顧客理解を深めたデジタルマーケティングの共同研究。三菱地所とNRIデジタルによる会員組織リニューアルの裏側
住宅系会員組織「三菱地所のレジデンスクラブ」を運営する三菱地所グループは、2024年に会員サイトの大幅なリニューアルを実施。その背景には、NRIデジタルとの共同研究による「顧客起点のデジタルマーケティング」の試行錯誤の積み重ねがありました。今回はKARTEを活用した顧客起点のデジタルマーケティングの手法とリニューアルへとつなげた取り組みを伺いました。
「住宅を購入して終わり」ではなく、お客様の住まいに関わるライフステージ全体に寄り添い続ける。そんな理想を実現するため、三菱地所グループは住宅系会員組織「三菱地所のレジデンスクラブ」を運営しています。
2018年の発足から数年を経て、2024年に会員サイトの大幅なリニューアルを実施。その背景には、NRIデジタルとの共同研究による「顧客起点のデジタルマーケティング」の試行錯誤の積み重ねがありました。
今回は三菱地所株式会社 住宅業務企画部 杉本有紀典さんとNRIデジタル株式会社 マーケティングDX事業ユニット マネージャー 菅川高和さんに、KARTEを活用した顧客起点のデジタルマーケティングの手法と、不動産業界特有の課題に向き合いながら顧客理解を深め、リニューアルへとつなげた取り組みを伺いました。
「三菱地所のレジデンスクラブ」の会員情報を更新し続け、グループ横断で活用するために
まず、「三菱地所のレジデンスクラブ」について教えてください。
杉本:三菱地所のレジデンスクラブ(以下、レジデンスクラブ)は、2018年6月、住宅事業グループ各社にて運営していた4つの住宅系会員組織を統合し、三菱地所グループの住宅関連情報を横断的に入手いただけるプラットフォームとしてスタートしました。

レジデンスクラブが描く顧客の人生をトータルにサポートする長期ビジョンのイメージ
杉本:「A partner in life あなたの人生に寄り添うパートナー」をビジョンとして掲げ、2023年12月から段階的なレジデンスクラブの会員サイトリニューアルを実施し、新築マンションの購入検討者、契約者および現在の入居者を対象としたWebサービス機能を追加しました。住まいにまつわるさまざまな基礎情報を一元的に提供し、各種手続きや三菱地所グループ担当者とのやり取り等をWeb上で完結させることで、お客様がお住まいに関する様々な意思決定のサポートを受けることのできる世界を目指しています。

リニューアルで追加された、Web上での新築マンション契約・引渡しを支援するサービスの画面
お二人の所属とレジデンスクラブにおける役割について教えていただけますか?
杉本:私は2024年度まで三菱地所の住宅業務企画部に所属し、Webサイトの運営、メルマガ、会員向けのイベント、システム周りなど、会員組織の運営全般を担当しておりました。
菅川:私はNRIデジタルのマーケティングDX事業ユニットのマネージャーをしております。今回のレジデンスクラブの会員サイトの開発、デジタルマーケティング支援の統括をしています。
レジデンスクラブをリニューアルする際の課題についてお聞かせください。
杉本:グループを横断してデジタルマーケティングを実現することが課題でした。レジデンスクラブがスタートした2018年のタイミングで、三菱地所の住宅事業グループ各社が運営していた4つの住宅系会員組織を統合しました。この統合した会員情報を活用したり、更新したりといったことが十分にできていないという状況でした。
グループ各社が良い顧客体験を創出しようと努力していますが、どうしても個別最適なものになってしまっていました。各社が保有するお客様のデータ用途や扱い方が異なっていたこともあり、グループ横断での施策が十分には実現できていなかったのです。

