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「データ×情緒」で前進するパーソナライズとおもてなし。一休が取り組む顧客理解とデータ活用|Data forExperience#3

データ活用を主眼とした活動に取り組まれている企業や研究者に話をうかがいながら、体験の向上に寄与するデータ活用のあり方を考えていく連載企画「Data for Experience(D4X)」。今回は、一休の社内に根付く「データを顧客理解に活かす」文化と部門横断の取り組みを、遠藤さんにうかがいました。マーケターが仮説を立てて施策を回すだけでなく、データサイエンティストもまた同様に実践する。互いの視点を活かしながら、切磋琢磨して顧客理解を深めようとする姿勢が、遠藤さんの話から浮かび上がってきました。

会員数1,000万人超の予約サービス「一休.com」。宿泊予約を筆頭に、レストラン、スパなど幅広く事業を手掛ける同社は、データサイエンティストである榊淳社長が指揮を執る、データ活用の先進企業として知られます。

ユーザーファーストの姿勢を掲げる一休では、データをどのように顧客体験の向上に活かしているのでしょうか。同社のデータサイエンティスト 遠藤俊太さんは、「いくらデータの量があっても、仮説立てと検証がうまくいかなければ“データの海”に溺れてしまう」と話します。

マーケターが仮説を立てて施策を回すだけでなく、データサイエンティストもまた同様に実践する。互いの視点を活かしながら、切磋琢磨して顧客理解を深めようとする姿勢が、遠藤さんの話から浮かび上がってきました。

データ活用を主眼とした活動に取り組まれている企業や研究者に話をうかがいながら、体験の向上に寄与するデータ活用のあり方を考えていく連載企画「Data for Experience(D4X)」。今回は、一休の社内に根付く「データを顧客理解に活かす」文化と部門横断の取り組みを、遠藤さんにうかがいました。

社内に徹底するユーザーファーストの姿勢

一休では、公式サイトで「ユーザーファースト」の姿勢を明確に打ち出していますね。

はい。「こころに贅沢させよう。」という企業理念の下、我々社員がお客様と世の中に提供する「VALUE」として第一に掲げているのが「ユーザーファースト」です。

社内では、その姿勢はどのように根付いているのですか?

榊(一休社長・榊淳氏)や経営層も繰り返し強調していますし、全員に浸透していると思います。社内では 「それって本当にユーザーのためになっているの?」 という会話がよく聞かれます。

たとえば一時的な売上目標の達成のために、今月すでに送っているメール数を無視して、さらにユーザーが検討をしていないようなプロモーションのメルマガを無理やり大量配信してしまうとか、ユーザーの利益になるはずの施策が社内都合でできないなど……。そうした行為は「アンチ・ユーザーファースト」と呼んで、皆で注意喚起をしています。

御社にとってはユーザーだけでなく、宿や飲食店の施設さんも顧客ですよね。利益が相反することや優先度に悩むことは?

ないですね。施設さまももちろん大事な顧客ですが、結局、ユーザーが望まないことをすると予約もされないので、その点でも常にユーザーが優先です。ユーザーの顧客体験向上にフォーカスすることで売上が上がり、施設さまも喜んでくれて、社内でも評価されるという一連の流れが当たり前の文化 になっています。

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一休 データサイエンス部 エンジニアの遠藤俊太氏。ソーシャルゲームの会社で、約5年間エンジニアとして勤務。宿泊業界で働く身内が一休と付き合いがあり、「いい会社」と勧められたことをきっかけに、2016年に一休へ

データサイエンス部の人数と役割を教えてください。

7人いまして、うち1人はマネジメント、データを触っているのは6人です。大きく分けて、サービス上への施策の組み込み、内製のMAツールや営業が使う社内アプリなどを開発する「アプリケーション」、施策に使うためのリアルタイムログデータ収集や、基幹データベースから毎朝データの取込みをして社員が分析に使いやすく加工して揃えておく「データエンジニアリング」、そして機械学習などのAI技術も使いながら施策を立案、実行、分析し改善していく「データサイエンス」の3つの役割があります。

私はアプリケーションがメインですが、データサイエンスにも積極的に取り組んでいます。皆、各自で得意分野はありますが、領域を固定せず、興味があれば自分で幅を広げられます。宿泊やレストランなど、サービス的にも横断でみていて、特に担当は決まっていません。そのときどきのユーザーの関心や世の中の流れに応じて、注力する部分は変わります。

社長とメンバーの“ロジックバトル”

6人で開発から改善まで手掛けるというのは、外部パートナー企業と連携して進めているのですか?

