Event Report

データドリブンな顧客理解のリアリティ。TSIホールディングスがOMOで目指す「体験の連続性」

「あらゆる顧客体験がオンラインであること」を意味するOMOの考え方が浸透し、特に実店舗をもつ企業においてオフラインとオンラインの体験をつなぐ取り組みが急速に広がっています。一方で、OMOという手段の過度な目的化が、ときに本来向き合うべき顧客にとっての価値を見えにくくしてしまう事態も指摘されています。店舗DXを推進し、オンライン化を前提にして顧客接点をつなぎ合わせた体験を設計することと、自社の目指す顧客体験価値をお客様に届けることを両立させるためには何が必要なのでしょうか?

このような問題意識に対して、ナノ・ユニバースはじめ53ブランドを展開する総合アパレル企業 TSIホールディングス 執行役員 デジタル戦略統括部長の渡辺啓之さんは「体験の連続性が鍵だ」と指摘します。

今回のKARTE CX Conference 2022 セッションレポートでは、オフラインとオンラインとで一貫した、連続的な顧客体験の実現を目指すTSIホールディングスのチャレンジをお届けします。本登壇では、OMOの実践に至る思考の過程に加え、店舗とECをつないだ顧客行動データの可視化から見えてきた意外な示唆にも話が及びました。

DXの要諦は、データドリブンな意思決定を可能にすること。事業状態の把握と経営の意思決定において、KARTEのカスタマーデータ解析が貢献する可能性にも触れていただけるレポートです。

OMOのコンセプトは「お客様の個に寄り添う」

渡辺氏「まずはTSIホールディングスのご紹介をします。総合アパレル企業で売上高が約1400億円、国内で805店舗を展開しています。現在53ブランドと、ウィメンズもメンズも含めてブランドポートフォリオの幅が広いというのが特徴です。コロナ禍以降の潮流として、最近ではPEARLY GATESやPING APPAREL、New Balance golfといったゴルフブランドが非常に好調です。

当社グループは販売チャネルとしてECの存在感が大きいというのも特徴ですね。ECの国内売上高が400億円弱、EC化率は35%弱。同業の企業様に比べればECの比率が相対的に高いといえます」

今回取り上げるのは、TSIホールディングスの中核ブランドであるナノ・ユニバース。店舗とEC含めて会員数は196万人に上ります。EC化率は50%とグループの中でもとりわけ高く、また専用アプリのダウンロード数は96万、EC売上におけるアプリ比率は45%です。

全国に店舗を展開するなか、オンラインで買い物を楽しんでいただくお客様も多く、OMOの取り組みを進める必要がありました。また、コロナ禍によって店舗および店舗スタッフの役割や仕組みの構築も、改めて見直さないといけないという課題意識があったようです。

渡辺さんはナノ・ユニバースのOMOを、まずはそのコンセプトから説明します。

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渡辺氏「私たちのOMOのコンセプトは、『1回1回の顧客体験を、より心に残るものに。そのために、お客様の個に寄り添うOMO』です。私たちはアパレルなので、スーパーなどとは違って毎日ご来店いただくような業態ではないんですよね。おそらく行っても月1回程度でしょう。その限られた回数、1回1回を大事にして、お客様一人ひとりに寄り添い、最高のおもてなしを届けたいと思っているんです」

では、「お客様の個に寄り添う」ためにはどうするのか?

渡辺「まずは顧客体験の全体像をつかむ必要があります。顧客接点は多様化していますが、顧客を一人の人として捉えた場合、それらの接点を一連のものとして体験しています。だから、顧客体験は店舗やスマートフォンといった点ではなくて、それらのつながり、線として理解しなければいけないはずです。それが顧客体験設計の基軸となる認識ですね。

顧客体験とは、体験する人の主観に寄り添うこと。接点本位の「点」ではなく体験本位の「線」という認識のもと、体験者一人ひとりが何を感じ、どのように行動するかというレベルでの顧客理解が必要であると考えました」

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オンラインの顧客接点であっても、リアルタイムに顧客の行動を理解できるのがKARTEです。ナノ・ユニバースでは、KARTEを顧客理解のための基盤ツールとして位置づけ、ECと店舗をつなぎ、双方の体験における特徴や強みも加味しながら、体験の連続性を実現しようとしています。

