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「近い順に配車すればいい」わけではない。難易度の高いタクシーと乗客のマッチングに挑む『GO』のデータ活用とは|Data for Experience #4

全国約10万台のタクシーをネットワークするMoTからリリースされたタクシーアプリ『GO』は、AIを活用した高度なロジックでユーザーとタクシーの効率的なマッチングを実現。その裏側には、地道な努力によって実現できた、精度の高いデータの収集と活用があります。GO事業本部長の江川絢也さんに、目指している顧客体験とそれを実現するためのデータとの向き合い方を伺いました。

2020年4月にJapanTaxiとDeNA オートモーティブ事業の一部が統合し、誕生したのが株式会社Mobility Technologies(以下、MoT)です。同年9月には、タクシーアプリ『GO』をリリース。「乗りたいときに、早く確実に乗れる」体験を提供しています。

ユーザーとタクシーのマッチングは、「乗りたい人の近くにいる車両を手配する」というシンプルな仕組みのようにも思えます。しかし、数秒単位で車両の位置や走行の向き、空車か乗車中かといったステータスが目まぐるしく変化するため、実は短時間での効率的なマッチングの難易度が高いのです。

全国約10万台のタクシーをネットワークするMoTからリリースされたタクシーアプリ『GO』は、AIを活用した高度なロジックでユーザーとタクシーの効率的なマッチングを実現。その裏側には、地道な努力によって実現できた、精度の高いデータの収集と活用があります。GO事業本部長の江川絢也さんに、目指している顧客体験とそれを実現するためのデータとの向き合い方を伺いました。

「移動」すらも、自分の好きなことができる時間に変えていく

MoTは、「移動で人を幸せに。」をビジョンとして掲げています。GOでは、どのような体験を届けることで、顧客の幸せを実現しようとしているのでしょうか?

私たちは、「何かをしたいと思った時に、移動に対してストレスを感じることなく行動ができる体験」を届けていきたいと考えています。

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江川絢也 えかわ・じゅんや
株式会社リクルート、ヤフー株式会社で主にWebサービスの企画開発に従事したのち、株式会社ディー・エヌ・エー オートモーティブ事業本部に参画し、タクシー配車アプリ「MOV」に携わる。同社とJapanTaxi株式会社の事業統合に際し、株式会社Mobility TechnologiesにてGO事業本部長に就任。

どこかに行きたいと思った瞬間に特別な負荷なく移動の手配ができ、移動時間は仕事や趣味など、自分の好きなことに充てられる。そんな世界が実現すれば、人々の生活の質も高まっていくでしょう。MoTは新しい移動体験を実現するためにいくつかのサービスを提供しており、中でも軸になっているのが『GO』です。

なぜ、そういった体験の実現に向けた第一歩が『GO』のようなタクシーアプリなのでしょうか?

現状の主要な移動手段は、電車・バス・自家用車になりますが、電車やバスは人が場所や時間に合わせなければならなかったり、大人数での移動が存在しないと成立しないという特徴があります。自家用車に関しても、本人による運転が必要、といったように、カバーしきれない領域があります。

そういった弱点をカバーできるのがオンデマンドモビリティであり、現時点でその領域にあたるのがタクシーによる移動だからですね。

タクシーは乗車場所や経路を自由に選べ、移動時間も自由に使いやすい という、大きなメリットがありますよね。配車サービスを提供し、タクシーがより利用しやすくなれば、現状のタクシーサービスの改善になりますし、今後の自動運転時代にも備えることができると考えたんです。少し前には、タクシーに近い乗り物として、国内にもライドシェアサービスを導入すべきという意見がありましたが、最近はあまり聞かれなくなりました。

前提として、日本は世界的に見ても、タクシーが使いやすい国です。混雑時間帯に急な雨が降る、などの条件が重ならない限り、都市部であれば、道に出れば高い確率でタクシーに乗れます。また、日本のタクシーは免許制で乗務員の運転技術も高く、安全で高品質です。

そこに、自動運転の実用化やデジタル活用が進めば、利便性が高まることに加え、タクシーの乗車料金も下げることも可能になり、金額面での課題も解消されていきます。しかし、ほとんどのタクシー事業者がその変化に対応する余力がなかったという課題がありました。

今、様々な業界でDXが叫ばれ、大々的に取り組む企業も増えています。タクシー業界ではあまりそういった流れは起こっていなかったということでしょうか?