三菱地所株式会社 住宅業務企画部 杉本有紀典 氏
菅川:三菱地所グループとして、不動産商品を販売して終わりではなく、販売後にお客様が「インテリアを買いたい」となればそれをサポートし、「住み替えをしたい」となれば仲介を行うなど、お客様の変化にも継続して寄り添いたいとお考えでした。そのためには、ユーザーIDを統一するなどのデータ統合の観点や、三菱地所グループのサービスを一気通貫で体験できているとお客様が感じられるようなUXをつくる必要がありました。
私たちとしては、まずレジデンスクラブの長期ビジョンを共に作成し、それにもとづいて「レジデンスクラブをさらに良くするにはどうするか?」という議論から始めました。課題にはデジタルにおけるリテラシーも含まれ、その解消のために三菱地所のみなさまに向けて「そもそも、デジタルマーケティングとは何か?」という勉強会も行いました。データの統合や新機能の実装だけでなく、運用を担当するみなさんがデータに対するリテラシーを揃えていくことも重要ですから。
リニューアルを進めるにあたり、定性や定量の目標はあったのでしょうか。
菅川:WebサイトのPVなどの指標もありますが、以前のWebサイトからがらっと変わっているので、新しい状況での進捗を見ながら目標の設定を考えています。また、会員データの統合を進めることがリニューアルの目的でもあるため、住宅事業グループのCDP(カスタマーデータプラットフォーム)をつくり、各社のデータ集約が進捗しているかどうかを見ていきました。

NRIデジタル株式会社 マーケティングDX事業ユニット マネージャー 菅川高和 氏
杉本:他には、プレイドグループのエモーションテックさんが提供する顧客体験マネジメントサービス「EmotionTech CX」を導入して、NPS®(ネット・プロモーター・スコア)を計測できるようにして、ひとつの指標にしました。
従前より住宅事業グループ各社がアンケートを取得していましたが、統一された設問設計ではなかったためNPS®が測りづらい課題がありました。そこで設問設計から見直して、EmotionTech CXでアンケートを取得できるように統合を進めました。会員サイトのリニューアル後、アンケートデータも蓄積してきて、CDPにも統合できるようになってきたので、今後活用していく予定です。
注:ネット・プロモーター、ネット・プロモーター・システム、NPS、そしてNPS関連で使用されている顔文字は、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標です。
お客様についてわからないことを解き明かすための「共同研究」というアプローチ
リニューアルの内容を検討するために、どのようなことを進めていったのでしょうか。
杉本:当時、会員情報データが取得時から更新できていないという課題がありました。お客様を継続してフォローできる仕組みを作るためには、契約時の会員情報だけではなく、例えば家族構成のように時間と共に変化する会員情報を取得し、更新していくことも必要になります。
しかしながら、会員情報を更新したくとも、どうしたら実現できるのかはわからず、良い方法を発見したいと考えていました。NRIデジタルさんからもこうした課題を解決するために取り組む内容について、さまざまなご提案をいただいていました。しっかりと時間を取って何ができるかを議論し、「共同研究」という形で始めることになりました。
「研究」という呼び方を選んだ理由はどのようなものだったのでしょうか?

