刹那的な繋がりではなく、持続的な伴走を。オールユアーズと考える、デジタルに最適化せずに築く顧客との信頼関係
2020年8月、プレイドが発表した店舗からオンライン接客を実現するデバイス「KARTE GATHER」は、現代における店舗の価値に光を当てようとしています。KARTE GATHERの開発担当・秋山剛は、顧客との「1対1」の関係性にこだわって事業を展開するアパレルブランド「ALL YOURS(オールユアーズ)」の代表取締役・木村まさし氏のもとを訪れました。KARTE GATHERの話を皮切りに、現代におけるオンライン接客の課題から、店舗の価値、顧客との心地よい関係性について語り合いました。
食品や日用雑貨、服など生活に必要なもののほとんどは、オンラインで売り買いできる時代。新型コロナウイルスの影響もあり、ECの利用が急増するなか、改めて「店舗の価値」が問われています。
経済産業省の調査によると、EC市場の拡大から“店舗離れ”が進むなか、なおも人々が店舗に足を運ぶ理由の7割は、「直接商品に触れる、試せる」から。商品を実際に見て体験してから購入を検討できるため、失敗が起こりづらく、返品や交換などの手間を減らせる——。事実には違いないですが、それが本当に店舗の真価なのでしょうか?
2020年8月、プレイドが発表した店舗からオンライン接客を実現するデバイス「KARTE GATHER」は、現代における店舗の価値に光を当てようとしています。
今後、私たちは店舗の価値をどう解釈し、ECとともに、どう向き合うべきなのでしょうか。
そのヒントを探るべく、KARTE GATHERの開発担当・秋山剛は、顧客との「1対1」の関係性にこだわって事業を展開するアパレルブランド「ALL YOURS(オールユアーズ)」の代表取締役・木村まさし氏のもとを訪れました。
KARTE GATHERの話を皮切りに、現代におけるオンライン接客の課題から、店舗の価値、顧客との心地よい関係性について語り合いました。
オンラインでも“お得意様”になれる。「顧客と店員のコミュニケーション」を生みたい。
KARTE GATHERは、おもちゃデバイスを通じて「店舗にいる店員の接客をオンラインで受けられる」プロダクト。顧客がブランドのECサイトにアクセスすると、デバイスへの接続ボタンが表示される。接続されると、デバイスに搭載されたカメラを通じて、店員や店内が映し出される。自宅にいながら、店員との対話や実際の商品の確認ができ、店舗で買い物をしているような体験が可能になる。顧客は店員の顔や商品を見られるが、店員からは顧客の顔が見えない仕組みだ。
白い角を触ってみたり、持ち上げてみたり……。木村氏は実際にデバイスを操作しながら、KARTE GATHERの印象について話し始めた。
開発者・秋山(左)の説明を受けながら、KARTE GATHERを触り、操作する木村氏
木村氏(以下、木村):KARTE GATHERのプレスリリースを拝見したとき、非常に可能性を感じましたね。今年の4月からALL YOURSも閉店を余儀なくされ、オンラインで“対面”の接客ができればと思い、Zoomを用いたオンライン接客を始めました。そのなかで「1対1のコミュニケーションツールがもっと増えたらいいな」と感じていたので、お店を再開したらぜひ使ってみたいですね。
秋山:そう言っていただけて嬉しいです。ありがとうございます。
木村:なぜ、KARTE GATHERを作ろうと思ったんですか?
秋山:「店舗の価値ってなんだろう」と考えたのがきっかけですね。ECの普及によりお客様の購買行動が変わり、店舗はショーケースとしての役割が加速しています。アパレルでは店員がメディア化している店舗もありますが、本来、店舗の価値だったはずの「お客様と店員のコミュニケーション」が希薄になっている気がしたんです。
オンライン、オフライン問わず、商品を軸に豊かなコミュニケーションが生まれる。店舗の価値をそう解釈してみて「売り手と買い手のコミュニケーションのハブになるものを作りたい」と思ったんです。
木村:「何か」を介せば、店舗でのコミュニケーションを再設計できると……!その話を聞いて思ったのですが、KARTE GATHERは「電話」の発明と似てるかもしれませんね。
秋山:と、言いますと?