タクシー会社は、個人経営や規模の小さな会社が多い。さらに、ほとんどの企業が1990年代前半のバブル崩壊以降の需要減少の打撃を受けている。乗務員の数も減り続けており、新たなことに取り組むだけの売り上げや利益をなかなか確保できないんですよね。テクノロジー活用なども進んでおらず、オペレーション面などは昔ながらのやり方がずっと踏襲されています。

このまま技術革新に対応できなければ、海外から入ってくるプレーヤーに業界全体が破壊されてしまうのではないか。この状況を防ぐために、私たちは、日本のタクシーの良い部分を残しながら革新を進めていきたいと考えています。新しい技術を、日本のタクシー業界に合った方法で取り込んでいく 。その役割を私たちが担っていくのだという想いで取り組んでいます。

シンプルに見えるが、意外と複雑。スムーズな配車を阻む、変数の大きさ

『GO』を使うことでタクシーを路上で探す手間が省け、タクシー利用者の利便性は高まっていると思います。一方で、タクシーの配車は、ユーザーが乗車を希望した位置に近いタクシーをマッチングさせるというシンプルな仕組みのように感じられます。『GO』は高度な配車ロジックを使っているそうですが、それはどういったものなのでしょうか?

確かに単純に見えますよね(笑)。ですが、実はタクシーの配車は非常に難しい んです。車両の現在地や走っている方向はもちろん、路上でタクシーを探しているお客さまに出会う確率を踏まえて、配車を考える必要があります。ほんの数秒でも状況が変わるため、単純にユーザーの近くにいるタクシーを配車すればいいわけではないんです。

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それら多くの変数を考慮したアルゴリズムを組むことで、最も速く配車を確定し、お客様にご乗車いただけるようにしています。

なるほど……!タクシーの配車の仕組みは複雑なのですね。なぜ『GO』は、配車の難しさを打破できているのでしょうか?

「位置情報」を正確に捉えられるようになったことが大きいです。

もともと、タクシーの位置情報は、無線の帯域を使って取得されていました。あくまで、使用許可の出ている帯域を各事業者が利用していく状況なので、頻繁に位置情報を更新してしまうと、帯域を圧迫し業務に支障が出てしまいます。そのため、「15秒に1度」「300メートルごと」など、荒い頻度でしか位置情報をとらえることができませんでした。

『GO』は、決済と位置情報の取得機能を兼ね備えた端末をタクシーに設置する ことで、無線ではなくインターネット回線を使ってデータを取得できるようにしました。その結果、数秒単位で車両の位置や向きを把握できています。

こうしたより正確な位置情報の把握を土台として、さらに様々な変数を組み合わせながら高度なアルゴリズムを構築していくことで、より効率的な配車が可能になりました。

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また、この配車の仕組みをさらに 高度に応用することで実現しているのが、「AI予約」の仕組み です。

今はホテルでも飲食店でもスマホ一つで気軽に予約ができますから、タクシーも予約ができるのは当たり前だと感じる人は多いかもしれません。でも、タクシーの予約は実は費用対効果が見合わないものなのです。

タクシーは、乗客を乗せて走った距離と時間で金額が決まります。都心では、1時間あたり3000円から4000円の売り上げがないと赤字です。さらに、タクシー車両は、日々、街中を走り回り路上や駅などでお客様が乗車されるため、空いている枠のコントロールはできません。

ですので、確実に予約時間にお迎えにあがるには、繁忙時間帯では予約の30分くらい前から空けておかなければならない。予約のために車両を30分押さえるのであれば、お客さまから1500円~2000円はいただかないと割に合わないんです。

しかし、実際の予約料は迎車料金に加えて400~500円程度としているタクシー会社がほとんどです。そのため、東京では半分ほどの会社しか予約を受けていませんでした。予約を受けている会社は、顧客サービスのために身銭を切っている状態。受けられる枠にも限りがあるので、需要が多い時間帯はすぐに埋まっていたんです。

