Event Report

1on1は実は危険?VUCAの時代を生きる個人と組織に必要なコミュニケーションの在り方とは

本セッションでは、ウェアラブルセンサで計測できる筋肉の身体的反応や人とのつながりのデータから「人の幸福な状態」を研究してきた矢野氏に、幸せの本質や個人、組織の変化していく力を引き出すために必要なことをお話しいただきました。

2021年6月23日〜24日、「CX(顧客体験)とEX(従業員体験)のつながりを考える」をテーマにしたカンファレンス「Experience Day 2021」を開催しました。

「幸せになる力を、ともに:予測不能の時代を生きる」と題して行われた本セッションは、株式会社日立製作所のフェローであり、株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEOの矢野 和男氏が登壇。

VUCAという言葉で表現されるような予測不能な時代を生き抜くには、常に「変化」が求められます。それは、個人であっても組織であっても同じこと。個人としては、働き続けていく上でキャリアチェンジの必要性に駆られるなど、悩むことも増えるでしょう。企業は、社会全体の変化にいち早く気付き、その流れに置いていかれないよう、臨機応変に対応していかなければなりません。

予測不能な時代で変化に向き合う前向きな力を引き出し、人や組織の活力を高めていくにはどうしたらよいのでしょうか。

本セッションでは、ウェアラブルセンサで計測できる筋肉の身体的反応や人とのつながりのデータから「人の幸福な状態」を研究してきた矢野氏に、幸せの本質や個人、組織の変化していく力を引き出すために必要なことをお話しいただきました。

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前向きに物事に立ち向かうことができれば、どんな時代でも幸せでいられる

目まぐるしく変化する世の中を肌で感じ、そのスピードにいざついていこうとすると、疲弊してしまう。今の社会には、そんな空気が漂っているのではないでしょうか。

確かに、「変わり続けなければならない」という事実にプレッシャーを感じることもあるかもしれません。しかし、「変化」は人や企業を苦しめる悪者とは限りません。むしろ、変化を受け入れて、前向きに乗りこなしていこうとする姿勢が幸せにつながるのだと矢野氏は言います。

矢野氏「幸せとは、『物事を前向きに捉え、立ち向かえている状態』 です。どんな人にも、雨の日も、風の日も、試練や困難は等しくやってきます。それを避けて楽な状態ではないと幸せになれない、と思ったら、必ず不幸になります。変化の波に飲み込みこまれそうになっても、試練や困難の中にあっても前向きに挑戦する。

困難に直面したときは、工夫しながら前向きに取り組めること 。これこそが実は『幸せ』の正体なのです。楽で緩い状態だったり、変化がなく安定していたりといった状態やムードのことではありません」

矢野氏がいう幸せに対し、「幸せは人それぞれなのでは?」と疑問に思う方もいるでしょう。しかし、ここで矢野氏は「幸せになるために有効な手段は人それぞれ多様ですが、幸せや不幸という状態になることで身体に起きる自律的な反応は、普遍的です。だから客観的なデータとして数値化できるのです。」と驚きの事実を述べます。

矢野氏『幸せ』も体温のように測ることができるんです。 測定には、意思とは関係なく働く身体のメカニズムを利用します。例えば、血管や血圧、ホルモン、筋肉、内臓に変化が生じます。

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そのなかで、私は筋肉の動きに着目しました。なぜなら血液や唾液などを取得するのは大変です。それに対して、身体の動きは、ウェアラブルセンサなどで日常的に測定が可能だからです。

実験として、個人にデバイスを着用してもらい、身体の動きを測定。幸せあるいは不幸せな状況の時に普遍的に生じる身体の動きのパターンを明らかにしたのです」

また実証実験を通して分かったのは、「周りを幸せにすること」がまず何よりも大切だということ 、そしてこの幸せを生む力は工夫により高められるということでした。

矢野氏「今まで、仕事が成功した、病気にならないと幸せになると思っている人が多いと思います。つまり、外から与えられる境遇によって幸せが決まると考えている方も多いと思います。

しかし、この20年に渡るデータを用いた研究によって 自分自身が『幸せな状態』であるからこそ、仕事がうまくいき、病気になりにくい と解明されました。そして、意外なことに 幸せとは訓練や努力で身につけられるスキルであり能力である ことも判明しました」

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矢野氏とSonja教授の共同研究によると、幸せに影響のある要因のうち、遺伝などの変えられない要因が約50%程度をしめる一方で、周囲からの評価などの境遇はあまり影響を与えず、高々10%程度に留まるということです。便宜的に全体を100%とすると、残りは我々が身につけられるスキルであり、これは40%程度と想定されます。

しかし、実際は、我々の幸せには上限があるわけではないので100%に制約されず、限りなく増やすことができるものだそうです。では、この幸せになるスキルはどんなことから影響を受けるのでしょうか。

