デジタルで変わる都市の体験。市民と行政の関わりを変えていく渋谷区のDXのあり方とは? #exp_liveout
2020年9月29日に開催された「Experience LIVE OUT」で、渋谷区副区長兼CIOを務める澤田伸氏が登壇。LINE Payによる納税やペーパーレス化推進など、自治体の中でも先陣を切ってデジタルを駆使する渋谷区はデジタルやデータを用いてどのように都市の暮らしを豊かにしていくのか。そして、DXの先に見据える新しい都市の在り方「Urban Transformation」とは?デジタルによって変わる都市だからこそ担える役割と展望が語られました。
新型コロナウイルスの影響で、都市のあり方も大きく変わり「レジリエンス(災害や恐慌などが発生しても最小限にとどめ、しなやかに復活する力)」が、よりいっそう求められる時代になりました。レジリエンスを高めるために変革を進めているのが渋谷区です。
2020年9月29日に開催された「Experience LIVE OUT」では、顧客にとっての価値を高めるCXと「DX(Developer Experience / Digital Transformation)」および「EX(Employee Experience)」という、「3つのX」の連環に取り組む企業の実践と思想を紹介しています。
DX/EX Sessionでは、渋谷区副区長兼CIOを務める澤田伸氏が登壇。LINE Payによる納税やペーパーレス化推進など、自治体の中でも先陣を切ってデジタルを駆使する渋谷区はデジタルやデータを用いてどのように都市の暮らしを豊かにしていくのか。そして、DXの先に見据える新しい都市の在り方「Urban Transformation」とは?デジタルによって変わる都市だからこそ担える役割と展望が語られました。
顧客体験の向上は、行政と市民の信頼関係を結ぶ
「DXはスマート社会への転換そのものであり、スマート社会を語ることはこれからの都市論、都市の新しいOSを考えることにつながります。スマート化が多様な市民のQoL(Quolity of Life)向上にどうつながり、どう都市全体の幸福へとリフトアップし、好循環を生んでいけるか。それがデジタルの本流だと私は考えています。ですから、DXの次はUX(Urban Transformation)へと移り変わってくはずです」
澤田氏はそうセッションの全体のテーマについて語った上で、その実践の舞台となっている渋谷区の事例についてお話されました。2016年、渋谷区は基本構想を策定し直し、「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」というビジョンを打ち立てました。「文化や思想が異なる人たちが集まる都市だからこそ、その違いを掛け合わせてイノベーションを生み出していきたい」と澤田氏は話します。
澤田氏「『ちがいを ちからに 変える街。渋谷区』というビジョンとともに、公共のあり方も大きく変化させてきました。従来の都市では、市民、行政、教育、企業は分離していて一部は対立が見られるほどでした。しかし、近年では少子高齢化問題や都市の過密など、行政だけでは対処できない問題が多発するようになりました。そこで、各セクターがアイデアや資金、人材等のリソースを掛け合わせて、地域課題を解決する“新しい公共”へとシフトさせています」
新しい公共へと行政が変わっていく上で、2023年までのフェーズを3つに分け、デジタル化に着手。2023年には、デジタルによって都市の体験が大きく変わった状態に変革していくことを構想しています。
澤田氏「2023年までにはデータを開放し、区民全員に見える形にしたいと思っています。私たちの政策やKPIの進捗を可視化し、さらには、都市に溢れるデータや行政が保持しているデータを掛け合わせて、街や経営の状況をできるだけリアルタイムでダッシュボード化して見せていく。データやテクノロジーを駆使して、課題をスマートに解決する街を目指しています」
顧客体験の向上のために、業務環境のデジタル化から着手
近未来の都市の体験を実現するために、現在のフェーズでは行政サービスのスマート化に着手しました。役所にきてもらう回数を減らし、手続きや施設の予約、行政に対する相談事などをインターネットで気軽に行えるようにするなど、顧客の利便性を向上するためのデジタル化に取り組んでいます。
澤田氏「いまのフェーズでは、様々なサービスをスマート化しています。簡単な手続きをすべてオンライン化し、誰もこない庁舎を目指して、LINEで住民票や税証明の申請やご相談や保育園入園申込受付の予約もLINEから可能になっています。AIチャットボットも3年前から導入しており、いまでは職員の代わりに手続きを担っています」
こうした変革に取り組む上で、澤田氏は2016年からデジタルを使ってEXの改善に取り組みました。