渡辺氏「ECと店舗では特性が違います。商品の一覧比較やレコメンドなど機能的価値はECが得意ですが、サービスも含めた印象など、心に作用する領域はまだまだ不得手ですね。一方、店舗では、販売スタッフの経験と知識に裏打ちされた接客など、情緒的な価値を生み出しやすい。スタッフの着こなしや空間演出、ショッパーバッグに入った購入商品を受けとる瞬間なども含めた、店舗ならではの『ワクワク』があると思います。ナノ・ユニバースの目指す体験の連続性も、KARTEを顧客理解の前提にしながら、機能と情緒の両面でアプローチしています」

KARTEを基盤に、解像度高い顧客理解と体験の連続性を

店舗とECをまたいで体験の連続性を担保するためには、特に店舗での体験を行動データとして捉え、解析する必要があります。しかし、それを顧客の知らぬところで行うことは、「なぜ店舗に入ったことを把握している?」と不意打ちの、ネガティブな体験になりかねません。ナノ・ユニバースでは、このような問題を店舗での「チェックイン」という手法で解決しようとしています。

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渡辺氏「チェックインで、人と場所を紐付けるんです。チェックインしたい、してもいいと思うお客様が店頭のタッチ可能な筐体に自分のスマートフォンをタップすると、ナノ・ユニバース公式アプリを介して会員情報と入店が紐づきます。これで、このお客様のECでの閲覧履歴やお気に入り登録している商品などがわかります。また、その店舗で在庫のある商品からアプリでベストセラーやその人向けのおすすめ商品をお知らせしてあげることができます」

ここで目指す連続性を持った顧客体験は、アプリを介した商品レコメンドだけではありません。店舗ならではの価値、販売スタッフとのコミュニケーションも、行動データの統合とそれによる顧客理解が活かされます。

渡辺氏「スタッフはお客様が店舗に入ってきた瞬間に、その人の来店目的を把握できるわけでは当然ありません。その人は何を探しているか、どんな接客を求めているか、推察のなかでお声がけをするわけです。これがよくある、今までの店舗体験のスタート地点でした。

この始点を、チェックインというお客様側からの能動的なアクションに置き直す。チェックインすることでお客様は自分が見たい商品をスタッフに伝えることができるし、スタッフはお客様の要望を把握したうえで接客ができる。いわば、店舗体験の主導権を、販売スタッフからお客様に移す。これにより新しい店舗体験を、自分たちのブランドらしさを乗せて生み出していくことが、この取り組みの意義のひとつです」

2022年7月時点ではラゾーナ川崎プラザ店・ららぽーとTOKYO-BAY店・ららぽーと横浜店の3店舗で、実証実験として展開しているこの取り組み。見据える展望を、渡辺さんは以下のように語ります。

渡辺氏「開始以来、来店予約や試着予約など、様々な機能拡充を行っています。今後は、チェックインしたお客様の情報を、スタッフ側に提供する機能の開発に取り組んでいくつもりです。スタッフがお客様へのベストな寄り添い方をできるように、その人の理解に貢献する情報をリアルタイムに得られる方法を模索していきたいです」

LTVとチャネル横断に相関はない? データから見える意外な示唆

行動データから顧客理解の正解を導こうとするわけですが、渡辺さんはそのデータとの向き合い方に注意を喚起します。つまり、あるデータの分析から結果は得られることになりますが、それは正解というわけではなく、そのデータにおける暫定解だと捉えることが肝要である。ここで必要な作業はデータから仮説を構築し、その検証を行うこと。それを繰り返し続けて仮説の精度を高め、「解像度が高い状態」を目指すべきだと言うのです。

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ここからは、取り組みを通して得られた顧客理解の示唆をご紹介いただきました。まずは、LTV(顧客生涯価値)とチャネル横断の「神話」について。LTVが高い顧客とはどのような顧客か。顧客接点との兼ね合いで考えた場合、暗黙のうちに「オンラインでもオフラインでも活発に購買する顧客」というイメージを持ちがちではないでしょうか?

