DXを推進し、CX向上に取り組むチームをどう育てるか?東京ガスによる内製化の挑戦
2023年7月に開催された「KARTE CX Conference 2023」にて、東京ガスの及川敬仁氏、同社のスクラム開発や人材開発を支援したプレイドの事業開発組織STUDIO ZEROの上田が登壇し、内製化の背景やプレイドによる支援内容、KARTEの活用事例を共有しました。
1885年にガス供給事業を開始し、日本最大の都市ガス事業者として首都圏を中心にエネルギー事業を展開する東京ガス株式会社。これまでリアルの接点を強みにサービスを展開してきましたが、近年は顧客の変化に伴いデジタルのコミュニケーションにも注力しています。
その柱となるのが、顧客が毎月のガス・電気の使用量や料金の確認や、各種サービス利用で貯まったポイント交換などを行える会員向けサービス「myTOKYOGAS」です。同社は、CXの向上を目指して、myTOKYOGASのシステム開発の内製化を進めてきました。
2023年7月「事業成長をCXのデジタル変革で牽引する」をテーマに開催された「KARTE CX Conference 2023」では東京ガスの及川敬仁氏、同社のスクラム開発や人材開発を支援したプレイドの事業開発組織STUDIO ZERO(※)の上田が登壇。内製化の背景やプレイドによる支援内容、KARTEの活用事例を共有しました。
※企業や自治体とともに顧客視点に立った事業づくり、価値創出に取り組むプレイドの事業開発組織。
デジタルを活用したCX向上のために、アジャイル化と内製化が必要
東京ガスがデジタルを活用したCX向上に取り組む背景には、顧客の変化だけではなく、エネルギー業界特有の変化があります。
及川氏「一つ目は、エネルギーの自由化です。一般家庭においても電力会社やガス会社、料金メニューを自由に選択できるようになりました。これにより電力・ガス業界は以前よりも競争が激しくなっており、『お客様に選ばれ続けるには』を考え、CX向上に取り組む必要性が増しています。
二つ目は、再生可能エネルギーへの移行です。環境負荷を軽減するために再生可能エネルギーの移行は急務です。しかし実際の導入にあたっては発電出力が不安定といった課題もあり、他の発電方法との組み合わせや供給網の整備を進めているところです」
こうした変化のなか、東京ガスが顧客に電気を安定して利用してもらうために重要な接点となっているのがmyTOKYOGASだと言います。
及川氏は2017年にmyTOKYOGASを担当する部署に異動。システム開発の経験は多少あったものの「デジタルサービスの運営に携わった経験はなかった」と言います。手探りで運営に関わる中で、及川氏は開発の手法や体制に違和感を抱くようになりました。
及川氏「当時のmyTOKYOGASは、ウォーターフォール型の開発方法を採っていました。ウォーターフォールでは、上流工程から下流にそって開発を進めていき、基本的には前の工程を完全に終えてからでないと次の工程に進めないようになっています。
ウォーターフォール型は、仕様が明確な場合には適していますが、myTOKYOGASはお客様のフィードバックを元にどんどん改善を重ねていく段階です。状況に柔軟かつ迅速に対応するために、短いサイクルで開発を進めていくアジャイル型のほうが向いていると考えるようになりました」
その後、及川氏は別の部署に異動、2年後に再びmyTOKYOGASを担当する部署に戻ることになりました。「今度こそアジャイル開発への移行を」と意気込む及川さんを後押しするかのように、部内では新しい企画が進行中でした。それは、デジタル分野で先進的な取り組みをしている企業の社員と共にアジャイル開発の手法一つであるスクラム開発を実践しつつ、ナレッジトランスファー(※)を行うというもの。
※組織内で個人の知識やスキルを共有、伝達するプロセスや活動を指す
及川氏「書籍などで勉強はしていたつもりですが、実際にスクラム開発を実践することで多数の発見がありました。特に実感したのは、スクラム開発においてビジネスとテクノロジー、デザインという3つの役割が方向性を共有し、適切に連携することが重要だということ。
また、当時は開発やデザインを情報システム子会社に委託していましたが、スクラム開発を実践するには、受発注の関係を超えた開発体制が適しているのではと感じました。
内製化することでチーム内のコミュニケーションコストも下がり、お客様からのフィードバックを迅速に取り入れ、より素早く改善を行えると考えました。
また、システム開発の効率化の観点だけでなく、デジタルを活用したCX向上を持続的な取り組みにしていくためには、ナレッジや経験を社内に蓄積していかなければなりません。その観点でも、内製化を進める必要があると考えていました」
スクラム開発を担う“人”と“チーム”づくりをPLAID Chimeが支援
内製開発の必要性を感じた及川氏は、ナレッジトランスファーが終わると同時に、スクラム開発に必要なポジションの採用を開始しました。おおむね順調に進んだものの、唯一プロダクトマネージャーの採用・育成が難航したそうです。
及川氏「私たちの求めるプロダクトマネージャーは、スクラム開発を率いることのできるスキルや経験を持ち、かつ社会に貢献したいという思いのある方です。このような人材は大企業に就職するより、自分自身でビジネスを立ち上げる方も多い傾向にあり、なかなか採用が困難でした。
かといって、社内にはスクラム開発の経験者も少なく、採用も育成も容易ではない状況でした。仮に担い得る“超人”がいたとしても、その人が将来的にチームを離れることになった場合、体制の維持が難しいという問題もあります。
そこでプロダクトマネージャーのポジションを、事業企画やマーケティング面を担う『プロダクトマーケティングマネージャー(PMM)』と、技術開発面を担う『テクニカルプロダクトマネージャー(TPM)』に分けることにしました。これなら一人が担当する領域が限定されるので、育成もしやすくなると考えました」
