「FTUX」とは?アプリグロースで最も重要な顧客とのタッチポイント(第3回アプリグロースラボ)

FTUXとは「First-Time User eXperience」から一文字ずつ取った略字で、「エフタックス」と読みます。意味としては、英単語の意味そのままで、ユーザーがソフトウェアやサービスに触れる初回の体験のことです。

松下 三四郎まつした さんしろう
Product Growth Lab LLC 代表 / CEO
Ex-SmartNews Lead Product Manager、Ex-DeNA モビリティ事業 プラットフォーム本部長、Ex-Yahoo! JAPAN 事業責任者Service Manager、第6代黒帯(初代アプリグロースハック)、 Ex-PLAID Inc. Growth Hacker, UX Designer ToC、ToB問わず、多くのプロダクトのグロース戦略に関わり、描き、成長に導く実績を持つ。元ソフトウェアエンジニア。 趣味はDJ、24年目。DJではヨーロッパツアー、大型フェスのDJ、書籍出版など。大阪府出身、神奈川県三浦郡葉山町在住。

こんにちは、Product Growth Labの松下 三四郎です。

Software Engineerから始まり、Growth Hacker、UX Designer、Product Manager、メガベンチャーで事業責任者、マーケティング、CS、プロダクト開発、デザインの複数の部を配下に持つ本部長などを経験してきました。これまでの自身の経験や知識を踏まえて、CX Clipで「アプリグロースラボ」と題した連載を行っており、第3回となります。

第1回:「言葉の定義を揃える」ことから始めよう。アプリ企画者向け重要用語集(第1回アプリグロースラボ)
第2回:アプリのマーケティング・プロダクトマネジメントで陥りがちな思考の壁(第2回アプリグロースラボ)

今回の記事の対象となる職種、役割

この連載は、スマートフォンのアプリ運用、プロダクトマネジメント、アプリマーケティングなどに携わる担当者とそのレポートラインの方(本部長や経営者)を対象にしています。

今回は、実際にアプリの改善をする担当者、アプリグロース戦略を検討する担当者が主な対象になります。

「FTUX」とは何か

「First-Time User eXperience」から一文字ずつ取った略字で、「エフタックス」と読みます。意味としては、英単語の意味そのままで、ユーザーがソフトウェアやサービスに触れる初回の体験のことです。
※出典によっては、Xではなく、Eを取って、FTUE(エフティーユーイー)とするところもあります。

私自身、これまで複数のアプリの運用や改善に関わった経験から初回体験は最も重要なことと認識しており、さまざまな打ち手を試しました。しかし、当時は適した言葉が見つからずにいました。そんな中、グローバル企業で働いていた時に出会った言葉です。

日本ではまだこの言葉に対する馴染みが薄いのですが、海外ではFTUXに特化したコンテンツやサービスもあるくらいです。

FTUXはアプリに限らず、生活のどこにでも存在すると考えています。レストラン、洋服屋、飲み会、家電、遊園地の乗り物…

どのようなモノ、コトであっても、人が何かしらの新しい体験をする場合、その全てにFTUXが存在します。
ただ、アプリグロースのためには、サービス事業者がFTUXというフェーズを意識してよりよい体験を作り込むことが重要なのです。

アプリグロースにおける他の言葉との違い

ユーザーがアプリに定着するまでの期間と体験には、いくつか別の定義を持つ言葉が使われるため、言葉の整理をしておきましょう。

  • FTUX…初めてのアプリ起動における初回のユーザー体験
  • オンボーディング…ユーザーがアプリに定着するためにサポートする期間(事業者が主語)
  • アクティベーション…広い意味だと「ある機能をアクティブにすること」。ユーザーがアプリを有効に使える状態にするための期間と体験(ユーザーが主語)

FTUXが最も重要と言われる理由

多くのユーザーは、求めている体験があるからアプリを利用しはじめます。
例えばサービスごとに、それぞれ以下のような目的があると思います。

  • ニュースアプリの場合、面白い情報に出会えること
  • ECアプリの場合、欲しい商品を見つけ購入すること
  • フィットネスアプリの場合、運動を続けられて効果が出ること
  • 家計簿アプリの場合、簡単にお金の管理を続けられること