混雑する時間こそ予約して確実に乗れるようにしたいのに、予約枠が少ないのは不便だと感じそうですね。

そうなんです。乗りたいタイミングが決まっているなら、そこに合わせた配車を実現したい 。そう考えて始めたのが、25分後から7日後までの配車を予約できる「AI予約」です。

これは、ユーザーにとっては「予約」ですが、タクシー会社にとっては「即時配車」の仕組み 。通常の即時配車の仕組みに、前述の精度の高いビッグデータをもとにした需給予測のデータを組み合わせ、ユーザーから予約を受けた際に、AIが指定時間に手配できる車両の数を計算して注文を受けていきます。

配車できる確率が高ければ引き受けますし、難しければお断りします。予約を受け付けた場合の配車確定率は、今のところほぼ100%。提携してるタクシー会社も多いので、予約枠も従来の10倍以上に増やせています。

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データを活用しながら、より便利なサービスの提供を実現させてきたのですね。その過程で最も苦労したのはどういったところでしょうか?

「乗りたいときに、早く確実に乗れる」体験を作るためには、正確なデータが非常に重要です。ただ、オンラインで完結するようなサービスと比較して、車両や交通情報などオフラインの正確なデータを集めていくのは、かなり難易度が高いと感じています。

『GO』を立ち上げた当初、配車に必要となる提携車両数を一気に確保することと、車両の正確なデータを取得できるようにするために、単に配車を受けるための端末ではなく、対面決済ができ、かつ広告配信もすることで、端末のタクシー会社負担を減らす、複合的な車載機器ソリューションとして、車載機器を展開しました。

タクシーアプリの利用率は少しずつ伸びていたとはいえ、当時まだ2%にも満たない状況でした。ユーザー数が少ないアプリ配車のために、わざわざコストをかけて配車アプリ用の機器を導入してくれるタクシー会社はほぼいませんよね。そこで、タクシー会社に取って必須機器である、対面決済とセットで、配車アプリ用の端末を提供する ことにしたんです。

ただ、導入は進んだものの、その後が地獄でした(笑)。

どのような点が難しかったのでしょうか?

オフィスなどの 安定した環境に機器を導入するのとは、まるで訳が違った というところです。

もちろん、一定の想定はしていましたが、日々街中を走り回っているタクシー車両への機器導入となると、安定した通信環境もなく、夏場の車内は極めて高温になったり、振動があったり、また、車両によっても製造年度も大きく異なれば、機器と車両のバッテリーなどの配線も千差万別で、かつそれが車両の狭いダッシュボード内に押し込まれています。

機器の設置状況によって急に機器が使えなくなったり、決済がうまくいかなかったり、いろいろなトラブルが発生するんです。決済にあたっては通信が必要ですが、降車場所が山や地下などの通信環境の悪い場所だと、決済が失敗することが多々ありました。数万台の提携車両があるなかで、日々発生するそういったトラブルになんとか対応していく必要があります。

今はまさに、地道な改善を積み重ねている最中です。この苦労を乗り越え、イノベーションが進んでいけば、私たちが目指す「データとリアルの融合」が生まれていくはずです。

過渡期だからこそのカオスさ。だが、少しずつ変動は起き始めている

ここからは『GO』によって生まれている顧客体験の変化についてお伺いしていきたいと思います。まず、『GO』を導入した乗務員の体験は、どのように変わっていると思いますか?

『GO』のようなタクシーアプリが活用されるようになってまだ数年の今は、業務が効率化されているというよりは、逆に煩雑になっている部分は否めません。

本来お客さまに出会う手段は、路上で手を挙げている人を乗せる「流し」や「駅待ち」、そして電話の配車依頼の3つ。そこにアプリが加わり、4つになりました。乗務員の皆さんからすれば、対応しなきゃいけない業務が増えた感覚があると思います。

また、キャッシュレス決済が増えたからこそ、売上げの集計も複雑です。タクシーの乗務員は、ほぼ完全歩合制。仕事から戻ってきた時に、営業所に納金する必要があります。現金のみの場合は集計もシンプルですが、今は現金と電子マネーやクレジットカード、アプリ決済が混在しているため、計算の手間が増えているのです。

過渡期には、混乱はつきものなのですね。

はい。ただ、少しずつですが、アプリの決済が増えたことによって、「決済が速くなり便利になった」「釣り銭の用意を以前ほどしなくてよくなった」 といった声をいただくことが増えてきています。乗務員は、基本的にお客さまにお渡しする釣り銭を自分で用意しなければいけないのですが、アプリ決済になったことで、その手間が軽減されたとのことでした。少しずつですが、前に進んでいるのだと実感しますね。

私たちは、タクシー会社や乗務員は「いい顧客体験を作るパートナー」 と捉えています。負担にならないラインを探りながら、一緒に改善を重ねているところです。

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事業者さんには、『GO』との提携によってどのような変化が起きているのでしょうか?

