「従業員の覚悟」と「届けたい価値」。顧客を魅了する体験を生み出し続けるスノーピークとスマイルズ、事業作りの哲学 #exp_day
本セッションでは、従業員の「私がやりたい」という個人的な思いを起点に事業を作っている企業として、アウトドアブランド「スノーピーク」を運営する株式会社スノーピーク専務取締役の村瀬亮氏、「Soup Stock Tokyo」をはじめ数々の業態を展開する株式会社スマイルズの取締役でCCOの野崎亙氏が登壇。モデレーターは、経営戦略や制度と組織の関係を専門に研究している慶應義塾大学総合政策学部准教授の琴坂 将広氏です。このセッションでは、なぜ両社が数多くの顧客を魅了する体験を生み出し続けられるのか、従業員の内発的動機との向き合い方や、価値から考える事業づくりについて語られました。
2021年6月23日〜24日、「CX(顧客体験)とEX(従業員体験)のつながりを考える」をテーマにしたカンファレンス「Experience Day 2021」を開催しました。
本セッションでは、従業員の「私がやりたい」という個人的な思いを起点に事業を作っている企業として、アウトドアブランド「スノーピーク」を運営する株式会社スノーピーク専務取締役の村瀬亮氏、「Soup Stock Tokyo」をはじめ数々の業態を展開する株式会社スマイルズの取締役でCCOの野崎亙氏が登壇。モデレーターは、経営戦略や制度と組織の関係を専門に研究している慶應義塾大学総合政策学部准教授の琴坂 将広氏です。
このセッションでは、なぜ両社が数多くの顧客を魅了する体験を生み出し続けられるのか、従業員の内発的動機との向き合い方や、価値から考える事業づくりについて語られました。
スノーピークとスマイルズが生み出す、ファンを惹きつける事業たち
1958年に創業したスノーピークは、「人生に、野遊びを。」をコーポレートメッセージに掲げ、自然と人、人と人がつながることによって生まれる豊かな生き方という価値を、商品を通して届けています。中心事業はキャンプ用品の開発、製造、販売。
アパレル事業では、キャンプ時だけでなく日常使いでも快適な着心地とデザイン性を備えた衣服を展開しています。スノーピークの社員は皆自らもアウトドアを楽しむキャンパーであり、当事者目線で企画・開発される商品は、顧客のニーズを的確に捉えていると人気を博しています。
キャンプを軸にした体験事業では、スノーピーク社員と顧客同士が交流するキャンプイベント「Snow Peak Way」などを実施。店頭やオンラインではない場で、どのように顧客と接点作りをしているのでしょうか。
村瀬氏「1998年から続いている『Snow Peak Way』は、ユーザーの皆様とスノーピーク社員が一緒にキャンプをする弊社のシンボル的コミュニティイベントです。お客様とスノーピークの絆を深めたり、お客様同士の新たな出会いの場となっています。
夜には社員とお客様が焚火を囲みながら語り合う“焚火トーク”と呼ばれるコミュニケーションの場があります。焚火トークではプライベートな話はもちろん、商品やブランドについて直接対話をすることができ、商品化につながった例もあるほど大切なフィードバックの機会です。
このイベントはお客様から根強い人気があり、おかげさまで毎回定員以上のご応募をいただいています」
スマイルズは、企業理念「生活価値の拡充」を軸に、日常の中で見落とされてしまう価値を発見し、一人でも多くの人に届けることを大切にしています。
2016年に分社化し、現在は株式会社スープストックトーキョーの事業となっているスープ専門店「Soup Stock Tokyo」は、「女性が一人でも気軽に入れて、安全、安心な食事が食べられるファストフード」を目指してスタート。現在は全国に60以上の店舗を展開しています。
ほかにも、飲食系の事業だけで7ブランド、さらにはアパレルブランドなども展開。セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」は、品物に、持ち主の顔写真とプロフィール、「ストーリーを添えて販売し、使っていた人物の人となりが分かるようにするユニークな販売方法を確立、今では企業のB品・D品の蚤の市を展開するブランドとして展開しています。
自社事業以外にコンサルティングやプロデュースも行っており、2018年、青山ブックセンター六本木店の跡地にオープンした書店「文喫」のコンセプト開発、店名、店舗設計、業態開発、デザイン、WEB、PRなども選書以外の全てを担いました。