いえ、すべて内製です。ツールやアプリの開発も基本的に自社内で進めています 。大がかりだったものだと、ユーザーとの1to1コミュニケーションの基盤となるMAツールも内製しました。

日々のデータサイエンスについては、常に社内で“対戦” のようなことをしています。たとえば私とほかの誰かが組んだロジックを同時に走らせ、どちらが成果が上がるかを試し、よいほうを採用していく。榊がデータサイエンティストでもあるので、その対戦には榊も参加します。

そうなんですね! ……やりづらくはないですか?

いえ、むしろ榊が強いので、勝ちたいですね(笑)。それがひとつのやりがいにもなっています。メンバー間でも、挑戦すること自体はフラットで、上下の関係はありません。

ここでの「勝つ」とは、相手よりもよい成績を納めるというより、いかにユーザーに望まれるものを出せるかの競争になります。価値を提供できているから「お申し込み=成約」をいただいているわけなので、お客様に響いている手応えがありますし、刺激になりますね。

また、榊が毎週30〜40枚におよぶウィークリーレポートを作成して社内に共有しています。これが大きな指針のひとつになっています。前週のユーザーの動き、昨年との比較、売れ筋やのびしろがありそうな顧客層などがまとめられ、図解も満載で。データサイエンスに明るくないスタッフでも「今我々が置かれている状況」がパッとわかります。

なるほど。それが一休全体のデータに対する感度の底上げになっているんですね。

そうですね、データドリブンの社風をつくる大きな要素だと思います。

そうした環境で、最近ではどのような施策に取り組まれたのか教えてください。

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最近実施して好調なのは、「ユーザー×宿」を1対1でマッチングしてクーポンを発行するキャンペーンです。施設ごとのクーポンのパーソナライズは初めての取り組みですが、施設ごとにユーザーを限定し、金額も最適化して日次でメール配信したところ、成約数が想定以上でした。

我々としては、通常時でもその宿を見つけて予約してくださる方よりも、現状では迷っていて、仮に1万円のサポートがあったら背中を押されそう……という方にピンポイントで接触したい。そうして成約すれば、その方には未知の体験を提供でき、我々としては1万円を差し引いても新たな宿泊需要を創造できます。

大勢の方に一律割引のクーポンを出すよりも、もちろん難しいですが、緻密にロジックを組んで実行しています。ユーザーの様々な行動パターンをリアルタイムで観察・分析し、表示するタイミングも見計らっています。効果測定できる状態なら、原資がかかるクーポンのような施策も担当者に裁量権があるので、すぐ試せる環境が整っています。

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「情緒」をデータでどこまで捉えられるか?

クーポンのパーソナライズに取り組まれていると伺いましたが、既出記事で宿泊予約事業のサイトを昨年7月にリニューアルし、パーソナライズに注力して大きく伸びていると拝見しました。その背景を教えてください。

以前から「検索の使いやすさ」が課題でした。もともとは、文字列や各設定のON/OFFで判断して合致するものを提示する機械的な処理をしていました。そのロジックを改善し、ユーザーが検索に至るまでの文脈の理解を盛り込んでパーソナライズを強化しました。

たとえば「露天風呂 千葉」といった漠然とした検索でも、口コミデータなどを数値化して「そうそう、こういうのが見たかった」と思っていただけるような宿を上位に表示できるようになりました。一律ではなく、その人のこれまでの予約や閲覧の履歴から、より喜んでいただける選択肢を提案しています。

具体的にはエリアと80のテーマ「由緒ある老舗」「離れ・ヴィラが人気」などを掛け合わせ、そこからより関心度が高そうなレコメンドを出しています。これにより、宿泊事業の売上は前年比で12%伸びました。

