきっかけに?」と掘り下げることにしました。 それぞれの人の課題や自分でも気づいていないニーズ――たとえばごく普通に行っているけど、実はストレスを感じていることなどを、深掘りしていくようにしたんです。それが、最初に一歩踏み込めたタイミングでした。

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CFLのサイトより、現在(2021年11月時点)の活動状況

そうして掘り下げていくと、普段は表に出てこない気持ちが垣間見られると。ただ、人によって出てくる話が千差万別だと、集約しにくいのでは?

そうですね。まずは気づきをふせんに書き、ホワイトボードに貼り出していきました。果たして、これらをエクセルにまとめて無理やりデータ化することが「いちばんポテンシャルを引き出せる」ことなのかと考えると、違うだろうと皆が感じていました。

人の気持ちをデジタルで扱おうとすると、どうしても合理的な道筋が優先して、その間をこぼれ落ちていくものがあります。 生活のことを聞いていると、「痩せたいと言っているのにお菓子を食べている」といった矛盾もよく出てくる。行動と感情は、一貫しているわけではないんですね。そうしたことは、一人の人の意見を時系列で把握するから感じ取れるので、非合理な気づきを見逃さないよう、気づいたことをふせんに書いてペタペタ貼っていったんです。

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顧客のリアルな声や、それを受けた気づきをふせんに書いて一覧に。デジタルデータにしないことで見えてくるものがある

たしかに「痩せたいけれど食べている」みたいな矛盾は生活のなかにたくさんありそうです。こうした、心理をつかもうとするインタビューって、難しいですよね。

すごく難しいです。本人すら気付かないことが行動のなかにたくさんある、とわかってきても、それをどうしたら引き出せるのか、どう情報収集したら解釈できるのか、いつも悩んでいました。その行動をしている理由を聞いても「いや~ちょっとわからないな」で終わってしまうんです。

なので「いかに妄想するか」がカギになりました。相手の話を聞きながら、その根底にありそうな考えを自分でイメージして、まず捉えておく。 それを次のインタビューのなかで、仮説をあてるように「もしかして、こんなこと思っていませんか?」と聞くと「言われてみればそうかもしれない」と返答されることが出てきました。この「言われてみれば」という言葉が出てきたら、よし!という感じで。 そこを深掘りすると、初めて聞くような意見や気づきが得られるようになりました。

ただ、無意識にやっていることは、話す側と聞く側の関係性ができないと話に出てこないですね。今も、インタビューは難しいなと思います。

サポーター制度のほかに、広島県内の大学生もCFLの活動に参加していますよね。学生とサポーターの関わり方について、それぞれ伺えますか?

生活者インタビューは1回1時間ほど。2000人へのインタビューを3人で実施するのは、さすがに無理があったので、大学生に手伝っていただくことにしました。2016年の初年度のうちに、縁あって大学の先生方とつながり、授業の一環として学生さんにインタビューの聞き役を務めてもらうようになりました。今は「CFL研究生」として6期生が活動していて、生活者のヒアリングなどにも参加してもらっています。

サポーター制度も、インタビューを進めるなかでできたものです。次第に人づての依頼も限界がきたので、「サポーター」という形で一般の方々から協力者を募りました。

今、サポーターさんにお願いしていることは3つあります。まず、自分の行動を観察記録したうえでインタビューを受けること。次に、試作品を試して感想を伝えること。そして、一緒にプロモーション活動をすること、です。

サポーターさんはWebサイトで常時募集しているほか、県庁や、近隣のスーパーにサポーター募集カードを置かせてもらったりして、5年かけて約1700人という数になりました。カルビーの商品開発に携わることを楽しんでいただいていて、ありがたいです。サポーターの方々は、私たちにとって心強いファンであり、仲間です。 一緒に商品開発をすると、背景のストーリーまで共有できる。そうすると、深みのあるレビューが世の中に広がっていくと思います。

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スタッフブログより。CFL研究生は、CFLの活動を通して企画なども体験している

音で広島カープを応援! 五感に注目した「ふるシャカ」

2018年に発売した地域応援スナック「ふるシャカ」が、CFL発の最初の商品になりました。まず、どういう商品か教えてください。

サイコロ状のポテトスナックで、広島東洋カープのマスコットキャラクターをデザインした円筒形のパッケージが特徴です。振りながら味つけをするのと、振るとシャカシャカと音がする仕組みで、カープの応援に使ってもらうことを想定していました。

ふるシャカPV。カープの応援で使ってもらうことを想定している

どのような気づきから生まれたのですか?

インタビューを重ねて気づいたことのひとつに、「食べる」とは味覚だけじゃない、視覚も大いに影響していると、改めて実感するようになりました。 また、そのころInstagramが流行っていたので、“映える”ことにフォーカスするのはどうかとメンバー間で話していました。

それを拡張して、聴覚で楽しむ、食感で楽しむなど、味覚以外の五感をコンセプトに盛り込めないか、と。そこにチャレンジしたのがこの商品でした。

音に注目して生活を見渡すと、「応援」という場面で音が重要な役割を担っていることに気づきました。それが広島のみなさんが愛してやまないカープとつながり、カープを応援する、味付けがその過程でできる、地域を応援するスナック……と企画が発展していきました。

思い出すのは、当時のリーダーが「味に逃げるな」と言っていたことです。 どんな食品も、おいしいのは大前提。味だけが唯一無二の価値になってしまっては、そこで止まるので、味以外の価値を見いださなければと話していました。

開発の過程で、サポーターの意見はどう反映されているのですか?