渡辺氏「こちらは、縦軸に店舗での購入金額、横軸にECでの購入金額をとり、年間での累計購入金額が高い顧客トップ1,000を布置した図です。

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図を見ればわかるように、縦軸上方と横軸右方に多くの顧客が集まり、クロスユースしている、つまり店舗での購入金額もECでの購入金額も高い顧客は多くないのです。つまり、累計購入金額が高い、つまりLTVが高いお客様は、店舗でよく買うか、もしくはECでよく買うかに二極化する傾向が伺えるのです。ただ注意が必要なのは、これは『購入』というコンバージョンポイントのみを見た場合であるということ。購入に至るまでの行動、店舗とECの行き来ではまた別の傾向が見えます」

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渡辺氏「次に、購入金額と店舗への来店回数の関係を見てみましょう。縦軸に購入金額、横軸に店舗への来店回数をとったグラフです。濃紺が購入金額の中央値、青が平均値です。ここでは濃紺の中央値のみを見てください。グラフの右方に行くほど、つまり来店回数が多くなるほど、購入金額が増えるというのは総じて言うと正しいです。

しかしながら、グラフの左方、つまり来店回数が多くない段階では、実は購入金額は微減しています。店舗への来店回数が一定水準を越えないと、来店回数と購入金額の正の相関は確認できないというのが、今時点での結論です。このあたりの検証はこれからの課題ですが、もしかしたら、来店回数が少ない段階では来店ポイント目当てで、ポイントが一定溜まってから購入という行動に移る人が多いのかもしれません」

ここまでは行動データから、店舗およびECのチャネルの関連と全体像を把握してきましたが、以下ではよりミクロに、顧客像への理解に踏み込みます。

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渡辺氏「左の方は40代の男性です。この方は店舗とECどちらでも購入してくれている。この方の特徴は、ECにほぼ毎日来ていただけることです。両方で買いますが、店舗ではアウターやパンチなどサイズ合わせが必要なアイテム、ECではキャップなどの小物が中心と、チャネルによって購入する商品の傾向に違いがあります。したがって、この方への商品レコメンドの在り方は、店舗かECかでアイテムに差をつけたほうが良いという仮説が導かれます。

右の方は30代の男性です。この方は、ECで閲覧し、店舗で購入するという行動をしています。日常的にECを見るのではなく、おそらく『店舗に買い物に行こう』と思ったそのとき、訪問前にECを見ています。ということは、この方がECに来たときには来店予約を促すと効果的かもしれません。また、この方はECで閲覧した商品自体ではなく、類似商品を店舗で買うようです。来店予約にあわせて、販売スタッフがおすすめの類似商品を用意してあげれば、顧客ロイヤルティの向上にもつながりそうです」

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渡辺氏「左の方は、全く店舗に行かない方です。ECにはほぼ毎日訪れていて、特集ページから購入商品を探しています。特集ページから入るということは、商品そのものの訴求よりも、例えば季節やトレンドに沿ったコンテンツを提示してあげるのが、この方のニーズに合っていそうですね。

右の女性もECでのみ購入してくださる方です。頻度は多くないですが、一度の訪問で多くのページを閲覧いただいています。私たちからすると、この方にはぜひ店舗に来てほしいと思ってしまうのです。店舗に来て、多くの商品を見ていただけるとこの方の買い物スタイルにも合うのではないかなと考えます。ここから、例えば店舗でのイベントに関するプッシュ通知を送ってみるなど、来店に興味をもっていただけるようなコンテンツを届けられれば、ECだけでなく店舗での購入にもつながると仮説を持つことができます」

データからわかる示唆をもとに顧客理解の仮説を得て、それを体験の連続性という観点で、実際に顧客が享受する体験に落とし込み、検証を重ねる。TSIホールディングスの登壇は、OMOを目的ではなく手段として、目指すべき顧客体験の実現のための試行錯誤、意思決定の過程を、リアリティをもって伝えるものでした。

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渡辺氏「先ほど申し上げたとおり、データがあるからといって、分析をしたからといって一発で正解にたどり着けることはまずありません。いろいろな仮説を立て、検証を繰り返して解像度を上げて、少しずつイエスと言える状態に持っていきたいというのが私たちの意思です。

私たちの目的は、顧客体験価値の最大化です。OMOもデータも、テクノロジーさえも目的に対する手段です。目的をぶらさず、その実現に貢献するテクノロジーを活用し、しっかりとお客様の個に寄り添っていきたいです」

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