菅川:「一定期間でなにかの成果を出そう」という類の活動ではなく、「わからないことを解き明かそう」という点に両社が合意して始めた活動であることが影響しています。他の商材と比較すると、不動産領域の商材はライフサイクルが長く、お客様の検討事項などが多岐にわたります。この商材がデジタル化されるとマーケティングはどうなるのか。それをこれから確かめよう、というのが活動の目的だったので、「研究」として取り組むことになりました。
杉本:仮説はあるけれども、実際にどうなのかはわかっていませんでした。仮説を確かめるための活動を進めていきましょうということで、着地点を決めることなく探索的に活動を進めることがお互いにとって重要だったので。
当社が蓄積しているデータ量は相当なものでしたが、活用しきれているわけではありませんでした。そのため、NRIデジタルさんが一緒に取り組んでくださるというのは非常に助かりました。
菅川:私たちとしても、「不動産DXはこうあるべきじゃないか?」という仮説を立て、日々社内で議論していたものの、実践する場がなければ、机上の空論です。三菱地所さんと一緒に共同研究という形で進められることになったのは、非常にありがたいことでした。
お客様が関心を寄せるストーリーだからこそ、データ集めにつながる
共同研究では、どのようなことを行っていったのでしょうか。
菅川:まず、アイデアを数多く出して、そこから検証したいことや導き出したいテーマはどこか、という観点で絞り込みをしていき、5つのテーマを設定しました。私と杉本さんは「どうすれば家族構成を伝えていただけるか」というテーマを担当することになりました。
テーマを設定した後、検証はどのように?
菅川:「お客様から能動的に家族構成を伝えていただける状況をつくるにはどうするか?」と議論を重ねるなかで、「ストーリーがあれば、お客様は情報を共有してくださるのでは」という仮説を立てました。
杉本:過去に実施したアンケート結果から、お客様は「防災」への関心が高いことがわかりました。
菅川:ちょうど「防災の日」が近いタイミングだったので、そこに合わせてPoCに挑戦してみることになりました。防災について想起しやすいタイミングであれば、住んでいるマンションの防災備品がどうなっているのか、家族分の防災備品がどれくらい必要かについても、お客様にとっても有益な情報になるのではないかと考えて、施策を準備しました。
杉本: 施策としては、都内のタワーマンションで700世帯ほどを対象にチラシを配布しました。チラシに記載されたQRコードからWebページにアクセスいただき、そこでフォームに家族情報を入れていただくと、「マンションが備蓄しているもの以外に家族のために必要な防災備蓄」を紹介するコンテンツが表示されるというものです。
防災アンケートの実施結果はいかがでしたか?
杉本:90%以上の方から家族構成を登録していただきました。集まったデータを見てみると、住宅購入時はご夫婦で住まわれていましたが、お子様が生まれて3人家族になっていた、といった変化なども確認できました。
かなりの良好な反応が得られ、参考になるデータも取得できたため、第2弾としてマンションの大きさ、規模、場所のエリアで6種類に分類し、6棟のマンションに対して同様の施策を実施しました。そうすることで、マンションのある地域や居住者の平均年齢層などによって、興味の度合いが違うかどうかを調べました。

菅川: 当時の施策をCPAで換算しても一定の手応えがありましたね。また、当時の施策は既存の会員向けでしたが、防災というテーマだったことで、会員登録が済んでいない居住者の方にもリーチできたことも大きな成果でした。お客様にとって価値があり、行動につながるストーリーであったからこそ、オフラインからもデジタルへと案内できて、データ取得にもつながることが実証できました。
お客様の価値観やライフステージをテーマに検証し、サービスの機能として実装
他に共同研究を通じて検証したことはありますか?
菅川:NRIの生活者1万人を対象としたアンケートを通じて得られたデータをベースに、外部のパネル調査との違いなどを調べて、お客様がどんな価値観を持っているかを分類し、「価値観セグメント」を作成しました。
このセグメントを参考に、リニューアル後のレジデンスクラブでは「For You」という機能を実装。これはお客様に自身の嗜好を入力していただくことで、Webの行動データなどと合わせて、お客様に合ったコンテンツを出す仕組みです。
杉本:たとえば、インテリアが好きな人には、インテリアに関連する記事やイベントの招待が送られるので、Webサイトのアクティブ化にもつながります。価値観セグメントについての研究は新機能の実装に大きく貢献するものになりました。

菅川:他には、NRIデジタル主導でユーザー調査と、アイデア創出からプロトタイピング、ユーザーテストまでを行う「デザインスプリント」を実施しました。そこから判明したのは、不動産の購入といった人生に1回〜数回しか経験しないイベントでは、私たちが想定しているよりも「お客様は購入までの段取りがわからない」ということ。
この結果を踏まえて、それぞれのお客様に合わせた「段取り」を示すことで、なにが必要なのかの理解を助けると同時に、私たちとしてもご検討の状況を把握してタイムリーにご提案ができるようにしようと。この発見は、お客様がご自身のライフステージの変化に応じて何をすればいいかがわかる「My Selection」という機能として実装しています。
2社での共同研究を振り返って、得られた大きな発見や成果をあげるとすればなんでしょうか。
杉本:いかに短期で高速に検証を回すかが重要だとわかりましたね。今回の共同研究を通じて、私たちが想像している以上に、お客様は変化しているのだとわかりました。お客様の情報をキャッチアップするためには、こちらからさまざまな働きかけを短期間で進めていかなければなりません。
今回、「こういう仮説があるから、試しに働きかけてみよう」「反応があったから、もっと深掘ってみよう」「このテーマはイマイチだからやめよう」といった検証を短期間で回せたというのはひとつの成功体験です。リニューアル後のレジデンスクラブの運営も、短期で検証サイクルを回す方針で企画を立てています。