矢野氏「この身につけられる幸せのスキルとは、“4つの力”が重要であることがここ20年に渡る研究で明らかになっています。これは『心の資本』という概念で、4つの力それぞれの頭文字を取って 『HERO』 と呼んでいます。

まず、道は見つかると信じる力『Hope』、次に現実を受け止めて踏み出す力『Effecacy』、困難に立ち向かう力『Resilience』、最後にどんな状況でも楽しむ力『Optimism』です。

幸せになる4つの力『HERO』は、楽では緩い状態ではなく、雨の日も、風の日も、試練も、困難に対しても、前向きに立ち向かっていく状態のことです。

たとえ、進む道が見えなかったり、状況に対して不安がよぎったりしたとしても、その状況を『実験と学習の場である』と冷静に捉え直せたり、困難をも機会とし、その時のベストな方法を見出したりできれば、幸せな状態を作ることができます」

物事を前向きに捉え、立ち向かっていく状態である「幸せ」。それを支える力「HERO」を身につけることが、変化の速いなかでも一人ひとりが自立して幸せに生きられる大きな一歩になりそうです。

信頼しあう関係性「FINE」を育み、組織としても幸せになる

個人が幸せであるためには、HEROを育み続けることが重要でした。では、幸せである個人が集まるだけで、組織や集団としても幸せになれるのでしょうか、そして組織や企業が幸せであるためには、何が必要なのでしょうか。

矢野氏「組織にはまず幸せな人が必要です。幸せな人は前向きな人で、不幸せな人は後ろ向きな人なので、幸せな人が多い組織が売上や利益が上がるのは、ある意味で当然です。

幸せだから、社会や顧客のニーズの変化も柔軟かつ前向きに捉えられ、対応できる。結果、企業の利益や成果につながっていくんです。幸せに注目し、組織のあらゆる判断を行う企業こそが、変化に適応し、高い業績を出せます。」

続けて矢野氏は、幸せな組織には業務によらない普遍的な特徴があると言います。組織に所属する人にデバイスを身につけてもらい行動データを取得し、分析。メンバー間でどのような会話や振る舞いが行われていると、幸せな状態でいられるかを調査しました。

その結果、幸せな組織には共通して 「風通しのよいコミュニケーション」とそれによる「信頼できる関係」 があり、それは具体的には4つの特徴に具体的に表れることを発見したそうです。

矢野氏「この4つの特徴は、各特徴の頭文字を取って『FINE』と呼んでいます。

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● Flat:人同士の繋がりがフラット
特定の人が繋がりを独占せず、色々な人たちとより均等に近くつながっている状態。

● Improvised:5〜10分程度の短い会話が頻繁に交わされる
仕事の中ででてくる些細な疑問などを、周りの人に率直に話せる環境が醸成されている。

● Non-verbal:身体的な同調が起きる
言葉だけでなく、声のトーンやリズム、ジェスチャーなどノンバーバルな要素の方が、言葉より遙かに、強い影響を与えることが知られている。相手に共感や信頼を感じると、身体の動きが相手に合わせて同調し、活発になる。

● Equal:発言権を誰しもが平等に持っている
新人やベテラン、専門性の有無に関わらず発言する機会が平等に近く、それぞれに貢献の機会が与えられる。

変化に強く、生産的で幸せな組織には、HEROを持つ人々がいる。そして、その人たちが周りの幸せも考えながら、関係性の特徴であるFINEを実践できている。幸せな組織づくりへの第一歩には、一人ひとりのHEROを高める支援と、FINEを醸成できるような組織の運営や制度を整えていくことが大切です」

データやアプリを活用し、ネガティブな認知をポジティブに変え、幸せを生み出す

予測不能な時代でも幸せであるために、前向きな心を作り出す力「HERO」、信頼しあえる関係性「FINE」の両方を高めていくことが必要。ただ、それを理解し、いざ自身や組織に変革を起こそうとしても「難しそう」「人はなかなか変われないのでは?」と思う方もいるでしょう。

しかし、矢野氏によるとスマートフォンのアプリなどを活用して気軽にできる取り組みでも、変化を起こすことができるそうです。

矢野氏「従来のITが、『報告と連絡のためのIT』だとすれば、私たちが開発したアプリ『Happiness Planet』は、『決意と応援のためのIT』 です。その日を前向きに始めるかが、その人の前向きさ、即ち幸せ、に強く影響することが大量のデータによって明らかになっています。

アプリは、朝に利用者が前向きなことを書きたくなるような工夫があり、さらに、この決意を互いに負荷なく応援し合う仕組みになっています。幸せには『決意と応援』が極めて重要だという人間に関する科学的な知見に基づき設計されたアプリです。

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具体的には、アプリのガイドに従い、その日の状況に照らして、前向きに行うことを具体的に記載します。20文字程度で簡単でよいので、具体的に書くことがコツです。これに対し周りの人は、うなづきボタンを押したり、メッセージで応援します。このように、この小さな決意で一日を始め、それを周りが応援します。これにより、前向きな1日が実現できることがデータで検証されています。」