木村:電話が発明された当時、「これでは人が会わなくなる」と言われたそうです。電話で用件を伝えれば、会って話す必要がなくなりますから。ただ、実際は違った。多くの人が電話で「会う約束」をしたんです。会う約束が簡単にできるから、電話は普及した。KARTE GATHERも、オンラインで接客ができることはもちろんだと思いますが、店員と顧客が「実際に会うまでのハブ」として活躍する気がします。店舗とお客様の距離を縮めるコミュニケーションツールとしての可能性が大きい。
秋山:KARTE GATHERの狙いは、まさにそこにあるんですよ……!最終的には店舗に行ってほしい。今回、コンセプトムービーでも、最初はオンラインで接客を受けていた女性が、後日店舗に行くんですよ。お客様も店員もリアルで会うのは初めて。なのに「この前買ってくれたパンツどうだった?」と常連のような会話から始まる体験をつくりたいんです。
木村:オンラインでも「お得意様」になれて、共通の話題を持てるっていいですよね。
秋山:これは私の実体験なのですが、以前、お気に入りのブランドの店舗を訪れてパンツを見ていたとき、店員さんが「そちら、3年前に購入したジャケットによく似合うと思いますよ」って声をかけてくれて。それが、すごく嬉しかったんですよ。こういった「お得意様」的な体験は、今のECではまだできていないと思います。買い物をした分、クーポンはもらえるかもしれないけど、個人としては認識してもらえていない。それを変えたかったんです。
木村:KARTE GATHERは、店員からはお客様の顔が見えない点もいいですよね。店舗だとお互いの顔が見える分「とても良い接客をしてもらったから、買ったほうがいいかな……」と、変なプレッシャーを感じさせてしまうこともある。KARTE GATHERなら、お客様も心理的に楽になりそうです。
秋山:お互いに本音で話しやすくなると思いますね。例えば、「実際、何回まで洗濯に耐えられますか?」といった対面ではちょっと聞きづらい商品のネガティブな、だけど購買の意思決定をする上では重要な質問もしやすくなるのかなと。店舗には劣るかもしれませんが、ECよりははるかに高い信頼関係を構築できるのではと期待しています。
商売を“デジタルに最適化”し過ぎると、商品やブランドの本質を見失う
木村:最近、フリマアプリで古着を買ったんですよ。掲載されていた商品画像を見る限り状態も良く、説明欄にも「傷はほとんどありません」と書いてあった。にも関わらず、届いた実物は、画像に掲載されていなかった部分が想像以上にボロボロで……。おそらく出品者と私で「状態」に関する評価基準が違ったんですよね。
商売がデジタルに最適化し過ぎると、売り手と買い手の間で伝わらない文脈が増え、取りこぼすものが多くなってしまう。先の一件から、そんな危機感を覚えました。
昔の個人間取引は、蚤の市みたいなところで、売り手と会話をしながら商品を見て、「その人から買うかどうか」を見極めていたと思うんですよ。
秋山:その売り手が信用できるかどうか。
木村:そうです。ほかの品揃えなども見て「なんとなく趣味が合いそうだ」「ちゃんとしたものを売ってくれそうだ」と、コミュニケーションから様々な文脈を感じ取った上で、購買の意思決定をしていたはずなんです。現代はそれが薄れてきている。
特にECでは、テキストと写真だけのコミュニケーションが多いので、売り手と買い手の間で伝わっていない文脈がたくさんあるよなあ、と。
秋山:共感です。最近、「脱・記号化」についてよく考えるんですが、テキストや絵は「記号」に過ぎないと思うんです。スペックを伝えるには便利ですが、商品のニュアンスや背景まで正確に伝えるのは難しい。例えば、服をテキストで説明する時、着心地やフィット感、肌触りなどは言語化しづらいと思います。私は人よりも姿勢が悪いのですが、サイズとしてはぴったりなはずの服が合わないことだってありますから。
木村:大事ですよね。テキストをWebに最適化しようと思うと、「誰が読んでも分かるように書く」ことばかりに意識が向きがちになります。要は分かりやすく書くことで、平たい文章になってしまうんですよね。内容が薄いから誰にも刺さらない。すると今度は、多くの人の気を引こうと強い表現を使うようになる。結果、商品の本質とはズレた表現になって、お客様の期待値に応えられず、がっかりさせてしまう。
Webだからといって何でもデジタルに最適化するのではなく、「その商品を、誰にどう語るか」が重要だと思います。
秋山:ALL YOURSのサイトを見ていると、その点、すごく考え抜かれていますよね。服の機能性はもちろん、その服がある生活をイメージさせてくれる。Webのテキストを書く上で、何か意識していることはあるのでしょうか?
