150人の求職者の“語り”から顧客の文脈を知る。「エンゲージ」の顧客理解から始まる体験設計
2022年7月に「顧客ロイヤルティ向上を阻む壁の越え方」をテーマに開催された「KARTE CX Conference 2022」ではエン・ジャパン株式会社 執行役員 デジタルマーケティング部長の田中奏真氏が登壇。セッションでは、“顧客理解”の重要性への気づき、求人サイトへの心理的価値を発見、言語化するための「ナラティブ分析」の実践が紹介されました。
「サービスが急成長したのは、特別な施策を行なったからではなく、顧客理解を徹底したからでした」
そう語るのは、エン・ジャパン株式会社 執行役員 デジタルマーケティング部長の田中奏真氏。2022年7月に「顧客ロイヤルティ向上を阻む壁の越え方」をテーマに開催された「KARTE CX Conference 2022」にて、累計会員数120万人、累計求人数100万件(2022年7月時点)の求人サイト「エンゲージ」の事例を共有しました。
2021年3月に提供開始したエンゲージでは、求職者が求人サイトに求める機能的な価値だけではなく、心理的な価値に着目。顧客が生活においてどのようにエンゲージと出会い、価値を感じるのか、150人の語りを分析して体験設計やマーケティング施策に活かしてきたそうです。
セッションでは、エンゲージにおける価値の捉え方から“顧客理解”の重要性への気づき、心理的価値を発見、言語化するための「ナラティブ分析」の実践が紹介されました。
過去の蓄積のみに頼らず、人々の“変化”を捉える
取り組みを紹介するにあたって、田中氏は「今回のセッションでは、エンゲージにおける顧客を『仕事を探している人』と定義します」と前置きしました。
田中氏は「仕事を探している人のニーズは多様であり、一括りにはできない」うえ「仕事に対する考え方が新型コロナウィルス感染症の影響で変化」していたと振り返ります。
田中氏「Googleが発表した『新たな生活様式 5 つの特徴』では、もっとスキルアップの自己投資をしたい、子供のために時間を使いたい、好きなことをより充実させたいなどが挙がっていて、人々の考え方が変わっていることが伺えました。
エン・ジャパンは1995年から求人サイトを運営し、求職者のニーズや課題にまつわる知見を蓄積してきました。ですが、過去に得たノウハウや調査結果だけに頼っていては、今の顧客が何を求めているのか、将来どう考え方が変化するのかは見えてこない。社会や顧客の変化を捉えて、サービスに反映していく必要があるなと再認識しました」
“圧倒的な顧客理解”から体験を考え始めた理由
今の顧客の仕事に対する考えや価値観、そして求人サイトに求めているものを知るため、田中氏は求人サイトの「機能的な価値」と「心理的な価値」を考えていきます。
セッションでは会場の参加者に「皆様はどんなものが思い浮かびますか?」と問いかけ、よく挙がる項目をスライドに投影しました。
田中氏「恐らく『求人数が多い』や『求人が信頼できる』『スカウトが届く』など、機能的価値が頭に浮かんだ人が多いのではないでしょうか。サービスを提供する企業の視点から考えると機能的価値が頭に浮かびやすいと思います。私たちもまったく同じでした。
ただ、そうした機能を備えた求人サイトは、無数に存在するのではないでしょうか。すでにコモディティ化しつつある求人業界において、機能的価値だけで顧客に使い続けてもらうのは、なかなか難しいと感じます。
だからこそ、他のサービスにはない心理的な価値が重要になってくるのですが、先ほども述べた通り、企業視点で考えていると、なかなか思い浮かばなかったりもする。私自身どのように価値を発見し、言語化するのか悩んでいた時期がありました」
そんな折に出会ったのが、以前から導入しているKARTEのWebサイトに書かれていた「顧客体験の進化は圧倒的な顧客理解から始まる」という言葉でした。
田中氏「表現自体はシンプルですが、とても本質的で強いメッセージだと思いました。
体験をより良いものにするには、まず顧客を理解しなければいけない。顧客は今も未来も変わり続けるものだという前提を持ち、それに応じた体験やサービスを届けていくこと。その積み重ねが体験の進化につながると、私は解釈しました。
それまでの私は、顧客のニーズや課題について仮説を立てることから始める『仮説ファースト』の考え方を採っていました。ですが、新型コロナウィルス感染症も含め、予測できない変化は起こります。まずは顧客を観察し、ニーズや課題について考え、戦略や施策を計画し、実行する。『観察ファースト』の考え方を取り入れていくことに決めました」
顧客の語りから価値観や感情を深く知る
エンゲージの心理的な価値を発見、言語化するために、まずは顧客を観察し、理解しようと考えた田中氏。
顧客へのNPS®調査とインタビュー、ナラティブ分析の3つを進めていくことにします。セッションでは、3つ目のナラティブ分析の実践について実例をもとに詳しく紹介いただきました。
ナラティブは、英語で「語り」や「物語」あるいは「物語を語ること」を意味する言葉です。エン・ジャパンでは、ナラティブを「顧客が自分の体験から語る言葉(物語)」と捉え、顧客がサービスに対して感じた価値や課題感を、語られた言葉のままデータとして蓄積し、分析していきました。
具体的には1,448人を対象にアンケートを実施し、以下の質問に対する回答を収集。そのうち150人に一対一のヒアリングを行い、ナラティブを集めていきました。
仕事探しを意識する前のライフスタイルは?
