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そのデータは顧客体験向上に活かせているか。ドコモ、丸亀製麺が取り組むアプリマーケティング

アプリの平均利用時間は年々伸びており、企業にとっても顧客とコミュニケーションを図ることができる場所となっています。顧客に最適な情報を届けるため、横断的にデータを統合するドコモと、顧客目線を重視して施策を選ぶ丸亀製麺。それぞれのアプリマーケティング戦略やデータマーケティング導入時の活用ポイント、今後の展望を伺いました。

長谷川 誠 はせがわ・まこと
株式会社NTTドコモ スマートライフ推進部 マーケティング推進担当部長 シニアプロフェッショナル
入社以来、一貫してモバイルサービスに従事。楽天出向を経て、2011年にdマーケットの立ち上げに関わり、音楽配信事業、電子書籍事業を経験。2012年以降、dショッピング、d fashionを立ち上げ、コマース領域進出を果たす。 2014年からはdマーケット全体のマーケティングを担当し、2018年のマネージャー就任後、半年間でMAUを400万成長させ1000万MAUを達成。現在20サービス以上あるドコモのBtoCサービスのマーケティングリーダーとして成長を促進すると共に、ドコモのシニア・プロフェッショナル制度の認定を受け、デジタルマーケティングのスペシャリストとしてドコモのデジタルシフトを牽引している。
神谷 亮介 かみや・りょうすけ
株式会社 丸亀製麺 マーケティング統括部 CX推進部部長 株式会社 トリドールホールディングス マーケティング部
2002年人材派遣会社に中途入社しデジタルマーケティング領域を約16年間担当。2018年4月株式会社トリドールホールディングスに入社。丸亀製麺ブランドを中心に、アプリ・SNS等を軸として各KPI達成に向けた運用、機能改善およびプロモーション施策を実行。2020年7月から、マーケティング統括部内にCX推進部を設立し、店頭・デジタルの一貫した顧客体験を責任者として推進。

ウェブサイトやアプリで一人ひとりに合わせたコミュニケーションを可能にするCXプラットフォーム『KARTE』を提供している株式会社プレイドは、2020年8月26日、アプリ開発プラットフォームを提供している株式会社ロケーションバリューとともに、アプリのデータ活用をテーマにしたオンラインセミナー「アプリマーケティング最前線 ─あの企業はどのようにデータを活用して顧客体験を向上しているのか」を開催しました。

セミナーには、株式会社NTTドコモ(以下、ドコモ)の長谷川誠氏、株式会社丸亀製麺・株式会社トリドールホールディングス(以下、丸亀製麺)の神谷亮介氏、ロケーションバリューの三石剛由氏をゲストにお招きし、モデレーターはプレイドの髙柳慶太郎が務めました。

アプリの平均利用時間は年々伸びており、企業にとっても顧客とコミュニケーションを図ることができる場所となっています。2020年初めの博報堂DYメディアパートナーズの調査では、スマホやタブレット等のモバイル機器の利用率は全体の35.8%と、テレビ(35%)を抜いてトップに躍り出ました。さらに、スマホ利用の内訳では、アプリの利用率が92%を占めます。

顧客に最適な情報を届けるため、横断的にデータを統合するドコモと、顧客目線を重視して施策を選ぶ丸亀製麺。それぞれのアプリマーケティング戦略やデータマーケティング導入時の活用ポイント、今後の展望を伺います。

多くのユーザーと多様なサービスを持つdマーケットが構築する、巨大なCRM戦略

ドコモの『dマーケット』はMAU1000万人と国内屈指の規模を誇ります。「dショッピング」「dトラベル」などのコマース事業、「dブック」「dミュージック」などのデジタルコンテンツ事業、ライフスタイルを豊かにする「dヘルスケア」など、20以上のサービスを集約する形で存在するdマーケット。マーケティング戦略を長谷川氏が語ります。

長谷川氏「我々dマーケットのミッションは、各サービスと同時にdマーケット自体を伸ばしていくこと。そのためにサービスのクロスユースの促進と、dマーケット全体のMAU向上・LTV向上に取り組んでいます。dマーケットは、Androidスマホにプリインストールされているため、ユーザー数はかなり多いのですが、そこからいかにヘビーユーザーになっていただくかが課題です」

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各サービスの成長と、それを包括するdマーケットの成長、両輪で進めていく上で鍵となるのが、サービスを横断する共通IDとなる『dアカウント』です。各サービスで集めた顧客データをDMPに集約し、メルマガやアプリのプッシュ通知、MAツールやレコメンドシステムに活用しています。

長谷川氏 「dマーケットの強みは、誰がいつ何を閲覧・購入したかというデータがID単位でリアルタイムで得られ、管理していることです。この仕組みで真の顧客理解を実現できると考えています。

例えば、dTVでアンパンマンをよく見る、d fashionでベビー・キッズ商品をよく使っている、などのデータがあれば、それぞれのサービスのクロスユースを促すことができます。さらにドコモとして、子育て世帯がドコモ回線をご利用いただくと3,000ポイントを差し上げる『子育て応援プログラム』という還元施策もある。この利用でお子様がいらっしゃると分かるので、dマーケットの最適なサービスを届けることもできます。

お客様ごとになるべく自分に合ったコンテンツをそれぞれのサービスで使っていただけるようにしています。各サービスとdマーケットそれぞれのCRMを並行運用し、いかにバッティングせず施策を組み合わせていくかが、難しくも面白いところですね」