この仕組みは、宿泊事業だけでなく全事業に導入していますが、特に宿泊はユーザー数が多く好みの幅も広いので、使いやすい検索に力を入れています。検索窓に打ち込む際、打ち間違ったとしても意図を汲み取ったり、漠然としたワードでも予測検索が反映されるようになりました。

たしかに「こんなふうにいい感じの宿」と浮かんでいても、どんな言葉で検索すればいいのかわからないことはよくあります。

まさに、それをフォローしたいと思っています。イメージはあっても、言語化が難しいんですよね。サイトに提示されて初めて、「あっそうそう、こういうオーシャンビューがよかったんだ」とピンとくるような感じ。そういう潜在ニーズを先回りした提案に力を入れています。

なるほど。ただ、データを活用して潜在ニーズを推察し、先回りするのはかなり難しいのでは?

そうですね。一般的に、データは行動の数値化が得意で、行動を先回りした提案が模索されてきました。データで顧客心理や情緒を直接つかむのは、たしかに難しい。ただ、そこに気持ちを推測する力が働けば、顧客心理を深く理解することができる と考えています。

前述の口コミの数値化のように、定性情報のデータ化 にも取り組んでいます。機械的に取得できる行動データから、ユーザー心理に踏み込むところが、一休の競争力の源泉だと思います。

単なる数字の分析ではなく、気持ちを踏まえて、一連の文脈のなかでロジックに落とし込んでいく……?

そうですね。数字のほうにばかり注目すると、よくいわれる「データの海に溺れる」状態になります。あれもこれも調べたい、と視点が散漫になって、結局何も示唆を得られない。そうならないように、複数種類のデータを見ながら俯瞰的に仮説を立て、ユーザーの視点で「こういう流れならどう感じるか」「どんな提案なら喜ばれそうか」「反発する気持ちが起きないか」なども想像しながら、ロジックを構築しています。

情緒や心理を捉えることも含めて「データドリブン」である一方、データサイエンス部としては、データ分析が独りよがりにならない ようにも注意しています。データに向き合っていると、つい、自分の都合でデータをいいように扱ったり解釈したりしてしまうこともある。

ルーティンワークとして慣れてしまって、気付かずそういう状態に陥らないように、常に気をつけています。ほかの人が組んだロジックも見られるので、皆で見合って、こんなに踏み込んで分析しているのか、といった視野の広さを参考にしたりしています。

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社内の様子 ※2019年に撮影

マーケターとデータサイエンティストで互いに仮説検証

御社でも初期は、機械的なデータ処理による成約数向上が中心だったと思います。今のような考え方に至るまでのターニングポイントはあるのですか?

機械的ではないデータ活用にぐっと踏み出せたのは、3年ほど前にMAツールを内製したことが大きいです。当初、「顧客と1to1でコミュニケーションできるアプリケーション」がほしいと考えていました。何時に誰にどんなLINEやメール、もしくはサイト内ポップアップ通知をしたらいいのかを考案し、すぐ試せるような。ただ、既存の外部ツールでは、我々が思い描くような形で直接アプローチするのが難しかったんです。

このツールが完成してから、さまざまなキャンペーンを柔軟に実行できるようになりました。マーケターを中心に、カスタマージャーニー上でネックになっている体験を抽出し、そこに必要なコミュニケーションを図るなど、顧客体験全体を把握した上で気持ちを考慮した施策を実践しています。施策後のユーザー行動も細かくわかるので、「この人はなぜ予約直前まで進んだのに離脱したのか」といったことを考えるようにもなりましたね。

MAツールはデータサイエンス部の方だけでなく、マーケターの方なども使えるんですか?

はい、SQLを書く必要はありますが、平易なので、マーケターも営業もキャンペーンをつくれます。内容も細かくパーソナライズできるので、「この人にこの内容」と決め打ちでアプローチすることもできます。そしてその結果を部門横断で見て、予想外に反応がよかった、あるいはよくなかったキャンペーンの振り返りや、精度を上げるための策などを議論しています。

マーケターは情緒的な気づきに長けていますし、サイトの隅々にまで詳しいので、その気づきをどうロジックに落とし込んで拡大していくか、という部分に我々が加わっています。我々も、発案からモデル構築に携わることも多々あります。でも、どんなモデルも走らせてみないとわからないブラックボックスで、「結果は出たけど本当に心に響いているのか?」がつかめないときなどには、よくマーケターに相談します。