実際にこのアプリを、83団体の組織、4300人の方に活用してもらう実験も実施。被験者には、3週間だけ「今日行う前向きなこと」を宣言してもらいました。

矢野氏「実験は3週間ほど実施しました。結果を分析したところ、その日の決意を宣言することで、一人一人の幸福度が33%も向上したのです。経営学で知られている営業利益との換算式に入れると、10%の営業利益向上が想定されるのです。

大きな要因は、置かれた状況をとらえる認知を変えることができた ことだと考えています。私たちが状況を解釈する認知は程度の差はあれど誰しも歪んでいます。

例えば、一日のうちに100個の経験をして、99個が良いことで1個が悪いことだったとします。多くの場合、そのひとつのネガティブなことに注意が向かい、その日を『最悪な日だった』と認識してしまいます。

前向きな書き込みで一日を始めることで、注意の向け先が無意識のうちに変わるのです。このようにテクノロジーは、ちょっとしたことで知らず知らずのうちに前向きなことに意識を向けられるように支援します。

これを繰り返していくと、自然と認知の歪みを矯正できる んです。仕事にも前向きに向き合え、生産性や業績に良い影響を与えるのです」

毎朝アプリ内で前向きな書き込みをするだけで、HEROを高められる。では、組織が信頼しあえる関係性であるFINEを実現していくために、企業はどんなことに取り組んだらよいのでしょうか。

矢野氏「実は、アプリの支援によって、この前向きに1日を始めることで、HEROに加え、FINEなコミュニケーションも高まります。また、メニューの選択次第で、よりHEROを強調することも、FINEを強調することもできるのです。

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もちろん基本として、コミュニケーションにFINEという4つの特徴が必要なことを組織のメンバーに理解させ、どうやったらよりよい状態に近づけるかを話合うのは、とても大事です。従業員が孤立せずに関わりを持てるような繋がりを増やすこと。そして、意識的に短い会話が起こるきっかけを作ること。メンバーが平等に発言できるように意識付けをしたり、どのようにして実現できるかを皆で工夫するのです。

例えば、最近企業で取り入れられている1on1などは注意が必要な施策です。上司と部下のコミュニケーションを増やすこと自体に問題はありません。しかし、それだけでは幸せになれないことがデータで示されているのです。上司部下という縦の関係だけでなく、横や斜めの関係が必要 です。

組織図上の横や斜めのコミュニケーションを増やし、組織のつながりの中に、三角形やループができると、風通しのよい組織が可能になるのです。1on1だけでなく、そういった施策を組み合わせて実施していく必要があります」

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小さな取り組みでも、前向きな心「HERO」と信頼できる関係性「FINE」を高めることができそうです。また双方が向上していくことで、幸せであり、かつ変化に臆することなく前向きに乗り越えていける組織になっていくでしょう。

予測不能な未来を幸せに生きるために、自分や周りが感じる「今」の幸せに向き合いデータを活用していく

最後に矢野氏は、株式会社ハピネスプラネットの展望を述べたあと、変化の速い時代を生き抜く個人や組織に向けてメッセージを語りました。

矢野氏「前向きになれ、という命令や指示は論理的にあり得ません。幸せや前向きさは自ら生み出すものだからです。だからテクノロジーが威力を発揮します。テクノロジーは常に身近にあって、前向きな行動を支援することが可能です。

今、多くの組織が、自律し、エンゲージメントの高い人や組織を必要としています。しかし、どうすればエンゲージメントが高められるかが明確ではありませんでした。今やテクノロジーを用いることで、確実に、自律性やエンゲージメントを高められるのです。単なる作業の機械化や連絡のためのITではなく、人や組織の力やエネルギーを高めるITが可能になった のです。

これからの企業は、利益を出すことも大事ですが、だからといって利益のために、顧客、従業員、取引先、株主、地球などを犠牲にすることは許されません。あらゆる企業経営の判断は、これらステークホルダー全体の『ウエルビーイング』を基準に考えていく必要があるのです。このためには、答のない問いを、常に前向きに問い続ける人たちが必要 です。だから幸せな人が必要なのです。」

どれほど社会の変化が速く、未来の予測が難しくなろうと、組織も個人も向き合い方次第では幸せでいられる。矢野氏の数々の言葉からは、幸せに向かう力強さが感じられます。

矢野氏「予測不能なことが多くあるからこそ、個人も組織も毎日同じことをやり続けるのではなく、前向きに挑戦していく。そしてその変化を楽しむ楽観的な心のあり方が大切です。そのためにまず前向きに1日を始めることが必要なのです。」


矢野氏にはCXClipのData for Experienceで以前取材をさせていただきました。記事は下記よりご覧ください。
データは、直感的な行動を後押しする“学びの源泉”──7年ぶりに新著刊行の矢野和男、データ・ドリブンな幸福論を語る|Data for Experience#1

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