多くのユーザーと多様なサービスを持つドコモ、そしてdマーケットは、共通IDによって緻密なCRM戦略を実現しています。では、これからアプリ導入を考える企業はどのように環境を構築していけばいいのでしょうか。ドコモの長谷川氏は、初期段階にマーケティング戦略の全体像を定めておく必要性を説きます。

長谷川氏「『何のためにやるのか?』というマーケティング戦略の目標を決めるべきだと思います。dマーケットでもまず中長期的に達成するゴールを決めて、各要件を整備していきました。具体的には、全サービスからデータを吸い上げるDMPや、MAツール、キャンペーン基盤、ロイヤリティプログラム、検索やレコメンドのシステム、データを扱う回線等の構築です。これらを横断で整えてから、各サービスに落とし込んでいきました」

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ドコモでは、dマーケットと各サービスのデータ連携・使用時のルールを定めた後、クロスユースを訴求するコンテンツなどをKPIに設定しながら進めていったそうです。しかし、こうした中長期的な戦略は、短期的に売上が見えにくく、社内説得の難しさが伴います。長谷川氏はここで、短期的な目標を無視したわけではないと強調します。

長谷川氏「データ活用がゴールになってしまうことは避けました。中長期の目標設定“しか”ないと、『今年は未達なの?』と言われてしまいます。短期的な目標も達成し続けます。実際、MAツール導入までは手動でデータを解析し、必死にCRMを回しました。

私たちはボトムアップでデータ活用をし始めました。正しいマーケティングをするのなら、データを整備して活用しないといけない、と。マーケティング戦略として『LTVが上がれば全体のビジネス上で大きなメリットがある』と証明していくことが最も重要でしたね」

“生の声”も活かす、丸亀製麺の『マーケティングミックスモデル』

丸亀製麺は2017年12月にアプリを導入。アプリ利用は堅調で、コロナ禍で実店舗が大打撃を受ける中、2020年6月にアプリ経由の売上高が過去最高、ダウンロード数も1000万を突破しました。どのようにユーザーを増やしているのでしょうか。

神谷氏「アプリユーザーの獲得は、検索サイト経由やSNS経由が中心です。店舗で使えるクーポンをはアプリ上で配布する形にしているので、そのためにダウンロードしていただくことが多いですね」

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アプリ利用は好調。しかし、データ活用に関してはアプリからだけではなく、商品の売上や店頭でのアンケートなどもデータとして捉えて考えていると言います。

神谷氏「丸亀製麺では、アプリ利用者の基礎データやPOSデータ、SNSでの投稿数なども変数として売上を反映させる『マーケティングミックスモデル』で分析しています。アプリでは個人情報の入力を任意にしていて、厳密にはID管理はしていません。私たちはまず『得られるデータが、本当に店頭の売り上げに活かせるものか』を見定める方が先だと考えています。

お客様をお呼びしたイベント開催や店頭にて直接アンケートを取らせていただいたり、食事中の反応を見たりして、“生の声”をデータに肉付けしてます。その結果からマーケティングコストの配分を考えています。現在はコロナ禍なのでお客様との接触は難しいですが、今後もお客様の声は反映させていきたいですね」

顧客が本当に求めるサービスは何か。原点回帰するデータマーケティング

最後にアプリマーケティングの業界展望や、各社の戦略について語っていただきました。長谷川氏は「CPAやCTRの向上などテクニックの話をしていた時代は終わり、『原点回帰』が進んでいる」と話します。

長谷川氏「今のデータマーケティングで重視されているのは、CXを向上させてロイヤリティを上げ、お客様を熱狂させるプロダクトや事業思想をいかに構築するかだと感じています。

OMO(オンラインとオフラインの融合)のように境目もなくなり、世界中の企業がデータドリブンになっていく中で、個別の事業やサービス単位で考えていると勝負になりません。なるべく大きなスケールで考えて全体を統合し、データを元に顧客に価値を提供するという、本質的な勝負になっていくと考えています」

神谷氏からは、データ活用が進んでも「最終的に大切なのはブランド、そしてお客様」というメッセージをいただきました。

神谷氏「データをお客様からいただく際、お客様にもメリットがあるかどうか。そしてデータ活用によって、良いブランド体験を生み出せるかを重要視しています。アプリはあくまでも“お客様の持ち物”。お客様が必要とするアプリは何か、データも活用しながらお客様と一緒に作っていきたいですね。そして最終的には店舗で『生きたうどん』を楽しんでいただきたいです」

三石氏「最近のデータマーケティングは、観察(Observe)・状況判断(Orient)・意思決定(Decide)・行動目標(Act)の4段階に分けて考察する『OODA』に移行しています。ツールの最適な組み合わせを考えるために、まず最初に顧客を観察し理解を深めようとする考え方です。

ツール提供やマーケティング支援の面でも、一回で仕組みを完璧に作るより、時に環境整備なども行いながら『顧客のベスト・オブ・リード』を完成させるイメージで進めることが増えました。今後も顧客理解を第一に、併走しながらデータマーケティング戦略をサポートしていきたいと思います」

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顧客のためのデータ活用が、サービスの価値をつくる

アプリを使いデータを集められれば、顧客の行動や状態がより正確に把握できます。しかし、データの活用はあくまで手段。「何のために行うか」を突き詰めれば、向かう先は顧客の体験の向上、そしてサービスの価値の創出になります。その本質を見失うことなく、活用していくことが、成果を得る鍵となるのではないでしょうか。

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