「入場料が必要な本屋」というコンセプトは大きな話題になりましたが、本を愛する人が心からの喜びを感じる瞬間としての「本との偶発的な出会い」を大切に、体験を設計していったと語ります。
野崎氏「amazonのように本を効率的に買うのではなく、1冊の本と恋に落ちるような出会いを大切にしていただきたいという思いから、3万冊の書籍のうち同じものは一冊たりともありません。また一度手に取り、返却台に戻した本はどこに並ぶか分からないように、あえてランダムに陳列するようにしています。
この購買体験が、本との偶発的な出会いを大切にする方、書物の世界に没頭したい方などから好評をいただいています」
従業員の熱量と覚悟を信じ、挑戦できる余白を作る
両社の事業説明を経て、本題の「CXを生み出す存在である従業員の創造性をいかに引き出していくのか」について琴坂氏が迫ります。
顧客との対話を商品開発に活かすスノーピーク、次々と新しい個性的なブランドを立ち上げるスマイルズ。「顧客から喜ばれる体験を生み出すメンバーは、どのように生まれるのでしょうか」と琴坂氏は疑問を投げかけます。
村瀬氏「私たちは一人ひとりがオーナーシップを持てる環境作りを大切にしています。組織が過去の成功事例に固執したり、定石通りのやり方に縛られすぎたりしはいけません。一部分でも挑戦できる余白作り、従業員が自由にやってみる風土を作ることを重視しています 」
伝統があったり、安定的に売上や利益を出している既存事業があったりする企業ほど、型破りなチャレンジがしにくくなるものです。しかし、従業員の創造性を引き出すためには挑戦できる余白が欠かせません。スマイルズも従業員がオーナーシップを持てるような環境づくりに注力していると野崎氏はいいます。
野崎氏「個人の熱意の芽を摘まず、とりあえずやってみてもらいます。というのも、事業のきっかけは自分が『欲しい』と感じたこと、つまり内側から生まれた思いに動機づけられているべきだと考えているからです。
そのため、新規事業立ち上げのための制度やルールを作ったり、入念な市場調査をしたりはしません。決められた枠にとらわれず、自分自身を起点に考えるようにしています」
従業員の創造性を引き出した例として、スノーピークを語るには欠かせないイベント「Snow Peak Way」を挙げた村瀬氏。実は20年以上前にメンバー自ら発案し、始まったイベントだそうです。
村瀬氏「キャンプブームが去ったことで売上が落ち込んでいた時に、メンバーが発案した企画が『お客様とキャンプする』でした。
お客様は何を求めていて、何に喜んでくれるのか、一緒にキャンプをしながら対話することで、ブームに左右されない息の長いブランドを作る糸口が見えるのではないかと考えたのです。
物販を行って利益を出すことが目的ではないので、イベント開催費はもちろん持ち出し。企画の内容を聞いた当時の社長は『10年間やり続ける気はあるのか』と覚悟を問いました。そして『何年でも続ける』と答えた社員の熱意を信じ、イベントを開催。
今では抽選を行うほど応募が殺到するファンイベントになりました。イベントに参加してくださったお客様がずっとファンでいてくれて、その口コミを聞いた方々がさらにファンになってくれるという循環が生まれています」
村瀬氏が語った「従業員の熱量をものさしにして事業化するか否かを決める」という話に、野崎氏も同意。従業員の熱量を判断する要素のひとつとして「許可を取りに来るかどうか」を挙げました。
野崎氏「会社に対してお伺いを立てるということは、最終的な判断を会社に委ね、リスクヘッジをしている。本当に覚悟を持ってやろうとしている人は、“NO”と伝えてもやりきってしまうんです。
例えば『刷毛じょうゆ 海苔弁山登り』。あるとき、従業員のひとりから、日常的に手に取りやすいお弁当をもっとこだわってつくりたいと、提案をされました。事業上の優先順位を考え、難しいと伝えたのですが、こちらが“NO”を出しても、諦めない。
だから、その従業員の覚悟に賭けてみよう進めました。結果、海苔弁はお客様にご好評いただいています。現実的な事業計画ではなく、従業員の覚悟に賭けることの大事さを改めて考えさせられましたね 」
ここで琴坂氏が「一人ひとりの覚悟を信じ、自由にできる環境を整えれば、挑戦したい人が本当に増えるのか。会社がいくらメッセージを発しても『よしやってみよう』と思えないのではないか」と切り出します。
野崎氏「全員がチャレンジする必要はなくて、実際に『やり始める』人は、数十人、数百人のうち1人か2人いればいいと思っています。組織として大切なのは、先陣を切る人と巻き込まれる人のバランスです。