澤田氏「2016年から私たちは働く環境を整備するためのデジタル化に着手してきました。今ではクラウドで全てを管理し、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)も簡単に導入できるモデルを採用しています。さらに、本庁にいる職員全員がテレワークを可能にするため、Wi-Fiルーターの貸出やフリーアドレスの環境を整備し、仕事もチャットコミュニケーションを基本にしています」
渋谷区がこうしたデジタル化による業務生産性の向上に取り組むのは、人が本来やるべきことに専念できる業務環境を実現するため。「労働時間が短縮し余った時間は、人にしかできない仕事、デバイスに慣れていない年配の方々に丁寧に手続きの方法を教えるなどにコミットします」と澤田氏は語ります。次のフェーズでは、より業務のデジタル化を推進していく計画となっているそうです。
澤田氏「現在は、デジタル化といっても約4割しか達成できていないので、約8割を達成するには法律を変えて紙の出力を抑えなくてはいけません。まだ、一部しかデジタル化できていないため、業務基盤システムを新しいものにしなければいけません。それを、あと1〜2年かけてAIやRPAなどの技術を導入し、様々な業務を自動化していくことを目標に掲げています」
人口減少の時代、将来的には税収も減少します。そうした時代を見据えて、渋谷区は新しいテクノロジーを使い、業務生産量を高め、1円単位で税金の使い方を効率化していくことに取り組んでいます。
澤田氏「DXにはお金がかかります。例えば、パソコンを1台でもセキュリティや顔認証、生体認証などをセットにしたら約25万円もかかってしまいます。私たちは技術に対する投資は惜しみなくしますが、投資のためのお金は税金です。そのため、DXやEXに注力してどのくらい労働時間が短縮されたか、職員が働くのにどれだけの費用がかかるかは厳しく算出しています。
税金の使い方を効率化しなければ、お客様に提供するサービスの価値を低減してしまいます。厳しい税収のなかで、高度なサービスを提供していく、都市のレジリエンスは必要不可欠です。そのためには、都市のOSを刷新しなければなりません。
これまでのように基幹システムがバラバラだと、お客様もバラバラに手続きする必要があり、いろんな窓口に行かなければならない。これまでは個別にあったプラットフォームや基幹システムを共通プラットフォームに変えて、サービスを太くしていく。お客様に見えないところにかかっていたコストを、お客様が見える場所に移し替えていく。それが行政の効率化の一番いいモデルだと考えています」
都市のトランスフォーメーションのために
「デジタル化、スマート化には正しい順番がある」と、澤田氏は語ります。スマートシティを目指すのであれば、働いている人たちがスマートにならないといけない、と強く主張しました。
澤田氏「まず働く人がスマートになる。それができたら、お客様のペインポイントを解消するためにデジタルを活用する。毎日、行政サービスに触れている人はいません。だからこそ、触れたタイミングでスマートな体験ができるように変えていく必要があります。そして、デジタルでできないデジタルデバイドの解消などに人力で取り組んでいく。
そうして初めて、都市に関わるステークホルダーとの信頼関係を結ぶことができるんです。信頼関係がなければ、自分のデータを行政に渡そうとはしません。行政はよりよいサービスの提供のために、医療データなどのデータが必要です。こうしたデータを集めるためには、プロモーションではなく、信頼関係を結ぶ必要があるんです。
行政はセキュリティ基盤があるので、行政には安心してデータを預けられると思ってもらわないといけない。そのためには、信頼してもらうこと。行政サービスを提供する側が、お客様をいかに幸福にするかを考えないといけません」
都市は暮らしやすいか。顧客は幸せか。そういった問いを持つことがDXには欠かせないと澤田氏は語ります。そして、DXを推進していく先に、見据えているのが「Urban Transformation」です。
澤田氏「DXによる効率化は、新たな仕事の創出につながります。新たな仕事が生まれ、自己実現に向けた創造的活動に人々は時間を使えるようになる。こういったビジョンを実現するためにDXは必要なんです。DXによって、人と人が出会って交流し、共進化して、都市における幸福感が増していく。都市がDXすることで、都市自体がトランスフォームする。そこを目指しています」
「都市には創造の結節点となる場が必要だ」と澤田氏は語ります。フィジカルな交錯を前提とした、Urban Transformationの場を作り出すことで、暗黙知の交換が起こる。それが今日ない景色を未来につくる、ソーシャルイノベーションにつながっていく。
「今、見えていないものを可視化する。それがDXにはできるのです」と澤田氏は語り、セッションを締めました。