こうして体制が整っていきましたが、システム開発の内製化やスクラム開発の導入は、人材を揃えるだけで順調に進むわけではありません。プロダクトの目指す方向性をチーム全体で共有し、適切に連携していくために、チームの運営を担うPMMとTPMの育成が不可欠でした。
そこで及川氏は、STUDIO ZEROの提供するCXのためのDXを担う人や組織を育てるための人材開発プログラム「PLAID Chime」に参加しました。
セッションでは、プログラムを担当したSTUDIO ZEROの上田が、具体的な取り組み内容を紹介しました。
上田「当時の内製開発チームの課題として、スクラム開発の基盤となる新しいプロジェクトの初期段階でその方向性や目的、リスクなどを共有・議論するためのツールや手法である『インセプションデッキ』の磨き込み不足、そしてプロダクトオーナーの育成がありました。
そこで私たちは、3ヶ月にわたりチームのインセプションデッキの磨き込みに伴走し、その過程でスクラム開発の要点や動き方をプロダクトオーナーに共有しました。
具体的には、スクラム開発による事業成長を経験したSTUDIO ZEROのメンバーが、週に一度プロダクトオーナーやスクラムマスター、その他のステークホルダーと定例会議を実施。ワークショップも織り交ぜながら、インセプションデッキにまつわる議論や対話を行いました。
進捗は毎週チームの主要メンバーのエンジニアやデザイナーにも共有、別途ディスカッションを行い、目線や認識を合わせていきました。及川さんを含め、皆さんエネルギーにまつわる社会問題を解決したいと熱い思いを持って入社された方々ばかり。定例会議やワークショップで熱い議論が起きていたのを覚えています。
これらの活動と並行してPMMとTPMの責任範囲や必要なスキルセットの整理も進め、プログラム終了後も、継続して人材が育つための土台を整えていきました」
プログラムを通してプロダクトオーナーを含むチームの動きにどのような変化が起きたのでしょうか。上田がプログラム参加者の声を踏まえて紹介します。
上田「チームの方々からは『プログラム終了後も、プロダクトオーナーが中心となって職域を横断した対話が起き、目線合わせが行えている』と伺っています。
また『プロダクトの目指すべき方向性が整理されたことで、チームの士気や一体感が高まった』という声もありました。
ビジネス・テクノロジー・デザインが一体となって改善を行うチームへ、変化の手応えを感じていただけていると捉えています」
KARTE活用し、CX向上のナレッジを蓄積しながら仮説検証
スクラム開発を取り入れ、素早くプロダクトの改善を重ねられるよう、人材面も含めて変化したmyTOKYOGASの運営チーム。システム開発以外の面では、myTOKYOGASのWebサイトにおける施策の仮説検証にKARTEを積極的に活用し、CX向上に取り組んでいます。
及川氏は「中でも『KARTE RightSupport』を重宝しています。問い合わせ前のお客様のつまずきを収集して解析し、お客様一人ひとりに合ったFAQや問い合わせ方法をお伝えし、自己解決に導けるようにしています」と語ります。
及川氏「一つ目は、ガス・電気料金の案内ページでの施策です。2022年末から世界情勢の影響でエネルギー料金の高騰が続き、値上がりした電気料金に驚いたお客様からのお問い合わせが増えていました。
そこで、myTOKYOGASのガス・電気料金の案内ページを訪れたお客様に向けて、料金高騰にまつわるFAQへ案内するサポートウィジェットを表示しました。KARTE RightSupportはノーコードで施策を設定できるため、問い合わせの増加したタイミングから時間かけずに施策をリリースできました。
二つ目はログイン画面での施策です。お客様がmyTOKYOGASのログイン画面でログインに失敗した際、解決法を示したサポートウィジェットを表示。お困りのお客様にピンポイントで必要な情報をお届けしています」
ガス・電気料金の案内ページでの施策
顧客の分析には顧客の行動を動画で可視化する「KARTE Live」も積極的に活用しているそうです。
及川氏「ナレッジトランスファーでスクラム開発を体験した際、ユーザーインタビューなどでお客様からフィードバックを受ける重要性を感じました。とはいえユーザーインタビューを頻繁に実施するのは難しい。ユーザーインタビューを行うより手前で、お客様の行動を観察できるKARTE Liveは非常に便利です」
東京ガスのKARTEの活用方法については、以下の記事で詳しくお話を伺っていますので、よければ合わせてご覧ください。
参考記事:お客さまの困りごとを深掘りし、一人ひとりに合わせて解決先を提示。東京ガスが実践する顧客体験を向上させるWebサポートとは
お客様の課題に当事者意識を持って向き合うチームへ
システム開発の内製化・アジャイル化や、KARTEを使った顧客分析や仮説検証によって東京ガスのデジタル活用は加速しています。今後のチャレンジは「お客様目線を持つこと」だと及川氏は語ります。
及川氏「スクラム開発において重要なのは、企業目線だけではなくお客様目線を持ち、一人ひとりの課題に当事者意識をもって向き合うマインドセットだと考えています。そうしたマインドセットは一朝一夕に身につくものではありません。いかにマインドセットを育むかは試行錯誤を重ねていきます。
PLAID Chimeのプログラムに参加する中で、お客様目線で考えるマインドセットを育てるには、『お客様の声を聞くこと』が重要だと痛感しました。今後もユーザーインタビューのように直接お話を聴く機会を定期的に設けて、いただいた意見を改善に活かす仕組みを強化していきたいと考えています」