求職活動をふと意識した瞬間は?
求職活動を本格的に考えた理由は?
求職活動で利用した求人サイト(3つの)の認知経路は?
求職活動の内容は?
働きたい企業の条件は?
働きたい企業の条件確認方法は?
求人サイト「エンゲージ」で良かった点は?
転職後の生活変化は?
どのようなナラティブを集め、分析していったのでしょうか。田中氏が「京都府在住の28歳女性」の例を取り上げます。
まず紹介したのは、以下の3つの質問に対する女性の回答です。
回答からは、最終的に「早く転職すべきだと思った」と意志を固めるまでに「頭のなかに渦巻いている感情や複合的な背景」が見えてくると田中氏は語ります。
同様に、求職活動で利用した求人サイトや認知経路、「エンゲージ」で良かった点に対する回答からも、女性の行動や背景にある考え方、価値観を知ることができたと言います。
田中氏「画一的なアンケートで『エンゲージで良かった点は?』だけを聞いても、女性がなぜ求人数が多いサイトを求めていたのか、出勤しやすい会社を見つけたかったなどはわからなかったでしょう。
他の回答から、 転職エージェントを使って求人数が少ないと感じた経験や、友人と遊ぶ時間が少なくなって抱いた不満、転職して表情の明るくなった先輩からの影響などを伺えたからこそ、この方がエンゲージに感じた価値を深く理解できました。
ここで紹介した分析は、ごく一部に過ぎません。集めた語りを整理していくと、顧客が現状の生活についてどう思っているのか、いつ・どのような変化が起きて課題を感じるのか、その解決にどうエンゲージが役立ち、価値を感じたのか、そして、顧客の生活がどのように変化したのか。より具体的にイメージできるようになります。そこからエンゲージが顧客に提供できる心理的価値が何であり、構成する要素が何かが見えてきました」
さらなる体験向上にはテクノロジー活用が欠かせない
ナラティブ分析を始めとする顧客理解の取り組みを経て、エンゲージは順調に成長を遂げています。今後も「求職者や企業に満足してもらえる体験を届け、売り上げなどの結果につなげたい」と話します。
そのために田中氏はKARTEなどのテクノロジーを積極的に活用してきました。セッションの終盤では、今後行う予定の施策を紹介いただきました。
まずは「KARTE Signals」を活用した施策です。KARTE Signalsでは自社サイトの行動データを、サイト外の広告などのコミュニケーションに活用できます。
エンゲージでは、サイト内のリアルタイムの行動データから「応募への意志が強い」と思われる顧客に対し、サイト外で求人案内の広告を配信する、あるいは広告に関心を持ってサイトを訪れた顧客に、広告の内容に合わせたコンテンツを出し分ける施策を考えているそうです。
サイト内の接客も、KARTEを活用して最適化を図る予定です。たとえば初回応募を終えた顧客に、居住地や職歴などの会員情報と、閲覧した求人情報などリアルタイムの行動データをもとに、関心度の高いと思われる求人情報をレコメンドすることで、「自分の希望する求人に次々と出会い、ワクワクする体験を実現したい」と田中氏は語ります。
他にも登録された会員情報の少ない顧客向けのレコメンド、応募忘れを防ぐためのアラート通知施策などを共有いただきました。
田中氏「重要なのは、こうした一つひとつの施策が、あらゆるチャネルを横断し、顧客にとって一貫性のある“線”のコミュニケーションを形づくっていることです。
顧客の流入チャネルはもちろん、属性やニーズ、課題に合わせた体験をサイト内外で届け、応募にいたった後も採用面接から内定まで最適な情報を届けていく。それによって顧客の転職への意欲やエンゲージへのロイヤルティを高めたいと考えています」
セッションの最後、田中氏は「顧客理解という基礎を鍛えること」の重要性を強調しました。
田中氏「この一年、インタビューやナラティブ分析によって顧客を知っていくことは、より良い体験を実現するための土台、基礎だと感じました。
決して華やかではない、地道な作業の連続です。ですが、こうした基礎をやり続けること、定期的にやり方も含めて見つめ直すことで、他に代替できない価値を顧客に届けられるはず。その結果としてサービスの競争力も高まっていくと信じて、今後も基礎を鍛え続けていきたいです」