アプリと店舗の共創関係をつくる。オンワードデジタルラボ・TSIのしくじりから学ぶ 、顧客との向き合い方
「APP DIVE」は、プレイドが主催する顧客視点の施策およびプロダクト改善に主眼を置いた企業横断的に学び合う場です。2021年6月17日に「アパレル業界の『しくじり』から学ぶユーザー視点のプロダクト改善とは」をテーマに、第5回目がオンラインで開催されました。良い顧客体験をつくるために、アプリなどデジタルをどのように活用していくか、必要な考え方は何かを紐解いていきます。
「APP DIVE」は、プレイドが主催する顧客視点の施策およびプロダクト改善に主眼を置いた企業横断的に学び合う場です。2021年6月17日に「アパレル業界の『しくじり』から学ぶユーザー視点のプロダクト改善とは」をテーマに、第5回目がオンラインで開催されました。
ゲストは、株式会社オンワードデジタルラボ(ODL)の山下哲氏と酒見信次氏、株式会社TSIの越智将平氏。店舗を持つアパレル企業にとって、会員機能やEC機能などを兼ね備えた「アプリ」は、顧客とのコミュニケーションを深めるための重要な接点です。良い顧客体験をつくるために、アプリなどデジタルの接点をどのように活用していくか、必要な考え方を紐解いていきます。
リアルとデジタルを掛け合わせ、顧客体験を高めるためにアプリを開発
今回登壇した2社は、ともに「リアルでもデジタルでも、ブランド価値を最大限に体験してほしい」という思いから、アプリの開発を始めました。
オンワードは、2018年11月に『オンワードアプリ』をリリース。ポイントが貯まる会員証機能や店舗のチェックイン機能はもちろん、ショップスタッフによるオススメコーデ、ECなども楽しめます。貯まったポイントは、店舗でもECでも利用可能。一つのアプリで幅広いコンテンツを楽しめることが反響を呼び、リリースから3年で70万ダウンロードを突破しました。
ODL・山下氏「私たちは、店舗とECをつなぐ共通基盤としてアプリを活用しています。店頭で店舗スタッフがお客様にアプリをご案内。ダウンロードした後は、店舗スタッフのコーディネートや最新情報などをお送りしてお客様とコミュニケーションをはかっています」
TSIは、自社で運営するブランド「ナノ・ユニバース」のアプリを紹介。「店舗とECをつなぐクロスユースを促進するためのアプリ」と位置づけ、リニューアルを重ねて、2016年に現在の形となっています。顧客が「つい店舗に足を運びたくなる仕掛け」が所々に組み込まれているのが特徴です。
TSI・越智氏「店舗にビーコンを置いてアプリと連携させ、来店したお客様にインセンティブをお渡しする機能や、アプリで見つけたお気に入り商品のスクリーンショットを保存すると、同時に品番も記録される機能が実装されています。アプリ開発においても、お客様に近い店舗スタッフの声を聞くように意識しており、スタッフの声をもとに改善された機能などもあります」
顧客が求める機能や使いやすさを重視したアプリ改善を進める「ナノ・ユニバース」ですが、現在の形に至るまでは「大きな失敗」があったと越智氏は振り返ります。
TSI・越智氏「一言でいえば、奇抜で過剰なUIになってしまったんです。2014年に『アプリを作ろう』となった時、メディアコマースというコンセプトで、ライフスタイル全般のテーマを扱うキュレーションメディアとして立ち上げたんです。『ただの洋服屋で終わらないぞ』という覚悟を持って始めたのですが、やはり運用面や販売への繋げ方などに問題があり、うまくいかなかった。
その後も、4言語対応や越境ECにも挑戦しましたし、横スクロールのUIを実装したこともあります。当時は『オリジナリティを出さなくてはいけない』という意識があり、スピードこそ大事だと勢いを持って取り組んでいましたが、やはり『お客様が何を求めているか』という基礎的なことが抜け落ちていたと思います」
顧客のインサイトを知る店舗の声を聞く
アプリを単独のチャネルではなく、「ブランド全体の体験を向上させていくための手段」と位置づけている両社。ゆえに重要となるのが、店舗との連携です。彼らと手を組み、アプリでの顧客体験に届けていくうえで、どのように取り組んできたのでしょうか。
ODL・山下氏「まず、『オンワードアプリ』もいくつかのリニューアルを経て、現在の形があります。もともとはECと店舗情報発信のアプリがそれぞれ存在していました。アプリがあれば売り上げが上がるだろう』との見立てで、ECのチャネル、店舗のチャネルとしてそれぞれリリースされていた。当然ながら『機能が分散されて使いにくい』という声がお客様から寄せられました。
その後、この2つのアプリの統合していきました。『オンワードメンバーズ』という店舗とECで共通の会員機能、ポイント機能を軸に、店舗でのアプリ登録を促進していきました。お気に入り店舗の登録、店舗スタッフのコーディネート、キャンペーン発信など、コミュニケーションが取れる形になりました。
アプリの一元化は、顧客の声に耳を傾け、使いやすさを追求した結果でした。しかし、店舗スタッフからは『EC機能を実装すると店舗の売上げが下がるのではないか?』という声が挙がったと言います。 店舗側に生まれたアプリに関する不安。ここで酒見氏は、アプリを開発した目的に立ち返ります。
ODL・酒見氏「本来の目的は『ブランド全体の体験を向上させていくこと』。確かに商品を購入するだけだったら、ECの方が圧倒的に便利ですが、それでもお客様が店舗に足を運ぶのは、店舗にしかない体験があるからです。
初めのうちは、店舗スタッフにアプリ導入の目的を伝えず事務的なマニュアルと目標数値だけを共有してしまっていた。改めて『何のためのアプリか』『アプリを届けることによって、店舗にはどのようなベネフィットがあるのか』を説明し、新しい形の顧客体験を届けるための取り組みであることを伝える必要があります 」