菅川:杉本さんがおっしゃるように、短期での検証を実現できることが一番の驚きでしたね。私たちのように外部から支援をしながら、素早く検証を進めるのはなかなか難しいものなのですが、今回は2社のやりたいことを短期間で検証していけたのは良い成功体験となりました。
KARTEで検証サイクルを高速で進め、データの鮮度を活かす
これらの活動でKARTEをどのように活用されたのかを教えてください。
杉本:KARTEがなければ、短期間での検証は実現しなかったです。それほど、KARTEには助けられました。たとえば、防災コンテンツの検証では、KARTE Blocksで現状のWebサイトのページに上から被せて表示するような形で対応できたのが助かりました。リニューアル後のWebサイトに実装するかどうかを決める前の段階でも、試したければ実際のWebサイトに表示できるという仕組みは、今回のさまざまな検証に必須でした。

菅川:いくら研究とはいえ、お客様にも関わることですので、なにか問題があれば取り下げや修正などの対応が必要です。今回、検証の施策にKARTEを活用することで取り下げや修正も即座に対応ができて、大変助かりました。
改めて振り返って、KARTEを活用することの価値は2つあると考えています。ひとつは、ここまでにお伝えしてきた筋のいい施策を見つけるための「改善の速さ」。もうひとつは、お客様からのデータを活かした施策を展開する際の「データの鮮度」です。
たとえば、アンケートでデータを取得したとして、その内容を活用して施策につなげるのが3ヶ月後では遅い。3ヶ月前のことなんて、お客様は覚えていないかもしれませんし、お客様の状況が変わっている可能性もあります。データの取得から時間が経過してしまうと、施策がもたらす体験が悪いものになってしまうこともあり得る。
ですが、施策に活用するデータの鮮度が高ければ、そういったズレが生じる可能性は小さくなります。KARTEは集めたデータを活かして施策につなげるまでが非常に早い。データの鮮度を落とさずに、施策が実行できるというのは大きな価値です。
杉本:不動産関連の商品やサービスは購買のタームが長いため、商品購入のチャンスは幾度もありません。チャンスを活かすためには、データを取得してから時間をかけて対応していたのでは遅すぎます。重要な瞬間にデータを取得し、すぐにお客様に施策で返せるのが理想的です。その理想を実現するのに、KARTEはとても役立っています。
理想的な顧客体験が実現できているかを検証するには長い時間が必要
今後の展望としてお考えのことがあれば、教えてください。
菅川:レジデンスクラブのWebサイトは新しくなりましたが、その先にはグループ各社のWebサイトもあります。そこも含めてお客様が統一した体験が得られるよう、一体感を作り上げていくことが重要だと考えています。カスタマージャーニーをすべてつなげるまで、引き続き長期ビジョンを目指して進んでいかなければなりません。
また、レジデンスクラブが発足したのは2018年ですが、三菱地所ブランドのマンションはさらに昔から存在しています。そのため、まだレジデンスクラブのサービスをご利用いただけていない居住者も大勢いらっしゃいます。こうした方々にもきちんとサービスを届けられるようにしていきたいですね。
杉本:リニューアルしたレジデンスクラブは、お客様が物件購入の検討から始まって、入居、そして将来的な売却までの全体のカスタマージャーニーに対応する機能の全てを実装できているわけではありません。まずはお客様の体験全体をカバーしていくように残りの機能を順次実装していくことが、この先数年間の目標です。
引き続き、レジデンスクラブの長期ビジョンに向かって、さまざまな課題に取り組んでいければと思います。