アプリ事業者は、ユーザーに対して迷わせたり考えさせたりしない直感性や、独自性のある便益を作り込んでいます。ユーザーの状態に合わせたパーソナライズの仕組みや、多少の学習コストをかけてでも目的を達成したいと思えるような仕掛けを用意することもあります。
アプリならではの没入感や品質の高い操作性などの体験を提供し、より多くの方にロイヤル顧客になっていただくために、アプリ制作にこだわる例もよくあります。

ところが、そのようにして作り込まれたアプリにおいても、「89%のユーザーが3日目には起動していない」と言われています

広告費を投じて100人のユーザーを獲得したとしても、3日目には10人しかアプリを起動していないと考えると非常にもったいないと感じます。そのため、ユーザーが離脱する前に「やるべきことをやる」必要が出てくるのです。

この状況は、継続率の形を見れば一目瞭然でしょう。

新規継続率と経過日数

FTUXでやるべきこと

FTUXにおいて必ず実施するべき重要な3ステップです。

1.価値(便益)を伝える

アプリの特徴的な便益をウォークスルーのようなガイドを使って説明します。

  • 競合優位性あるものを3つくらいに絞って1画面1メッセージで伝える
  • リズムよく迷わず進められるように設計する
  • 画面遷移ではボタンを複数配置せず、できる限り分岐させない
  • iOS, Androidのポリシーに従って誠実に伝える
    • 迷わせない前提で設計すべきだが、迷ったら任意でスキップできるようにする ※FTUX動線でスキップできないとアプリ申請時にリジェクトのリスクが発生します

2.使い方を伝える

アプリの使い方はコーチマークを使って説明するケースも多いと思います。

  • 分岐やボタンが複数あると迷うため、Aha Momentまで一本道を心がける
    • ユーザーが自然と行動を起こす機能から伝える
  • サービス提供者がユーザーにやってほしいことを一番に伝えると、ユーザーは機能を見ずにそのまま画面を閉じるケースがある。コーチマークで説明する場合は注意が必要
  • ユーザーに利用を促したい機能がホーム画面ではなく奥まっている場合、そのまま機能に誘導させると離脱のリスクがある。

3.価値(便益)を体験してもらう

ユーザーの求めている体験に出会うフェーズです。

  • 体験はできる限り一つに絞る。やってほしいことが複数あったとしても、学習コストが高いと離脱のリスクが高まる
  • 例えば、欲しい商品があることを伝えたい場合、実際の検索画面で検索を行ってもらうより、FTUX導線上の検索バーから検索結果に遷移して、その商品を先に見てもらうことのほうが重要。ここで検索条件を保存してもらうことも忘れない
  • ニュースアプリやSNS、趣味のアプリの場合、FTUX導線上にカテゴリの選択画面を置き、その次の画面で選択されたカテゴリのコンテンツを表示するとユーザーが求めている体験が提供できる

よくある方法は以下となります。

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FTUXの分析とKPI設定

ユーザーの求める体験を提供するだけでは当然足りなくて、次は事業者がユーザーの何を知るべきかを説明します。

継続率が高い行動を探す

FTUXに必要な体験を考える上で、前提として新規継続率の構成を理解することが重要です。

利用開始の翌日や7日後、1ヶ月後もアプリを起動して利用していただけている状態を作るために、前回起動時にアプリでどんな行動をしていたかを把握することが重要です。

利用開始の翌日に起動してもらうためには、まず初日が重要で、初日に2回、3回起動するためには初回起動の体験が何より重要…というように行動を掘り下げて見れる状態を作りましょう。継続率が高い行動を探すためには、コホート分析※を用いることが多いです。

※コホート分析とは:ユーザーを属性や条件でコホート(グループ)に分け、ユーザーの動向を知るための分析方法

因果または相関性の高いKPIを設定する

例えば、ECアプリの場合、購入に至る経路には複数の行動パターンが存在します。好きなブランド名で検索する、スウェットシャツといったカテゴリだけを絞って検索する、セール品のバナーから商品を見ることもあるでしょう。