目指す先を丁寧に共有したことで、立場の違いから生まれる不安を払拭した例でした。一方で越智氏は、「ナノ・ユニバース」アプリの運用において、開発側と店舗側で顧客理解の解像度に差があると感じた出来事があったと話します。
TSI・越智氏「ナノユニバースアプリは、登録後にメールアドレスを記入してアカウントを作成するフローになっていたのですが、『そもそも自身のメールアドレスを覚えておらず、入力に苦戦するお客様が多い。導線をシンプルにしてくれないか?』という声が店舗から多く寄せられました」
越智氏は、業務の中で日頃からデジタルに触れている「自分の常識」を疑う大切さを学んだと言います。そして、日頃お客様と接している店舗こそが「顧客の常識」を最も知っている存在でした。
TSI・越智氏「会員登録の動線は、店舗スタッフの声を聞きながら地道に改善を重ねています。アプリの機能に問題があると、お客様からダイレクトに指摘を受けるのは彼ら。アプリへの率直な意見を知る店舗スタッフの声は非常に貴重です」
本当に使いやすいアプリを開発するために重要となる店舗の声。しかし、酒見氏は「目的を履き違えないことも重要だ」と話します。かつて、「店舗スタッフ」の方を向きすぎて失敗した経験があったからでした。
ODL・酒見氏「アプリを店舗スタッフの接客に活かすことを考えるあまり、『店舗スタッフがオススメしやすい機能』の拡充に目が向いてしまったことがあったんです。例えば、スタッフコーディネートがメインになっていたり、グローバルメニューの大半が店舗情報になっていたり。しかしこれでは、店舗に気軽に行けずECをメインに利用したいお客様には使いにくいアプリになってしまいます。誰のためのアプリなのか、根本的な目的は忘れてはいけないですよね」
アプリ導入やアップデートを“喜べない”店舗。現場を知り、寄り添うこと
店舗とアプリが顧客の体験価値を高めるために、相乗効果を発揮できる形を模索してきた両社。では、同じ目的に向かっていくために、どのような仕組みが考えられるでしょうか。オンワードでは、アプリに関する店舗のKPI設定に苦労した過去があったそうです。
ODL・酒見氏「お客様に愛されている店舗を評価したいという考えから、『お気に入り店舗への登録数』もKPIに置いていました。お客様が特定の店舗を『お気に入り登録』すれば、お客様がECで買い物をしても、その店舗の売り上げとして評価を加算していくような仕組みでした」
一見すると、店舗とアプリの相乗効果がある良い施策のようにも思えます。しかし、これらが顧客の体験を損ねてしまうことにつながったのです。
ODL・酒見氏「登録できるお気に入り店舗は数の制約を設けていたので、お客様の奪い合いになってしまいました。別の店舗に行った時に、これまでに登録していた店舗を解除して、新たに違う店舗に登録してもらうという状態。ECとの連携を強め、店舗の懸念を払拭するための仕組みだったのですが、店舗間の競争を高めることになってしまいました。
完全に企業側の都合ですし、お客様からすれば、どうでもいいですよね(笑)。最終的には、複数店舗登録できる仕組みにして、解決しました」
ODL・山下氏「本当は、『アプリを介して、お客様がどんな価値をオンワードに感じてくれるのか』を深く考えなければいけなかった。目先の売り上げだけに向いてしまう目標になると、どうしても施策が先行してしまう。指標を追う姿勢は決して悪いことではありませんが、お客様が私たちの商品やコンテンツに感じた『価値』の部分をもう少し可視化して、指標としていく必要があると考えています」
続けて話は「店舗への目的の伝え方」に。越智氏は、伝えようとする以前に意識しなくてはいけないことがあると話します。
TSI・越智氏「現場の負担を理解することも大切だと思います。アプリのアップデートに対しても、店舗にとってはあまり喜べない事情があります。
以前、複数の店舗の店長から『業務の合間にキャッチアップして、スタッフに説明をして、質問を受けなければいけない。日々の業務があるなかで、頻繁にキャッチアップをするのは正直厳しい』と、言われてしまったんです。私たちは良かれと思ってアップデートを重ねていたのですが、それらが現場に負担をかけてしまったのだと痛感しましたね」
変化は必要なものの、それらが時に現場に負担を与えることにもつながりかねないと実感した越智氏。店舗の負担を軽減しつつ、十分な知識を届けるための策を練り続けました。
TSI・越智氏「もともと、マニュアルは紙で配っていたのですが、デジタル化してすぐにスタッフがアクセスできる状態にしていきました。さらに動画もつけて、リニューアルの意図やお客様へのトーク例も紹介。店舗の負担軽減に力を注ぎ始めてから、距離感が近づいていったように思います」
自分たちが「何のためにアプリを開発するのか」を考え、店舗に共有することはもちろん、店舗スタッフの声にも耳を傾けて、寄り添っていく。アプリを通した良い顧客体験の創出には、こうした小さな積み重ねが大きな意味を持つようです。
店舗と「同志」になって、顧客体験を共創する
Webで完結するサービスとは違い、店舗を持つアパレル業界では、リアルとデジタル両軸での顧客体験の設計が求められます。お客様のITリテラシーもさまざまであるからこそ、顧客と直に接する店舗の協力が欠かせません。
彼らとともに最良の顧客体験を作っていくためには、「アプリの意義」を共有し、現場に大きな負担があるのであれば取り除く。そうした真摯な姿勢こそが、ブランド体験を拡張していくことにつながっていくのでしょう。