前述の、「食」には味覚以外も重要だという気づきは、インタビューを重ねて得られたヒントです。 また、CFLに来てもらい、試作品を使ってもらいました。カープの試合を中継しながら、実際にふるシャカを手に応援してもらったんです。「これ、すごくいい!」と感想をもらい、手応えがありました。

CFL自体ではターゲットを区切っていませんが、このときは、カープ愛が特に強い方々に集まってもらいました。ずっと続けてきたインタビューから、地域にとても誇りを持っている方が多いという気づきがありました。その大きな要素のひとつが、カープだったんです。

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ふるシャカPVのひとコマ。広島市民にも協力をあおいだ

とても人気の商品になったそうですが、販売方法には何か工夫をしたのでしょうか?

広島駅からマツダスタジアムまでの区間にしぼって、コンビニエンスストアを中心に販売しました。購入した人が広告塔になってくれたらと、発売前のサポーターへのサンプリングの際には透明な袋で渡し、PRしながら街中を歩いてもらえるようにしました。手応えはすごく大きかったです。期間限定の販売でしたが、非常に大きな話題になりました。多くのテレビ局も取り上げてくれました。

※「ふるシャカ」は現在発売しておりません。

その後の商品展開は?

第二弾として2019年、食パンに塗って焼くだけで“おかずパン”になる「のせるん♪」を発売しました。CFL研究生である学生たちが発案したもので、子どもに簡単に栄養のある朝ごはんを食べさせたいという親御さんのニーズから生まれたものです。サポーターさんへの試食会を経て、クラウドファンディングで発売しました。

次いで2020年、カルビー初のグミ「ランチグミ―」を開発、さらに睡眠の質を高めるフィルム状の商品「にゅーみん」を開発し、販売しました。

※「ランチグミー」、「にゅーみん」は現在発売しておりません。

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「のせるん♪」開発時のサポーターとの試食会の様子。本商品も、CFL研究生とともに開発

小さく密に動く取り組みを、本社に還元できれば

立ち上げ時から、カルビーの定石を打ち破る意図があったとのこと。その点について、現在の手応えをうかがえますか? 商品開発以外の観点で、得られたことがあれば教えてください。

いちばん強く感じるのは、CFLをもし東京に開設していたら、数年でここまでいろいろな取り組みはできなかっただろうということです。広島に設けたことで、地域の方々と密な関係を築けて、クイックに動ける。サポーターがこれほど集まることも、地元企業のトップにすぐに会えることも、すべて地域への愛着という共通項があるから実現していると思います。

CFLの活動を通して私たちが感じているこの距離の近さを彼らも感じてくれていたら、彼らにとってもカルビーがぐっと身近な存在になっていると思います。それが、ひいては企業価値の向上につながっているのではないでしょうか。

それに、CFLにかかわること自体が大学の単位として認められているのもありがたいです。CFLでの実践を通して、大学生に共創や協業の価値とおもしろさを感じてもらえているからだと捉えています。私たちとはまた違う視点で、CFLを活性化してくれています。

大企業の新規事業開発の例として、順調に進んでいる要因は何だと思いますか? また、本社にとってプラスになっている部分があれば、教えてください。

今のところ円滑に進んでいる要因のひとつは、本社の動きとは別で、小さい組織を出島のように切り出したこと。 もうひとつは、当初はそれしか手段がなかったからですが、顧客をとにかく理解しようと努めること。 この2点がポイントだったと考えています。

本社の連携としては、希望者にはCFLに来て、ふせんに貼った声を見てもらったり、サポーターの方に実際にインタビューしてもらったりすることもあります。今後は、CFLを通してできた生活者とのつながり、またさまざまな企業とのつながりも本社に還元できれば。CFLの活動で得たことが、いずれカルビー全体の知見になるといいですね。

今後の展望や、樋口さんが取り組みたいことを教えてください。

共創の取り組みは各社が注力していますが、私たちが大事にしているのは「広げる」こと です。視野を広げる点でも、食に留まらずライフスタイル全般に目を向けるという意味でも。今、私たちが実践していることを、プロセスを含めてオープンにすることも考えていますが、それも「広げる」一環です。

ものづくりのプロセスも、本社とは違うやり方を模索しています。カルビーはスナックを売るのが当たり前ですが、全然違うジャンルの商品でもいいし、その着眼や完成までの流れも従来と違っていい。それが次の「当たり前」のプロセスになって、全社に広がるとおもしろいと思います。

食品メーカーのアウトプットは、食品という形態でなければ……という決まりもありません。プロセスをオープンにしていくことで、プロセスがキャッシュポイントになるかもしれないし、おもしろそうだと仲間が増えることもあると思います。そうすると視点が増えて、より活動が充実していく。当たり前にチャレンジしていくことを通して、そんな好循環を生み出したいと思います。

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