『やりたい!』と言い出すメンバーだけでは、事業は作れないんですよね。革新的なことをやるには、そのメンバーを手助けしたり、裏方のオペレーションを整えたりする人も必要です。
発案する人とその案に乗る人のバランスがとれているとき、事業が形になっていく。私たち経営陣はそのバランスを保つために、みんながやってみたくなるような面白い発想を採択していくことが大切だと思っています」
顧客を巻き込み、より良い体験を届けるために「価値から始める」
1人の従業員の思いから事業の種が生まれ、その思いに共感するメンバーが集まり、事業が形作られていく。では、従業員だけでなく顧客をも巻き込み、魅力的な体験を届けて事業として大きくしていくためには、どんなことが大切なのでしょうか。
両氏は口を揃えて、「価値から始める」と語ります。
野崎氏「事業者視点で良いビジネスになりそうなサービスを作るのではなく、いち生活者として何を価値と感じるか、を考えることが大切。弊社では、これを『N=1を大事にする』と言っています。個々の従業員が思う『これがあればいいのに!』という動機を大事にするんです。
その動機の背景には世の中にまだ生み出されていない価値があるはず。価値さえあれば結果はあとからついてくると考えているので、まずはお客様にとっての価値を起点に、どんなサービスがあるといいかを常に想像しながら事業を作っています」
「N=1」の価値を大事にしている具体的な例として野崎氏が挙げたのが、ファミリーレストラン「100本のスプーン」で提供している10品の料理がのった大人版お子様ランチ「リトルビッグプレート」です。
野崎氏「リトルビッグプレートは、レストランで一番の人気です。ただこの商品、キッチン泣かせで(笑)。10品分を一気に作るのは、調理効率やオペレーションを考えると負荷が高いんです。
でも、私たちには届けたい価値があるんですよね。『100本のスプーン』のコンセプトは『コドモがオトナに憧れて、オトナがコドモゴコロを思い出す。ファミリーレストラン』。
人気メニューを少しずつ楽しめるお子様ランチのワクワク感を、たまには大人にも味わってほしい。そんな思いを届けるためにこのメニューは欠かせないし、そこにお客様が共感してくださっているからこそ、ずっと人気商品で在り続けているんだと思います」
オペレーションの効率や利益率ばかりを最優先するのではなく、提供したい価値を軸に事業に関する判断を行っているというスマイルズ。一方スノーピークにとっての「価値から始める」とは、どういうことなのでしょうか。
村瀬氏「自分たちが『良い』と思う価値を軸にものづくりをしています。たとえ『これを作れば確実に売れる』というようなトレンドがあっても、私たちが届けたい体験価値に沿っていない商品は作りません。
例えば、軽量でコンパクトなキャンプ用品が世の中に増えてきていますが、我々の商品はすごく作りがしっかりしています。これは、自分たちがいちキャンパーとして、自然の中に溶け込んで落ち着いて過ごせる空間を作りたいと思ったときに、キャンプ用品を安心して使えるように質を上げる必要性を感じているからです。
世間の流れに反していても、私たちが良いと考えるものを作る。そして、私たちが考える体験価値を、商品を通してお客様と共有したい、届けたいと思っています」
企業にとって必要不可欠な「売上」と「届けたい価値」のバランスをとるには
村瀬氏の自分たちが「良い」と思えるものを作るという考え方を受けて、琴坂氏は「会社である以上、売上も大切。トレンドに乗って売上を伸ばすことを優先すべきという考え方もできるのではないだろうか」という質問を投げかけました。
これに対して村瀬氏は顧客から支持されるものを作ることは重要だと前置きした上で、売上と価値作りのバランスをとるために「顧客や株主、パートナーとの対話を丁寧に行う」と語ります。
村瀬氏「確かに、売上や利益などを上げるのも重要です。上場企業である以上、株主に対して果たすべき責任もあります。しかしそれでも、企業として最も大切なのは、理念やビジョン。すなわち、『社会やお客様に対して、どのような価値を届けたいのか』なんですよね。ビジョンをぶらさず大事にし続けるために重要なのが、ステークホルダーとの対話です。
株主であれば、トレンドに乗らない姿勢や、一見利益にならなさそうな事業に注力することに対して疑問を抱くかもしれません。その疑問が晴れるよう、私たち自身がビジョンや事業への姿勢を明確にし、伝える努力をすることが大事だと考えています。