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「一人のお客様」のマイナスの体験をなくしていく

部門を超えたやりとりが、「心理や情緒をデータで捉えて実装していく」ことを支えているんですね。

そうかもしれないですね。「こういうターゲットを想定してみた」と説明しても、「よくわからない」「誰に向けてつくっているんですか?」と厳しい意見を返されることも(笑)。彼ら彼女らに頼りきりではいけないので、自分たちでも仮説を立てて試しつつ、顧客心理をよくわかっているカウンターパートの協力で精度の向上に取り組んでいます。

自分でも、データを100%信用せず、実際にユーザー視点で施策に接してどう思うかを感情的につかめるよう意識しています。特に「違和感」がないかどうか。ロジック上では、「このシチュエーションでは超高級ホテルをレコメンドする」となっているけれど、ユーザーが1~2万円の宿を見ている場合にもそれが働いてしまうことも稀にあります。そうすると、見る側は「ん?」と感じますよね。

だいたい合っているがたまに外れる、といったことは当然起こり得るのでは?

当然起こるのですが、1件でも「なんだこれ?」と受け手が思いそうなことが起きたら、何がその結果に影響しているのかを調べて突き止め、チューニングします。10件や100件という数ではなく、その一人のお客様が「ん?」となってはいけないので、一人ひとりにとっての違和感、マイナスの体験を極力なくしたい と思っています。

社内のメンバーもユーザーとして一休に接しているので、サイトやメールで「なんでこれが私に?」という違和感のフィードバックが常に飛び交っています。

ただ、そもそも一休のロイヤル顧客は年間100万円分の宿泊するような方なので、我々と感覚が違います。なので、今は休止していますが、ユーザーインタビューやユーザーを招いたお食事会もよく実施していました。思わぬ意見やインサイトを捉えて、定性情報をなんとか定量データ化できないかと取り組んだり、新しい仮説立てに活かしたりしていました。

想像では限界があるので、リアルな顧客に接するのは大事ですね。 そこから、より具体的な顧客像を描いていく。正解はないので、仮説を立て、ロジックや結果の数字で検証し、感覚や顧客像で検証する、その積み重ねかなと思います。

感情や感覚も総動員することが、データのポテンシャルを活かすことにつながっているんですね。自身ではデータにどう向き合っていきたいですか?

データ理解がまだまだ浅いと感じています。膨大なデータ量に対して、もっと完璧な分析ができるはず。施策をするたびに新しいことがわかるので、繰り返し担当していかなければと思っています。

まさに、ユーザーの反応が次のヒントになる。

その通りですね。前職では、CVRが何%上がったなどの数字にフォーカスしていたので、どういう心理の変化があってこの行動をしたのかが見えていませんでしたし、それを疑問とも思っていなかった。データサイエンスは、顧客が見えてくるほど奥が深いです。マーケターとやりとりして、分析の腕と顧客理解を掛け合わせて取り組みたいです。

若手でも営業でも、データの重要性をよく理解している点は、データサイエンス部としての働きやすさにつながっています。感覚的な気づきから仮説を立てたとしても、皆が必ずデータにあたる習慣がついています。専門部署の人だけがデータを扱う会社だと、こうはならない。

「データは嘘をつかない」という意識が徹底している からこそ、ふとしたひらめきを見逃さず、掘り下げてみようとする意志も発揮できるんじゃないかと思います。

では今後の展望と、力を入れたいことは?

リピーターを増やして、一人でも多くの方にヘビーユーザーになっていただきたいです。そのために 「一休、気が利くな」と感じてもらえるコミュニケーション を積み重ねていければ。お客様にとっては成約後の宿泊や飲食体験こそが求めるものなので、成約後の情報提供にも注力して、たとえばドレスコードがあると知らずにカジュアルで行ってしまった、といったことも防げるようにしていきます。

“VUCA”といわれるように混沌とする時代に、コロナ禍の影響も重なってますます先がわからない状況なので、常に情報に敏感でありたいですね。世の中の風潮や生活者の間の違和感を捉え、新しい需要の芽に気付いて、引き続き非日常の体験で”おもてなし” していきたいと思います。

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