「コロナを何とか乗り切れたのは、『GO』があったからだ」と言ってくださる事業者さん、乗務員さんはかなりいらっしゃいます。新型コロナウイルスの流行で、以前に比べて多くの人が外出を控えるようになりましたよね。その影響で、街中の流しのお客様が大幅に減りました。その中でアプリ利用が伸びてきたことが、新たな販路になった んです。

これまで、基本的に乗務員さんは自身の経験則を元に走行ルートを決め、お客様を見つけていました。しかし状況がガラッと変わり、その経験則を利用しにくくなった。その中で、確実にお客様にご乗車いただけるアプリの重要性が、相対的に高まったんだと思います。

特に、お客様視点でも「電車などで不特定多数と接するよりも、より安全に移動できる手段」としてタクシーの価値が見直されています。

タクシーで安全に移動したいという顧客のニーズと、顧客の減少に悩むタクシー会社の課題をうまくマッチングできたんですね。

はい。実際にユーザーからも、「タクシーが到着する時間がわかり、無駄な待ち時間が減っている」 と言っていただけています。決済に関しても、アプリで完結するので、到着後のストレスがなくなり、非常にスムーズになった そうです。

決済の際の待ち時間は、お客様にとっても乗務員にとっても、非常にストレス。現金で清算をしていたら時間がかかってしまい、後ろの車にクラクションを鳴らされてしまうといったこともありますからね(笑)。アプリの普及が進むことによって、より利便性が増していくはず。その期待を持ちながら、活用のメリットを少しずつ広げている段階です。

「移動体験」そのものを自ら選べる世界へ

『GO』が目指している移動体験のイノベーションは非常に難易度が高いものの、これからが非常に楽しみな分野だと感じました。今後、どのような顧客体験を届けていきたいと考えていますか?

ユーザーとタクシーのマッチングをさらに高度化させ、「乗りたいときに早く確実に乗れる車両を配車する状態」から、「乗りたいときに、顧客が乗りたい車両をお届けする」 体験に進化させていきたいです。

その一歩として、配車を依頼する際に、車種を指定できる機能を実装しています。荷物が多い時はスライドドアのタイプを、体の不自由な方がいらっしゃる時には車いす対応の車両を選べます。車種だけではなく、運転の速度や車内の雰囲気など、一人ひとりの希望に合わせた配車ができるようにしていきたいと考えています。

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移動が「手段」ではなく、「自分の好きな体験を選べる場」に変わっていくのですね。

それに加えて、ニーズに合わせたカスタマイズだけではなく、新たな移動体験も提供していきたい です。

今構想しているのは、「相乗り」ができる機能。コロナの影響で解禁が遅れていますが、2020年の3月に法律が変わり、タクシーの相乗りが解禁されるはずでした。相乗りもタクシー予約と近く、簡単そうに見えるものの難易度が高い仕組みです。

行き先が近しい人をマッチングして、乗り合わせればいいように感じられるかもしれません。しかし、実際には、相乗りをする相手が指定場所に時間通りに来るのかといった不確実性や、来なかった場合の費用負担、そもそもの需要や手配可能な車両数など、さまざまな検証が必要です。

難易度が高いですが、実現できればタクシーをリーズナブルに活用できるようになり、日常的な移動手段として選択肢に入ってくる。蓄積されたデータを駆使して、挑戦したい領域ですね。

いずれは、『GO』の仕組みを踏まえ、過疎地域にフィットするサービスも普及させ、交通課題を解決していきたい です。移動の問題が解決することで、社会課題の解決や豊かなライフスタイルが実現し、人の生活も変わるはず。まだまだ開拓の最中ですが、必ず実現できると信じて進んでいきます。

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