また、私たちが届けたい価値と、お客様が受け取りたい価値をすり合わせるために、お客様との対話も欠かせません。お客様は、商品を共に作る仲間です。
『Snow Peak Way』の焚火トークはもちろん、日常的な売り場でのやり取りも含めてお客様の声を聞き、製品の改善に活かしたり、新たな体験サービスを生み出していく。それを積み重ねていけば、自ずと求められる商品になっていき、長期的には売上や利益などにもつながっていくと考えています」
野崎氏もステークホルダーへの伝え方は留意し、実験的な事業に関してはKPIなどの目標数値をあえて低くし、期待値コントロールを行っているそうです。その中でも、新規事業を伸ばしていくにあたっての再現性を高めるために、アクションして得た気付きを、次の投資判断に活かすという思考を大切にしているといいます。
野崎氏「最初にロジックを固めるのではなく、アクションからロジックを発見し、再現性の可能性を探ることが重要です。
経営者視点では、新規事業を始めるなら、確実に伸びるであろう事業をロジカルに見極めた上で人や予算を投下したいですよね。しかし、事前にその事業が伸びるかどうかを正確に判断するのは難しいと思うんです。だから、まずやってみる。そしてそこから学びを得ていくことに注力していきます」
アクションからロジックを見つけた例として、百貨店や駅ビルに展開している海苔弁専門店「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」を挙げた野崎氏。発見したロジックは「普通と普通をかけ合わせた『普通じゃないもの』が人の興味を惹きつける」というものでした。
野崎氏「百貨店の1000円超えのお弁当、弁当屋の定番商品である海苔弁、これらはどちらも『ありがち』です。でも、『百貨店で1000円で売っている、海苔弁』って、見たことがない。想像はつくけど実体を見たことがない絶妙なラインが、食べてみたいと思っていただけるポイントなんです。
アクションを通してこうした気付きを得ることで、今後生まれてくるアイディアの判断基準にしたり、事業を考えている従業員に成功率を上げるヒントとして共有したりできます」
積極的なトライアンドエラーとプロセスに向き合う姿勢がCXを高めていく
セッションの最後に両氏から、従業員の創造性を引き出しより良いCXを提供していくために大切なことが語られました。
野崎氏「より良い顧客体験を生み出したい、そのために従業員の創造性を引き出したいなら、徹底的にトライアンドエラーを繰り返せる仕組みづくりが大事だなと思います。
ルールや制度で縛りをつくったり、事業として成功するロジックが固まっているかを重視したりすると、従業員や事業の可能性をどんどん狭めてしまいます。考えうるリスクは抑えつつ、様々なチャレンジを続け、行動から『知』を学んでいく。私たちは、繰り返し続けたアクションの中から『これだ』と必然的に思えるような事業を作りたいと考えています」
村瀬氏「より良いCXを作っていくために何から行っていいのか分からないという企業は、プロセスに目を向けるといいのかなと思います。新たなサービスや製品を作るとき、どうしても最初からお客様から絶賛されるような商品や体験を生み出したいと考えてしまいがちです。
しかし実際には、大事にしたい価値を従業員とお客様と一緒に育てていくプロセスこそが大切です。まず価値を起点にして、顧客体験を描く。そしてお客様に体験していただきながら、その価値をブラッシュアップしていく。その過程こそがお客様の心を動かし、ファンになってもらえるはずです」
新しい事業やより良い顧客体験を生み出したい、そのためのチャレンジをしたい。そんなとき、方向性を定めるための計画は重要な一方で、計画どおりにならないことも多いという現実があります。
真っ直ぐには進まない事業をうまく進め、従業員の熱意を絶やさず、唯一無二のCXを生み出す。そのために大切なことは「価値を軸に具体的なアクションを積み重ねて様々な機会を生み、検証しながら進んでいくことである」と琴坂氏はセッションを締めくくりました。
「Experience Day 2021」のレポート記事は今後も随時公開していきます。
オープニング・セッション「顧客中心主義の時代に拡がる従業員体験の定義。今捉えるべきCXとEX、DXのつながりとは? #exp_day」では、新型コロナウイルス感染症の影響や、デジタルシフトによって変化しているCXとの向き合い方、それを実現するために重要なEXやDXについて語られています。ぜひ合わせてご覧ください。