木村:テキストを書いてくれる社内メンバーには、「誇張するのはやめよう」と伝えています。「バズることは全く考えなくていい。ALL YOURSの服について知りたい人に伝わる表現にしよう。その表現が好きな人以外は、買ってもらわなくてもいいから」と。ちょっと極端かもしれませんが、それくらいの気持ちでもいいのかなと思います。
秋山:デジタルはあくまでも手段。商品やブランド、サービスの本質を伝えるために、デジタルをどう活用できるかを考えることが大切なんでしょうね。
木村:その一例として、最近、ALL YOURSではお客様が自分の着ている服に深みを感じられるよう、商品を多様な角度から知るWebコンテンツを発信し始めました。直近の記事では「ハイキックジーンズ」という商品をもとに、「ジーンズってどんな歴史、カルチャーから生まれたのか」「ALL YOURSはその背景をどう解釈し、この商品を作ったのか」などを書いています。
ただ、こういった話は、以前から店舗で接客をするときには当たり前のように話していたんですよ。それがWebになると十分に語れていないことが多い。
秋山:なるほど。Webの場合、どうしても全員に同じ情報を発信することになりますが、店舗ではお客様によって話す内容や量、深さを調節することもできますよね。
コミュニケーションを通じて心変わりしてもらう。店舗や店員ができること
木村:接客業に携わって今年で20年目ですが、店舗の最大の価値は、やはりスタッフがいることだと思います。先日、それを再認識したきっかけがあって。マーケティング用語の「CV(コンバージョン)」ってどんな意味なのだろうと、ふと英和辞典で調べたんです。すると意味の一つに「改宗」があるのを発見しまして。
秋山:改宗、ですか。
木村:私も最初びっくりしました。随分と重みのある言葉ですよね。でもよくよく考えてみると、「改宗してもらう」くらいの思いを持って接客してもいいのでは、とも思うんです。
秋山:詳しく知りたいです。
木村:例えば、「この商品がほしい」と思って来店したお客様が、店員の話を聞いて「実はこっちの商品のほうがいいかも」と心変わりして購入することがありますよね。店員との会話から、元々の知識や興味を超えた物事の魅力を発見できる。これは、店舗ならではの体験だと思います。
現代は、本人が好ましいと思う情報ばかりが提示される「フィルターバブル」の問題もあり、好きなものを掘り下げることは簡単にできても、その外側にある情報や価値観には触れにくい。接客を受け、「心変わりする」体験こそが貴重なのかもしれないなと。
秋山:そう考えると、接客において人が発揮する力はまだまだ大きいですよね。AIによる音声認識や画像認識など、最新のテクノロジーが店舗で活用されるのは興味深いですが、購買体験のすべてがシステマチックに処理される未来は怖いなと感じます。
お互いに“余白”があるからこそ、対面でコミュニケーションを取り合い、店員が自分のために時間を割いて熱弁してくれることに価値を感じるのだろうなと思います。
木村:そうですね。お店に入ってきたお客様の雰囲気から、「あ、ちょっと機嫌悪そうだな」「焦ってるのかな」っていうのはだいたい分かりますし、それによって接客の方法を変えます。今は、画像認識や音声認識などを駆使して、人の感情を識別するシステムもあると思いますが、感情のようにデジタル化しづらい情報を汲み取る能力は、まだまだ人のほうが優れていると信じています。