このような行動のなかから継続率が高そうな行動、状態をいくつか仮説立て、コホート分析を行い、継続率や購入率が高い条件を導き出します。

今回は、「ブランド名を絞って検索した」人が最も継続率が高いとします。
その場合、「ブランド名の検索数」をFTUXのKPIに設定し、検索数を増やす施策を実行するのです。例えば、よく検索されるブランド名を検索窓の下部に設置したり、同じ条件で検索しやすいよう検索条件の保存機能の利用を促進するなどの施策が考えられるでしょう。

ユーザーが検索したり検索条件を保存することで、事業者側はユーザーの興味関心を推測するためのデータを得ることができ、対象ブランドの「新着品」、「セールになる」、「残り一点」などさまざまなトリガーを起点に、ユーザーにお知らせをする機会をつくることができます。もともと継続率が高い条件ですからさらに向上する可能性もあるでしょう。

プッシュ通知許諾もFTUXにいれる

プッシュ通知は、アプリを起動していないユーザーにメッセージを届けられる数少ない手段です。
最もユーザーが多く残存しているFTUXで、プッシュ通知の許諾を取る事も忘れてはいけません。OS標準のダイアログで許諾を行いますが、現実として便益の説明がなく唐突に許諾のダイアログが表示されると、ユーザーが反射的に許可しないケースもあると思います。

ここで重要なのは、ユーザーがプッシュ通知を受け取るとなぜ嬉しいのか、しっかり便益を伝えておくことです。

なぜFTUXの改善は後回しになるのか

重要性が明らかであるにも関わらず、FTUXの改善が多くの事業で最優先課題として取り組まれているかと問われると、まだまだ不十分だと考えています。なぜ、FTUXの改善が後回しになるのか、理由は以下の2点です。

既存顧客からの売上を重視した事業戦略

事業で売上を伸ばすとなると、MAUと一人あたりの売上が軸になるケースが多い。MAUの大きい既存ユーザーに対策したほうが短期的に効果が高いため、新規ユーザーを獲得してからどのように定着してロイヤル化していくか、といったカスタマージャーニーが軽視されてしまう。

顧客の声を優先した機能開発

アプリ利用者の満足度を向上するために、既存顧客の声(VOC)を元に機能を改善するケース。要望を伝えてくださる方は、ヘビーユーザーであることも多く、誰がどのような利用フェーズでその意見を言っているかコンテキストを理解しなければいけない。意図してヘビーユーザーのための改善であるならば問題ないが、多くのユーザーに届かない中長期のKPIインパクトが少ない機能改善になっている可能性があり、結果としてFTUXの改善が後回しになる。

1,2どちらにも共通しているのは、既存顧客中心の戦略・開発が背景にあり、新規顧客向けの取り組みの優先度が上がりづらいことです。FTUXの重要性を言語化することは難易度が高いことも要因の一つであるように思えます。

FTUXはユーザーにとってアプリを使い続ける”準備”をすることが目的のフェーズです。

既存ユーザーに投資することも重要ですが、毎日利用開始する新規ユーザーが直ぐに離脱してしまう状況は、バケツの穴から水が溢れ続ける”バケツ理論”に該当してしまいます。
FTUXでは後述の、ユーザーが求めている体験を提供し、できるだけ多くのデータを得ることで、継続率が向上する仕組みを作るとユーザーが定着しやすくなります。それだけではなく、体験の良さがその友人や家族に伝達されることで、他のユーザーを招き複利の法則が働くという好循環を作ることができるでしょう。
結果的に1年、2年後に多くの既存ユーザーが増える可能性があるということです。

いかがだったでしょうか?

FTUXを意識し、より良い体験を提供することで、中長期でユーザーが複利で伸びる仕組みを構築することの重要性がより伝わり、みなさまのサービスづくりに活用いただけると嬉しいです。

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