刹那的な繋がりではなく、お客様に長く「伴走」する関係性を
秋山:実は先日、ALL YOURSさんのECでTシャツをいくつか購入したんですよ。ところが、ちょっとサイズが合わなかったものがあり返送の申請をしたのですが、忙しくて手続きの途中のままで返送期限が過ぎてしまった。すると、ALL YOURSさんから電話がかかってきたんですよ!「以前、購入された商品の交換を申請されたと思いますが、何か困っていることはありませんか?」と。
販売効率や売上だけを考えれば、返送期限が過ぎているお客様にわざわざ連絡するのはコストパフォーマンスが悪いはずなのに。あの気遣いは本当に嬉しかったですね。
木村:売上だけを考えれば、そうですね。ただ、それではお客様と誠実な関係を築けない。「商品が思っていたものと違った」という体験はECだと起こりやすいですし、その“違和感”を放置しておくと、期待外れの服を買ってしまったお客様も、お客様に喜んでもらえなかった店員も、買ってもらったのに着てもらえない服も、みんな辛いんですよね。
木村:そうならないためにも、最近はよく「お客様にどう伴走していくか」を考えています。私たちが、トレンドではなく耐久性を意識したものづくりを実践しているのも、長く、丁寧にお客様と付き合っていきたいから。実際、5年前の創業期に服を買ってくださったお客様が、ちょうど今ごろ買い替えに来てくださる、そんなレベルです。
商品の回転数は確かに少ないですが、なかにはALL YOURSで購入したジーンズを、ALL YOURSで何度も何度もリペアして履き続けてくださるお客様もいて。リペアが1回につき3,000円なので、最初は1万円だった商品が、その生涯単価を上げていくんです。
秋山:お客様との信頼関係は、長期的に売上にも反映されると。
木村:耐久性よりもトレンド重視で、目先の売上だけを考えたら「早く2着目を買ってほしい」となるんでしょうけどね。私は「信頼できるから、次の商品も買いたい」と思ってもらうほうが物の買い方として、そしてお客様との関係性として健康的だと感じるんです。
秋山:刹那的な繋がりではなく持続的な関係を築かないと、お客様との信頼も深まりませんよね。今後もテクノロジーが普及していくなかで、木村さんの仰る「伴走」が接客においてより重要になる予感がします。
今回のKARTE GATHERを介したコミュニケーションで、テキストや写真では取りこぼしやすい商品のニュアンスや背景、ほかのお客様の感想などが伝えやすく、伝わりやすくなってほしい。店舗の価値であるそんな期待も込めています。
木村:接客のなかでお客様との信頼関係を築くには、自分が話すのではなく、相手の話を聞くことが重要なんですよね。どれだけデジタルを活用しようとも、それは変わらないと思います。こちらに都合のいい話ばかりするのではなく、お客様の話をする必要がある。お客様の話が聞けたら、いい提案ができるし、きっとお客様からの信頼にも繋がりますよ。
秋山:単に商品を売り買いするのではなく、店員とのコミュニケーションを含めて、買い物自体を楽しんでいただけるような接客が、店舗でも、ECでも提供できるといいですよね。木村さんとお話するなかで、KARTE GATHERで目指すべき世界がより明確になった気がします。ありがとうございました。
木村:こちらこそ、ありがとうございました!