CX Story

通販も店舗もシステム部門も、皆で「お客様の喜び」を目指す。ファンケルの終わりのないCXとDX|Experience Insights #8

2020年、創業40周年を迎えたファンケルは、コロナ禍により店舗の臨時休業を余儀なくされたものの、ECが伸長し、業績は堅調です。近年顧客接点の見直しと大幅な改善に取り組んでおり、社内の基幹システムの刷新や、通販とECのデータの統合、また店舗でもデジタルとリアルを一気通貫した接客を実現しています。デジタルの顧客接点を統括する長谷川さんと、情報システムを統括する渡辺さんにお話をお伺いしました。

長谷川敬晃はせがわ・たかあき
株式会社ファンケル 通販営業本部 営業企画部 部長
2003年にファンケルに新卒入社。旗艦店での接客を経験した後、2年目からずっとデジタル関連の業務に携わる。現在は通販の顧客接点を統括する通販営業本部の営業企画部長として、お客様のファン化の推進業務と、WebやアプリなどのECやコミュニケーションチャネルなどを担う。
渡辺拓人わたなべ・たくと
同社 グループIT本部 情報システム部 部長
1998年にファンケルに新卒入社。電話窓口を経験し、システム部門へ。通販システム、ECサイトの担当を経て、ECサイトの再構築、CRM改革プロジェクトを経て、現在はIT基盤再構築プロジェクトを推進。

私たちは今、企業とのデジタル化した多様な接点に囲まれて暮らしています。その状況下で、企業が顧客体験を向上するには、必然的にデジタルトランスフォーメーションと密接になります。

2020年、創業40周年を迎えたファンケル。近年では顧客接点の見直しと大幅な改善に取り組んでいます。社内の基幹システムの刷新や、通販とECのデータの統合、また店舗でもデジタルとリアルを一気通貫した接客を実現しています。

通販営業本部は、「いかにファンケルのファン=ファンケラーとよい関係を築いていくか?いかにファンケラーを増やしていくか?」という問いに日々向き合っています。一方、同部門と両輪となるシステム部門は、過去2回にわたり「FIT(ファンケルIT)プロジェクト」と名付けた大規模なシステム改修を重ね、豊かな顧客体験を下支えしています。

コロナ禍によりファンケルも店舗の臨時休業を余儀なくされたものの、ECが伸長し、業績は堅調です。デジタルの顧客接点を統括する長谷川さんと、情報システムを統括する渡辺さんにお話を聞いたところ、顧客を大切にする姿勢を体現しようという強い意志と、そのために一枚岩になっている組織の強さが見えてきました。

「顧客を大切にする」思いをもっと形にしていきたい

――ファンケルは歴史あるブランドなので、長期の愛用者から若い方まで顧客層も幅広いと思います。どのような考えで顧客に向き合われているか、うかがえますか?

長谷川:当社はもともと、経営理念に「『お客様に喜んでいただくこと』をすべての基準とします」と掲げています。研修をはじめ、理念に立ち返る機会もかなり多いと思います。創業40年、無添加化粧品や機能性の高いサプリメントを強みに通販の領域で、また今では200以上に広がった店舗を通してお客様と強い関係を築いてきました。当社のファンの方を”ファンケラー”と呼ばせていただき、ファンとのつながりを作るためのコミュニティサイト「fancl park」の運営などもしています。

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――昨今の市場環境の変化や、それに伴う課題について教えてください。

長谷川:今も、当社の根底にある芯は創業時より変わっていません。ですが市場の競争は激化しており、それに伴って「何をすべきか」は変える必要に迫られていました。

2016-7年ごろまでに、通販化粧品市場に新規参入が相次ぎ、当社の”無添加”という独自性も薄れてきていました。それまで積上げてきた通販CRMの定石・ノウハウにのっとり、商品を長期にわたって相応の回数リピート購入していただける方を「ロイヤル顧客」とし、クローズではありますが相応の特典を設けてきました。しかし、情報と競合がひしめく中では以前と同じようには購入いただけなくなっていたのです。斬新な施策も検討しましたが、やはり基本に立ち返り、この時代において「お客様に喜んでいただく」とはどういうことか、それをもっと体現していくべきだと考えるようになりました。

振り返ると、ご購入者はどの方も大事なお客様には変わりないので、頭のどこかですべてのお客様を平等に捉えなければならないと思い込んでいたと思います。でも売上を作っている購入者を詳細に分析すると、我々が思う以上に、20年、30年と愛用されている方に支えていただいている状況がありました。

平等というより「ファンケル歴が長い方にもっと喜ばれるためには」「新しい方に楽しくファンケラーになっていただくためには」と、分けてそれぞれに対して深く考えることが大事だと考え直したんです。「『お客様に喜んでいただくこと』をすべての基準とします」という理念を芯に持ちつつも、その捉え方、具現化する方法はもっと柔軟にしていく方針を立てました。

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ファンケルのPC版公式サイト(左)と、コミュニティサイト「fancl park」(右)

「つい買ってしまってがっかりしたら、イヤだよね」

――その方針を踏まえて、具体的に顧客へのアプローチをどう変えられたのでしょうか? ”現代において”という点だと生活者のデジタル環境に添うことも必須ですが、50-60代の顧客も含めて、今はスマホが当たり前になっていたりしますよね。

長谷川:そうですね、年齢層が高い方も、情報の摂取はメルマガやLINEを通してスマホでの閲覧が増えています。ただ、私たちのお客様は年齢にかかわらず比較的保守的で、新しいデバイスや仕組みにすぐにシフトするわけではなく、デジタル化のスピードは緩やかです。情報摂取はスマホで、購入はPCのWebサイトや店舗で、という方も多くいらっしゃいます。

スマホもPCも使い分けているお客様に対して、我々が「メルマガでどうにかクリックしてもらって購入してほしい」といった「買って買って」施策を強めると、本来のご意向に反して「つい買ってしまった」という事態も起きかねません。そうした施策は、やらないように心がけています。

最適な情報は配信しますが、購入手段や場所や時間はできるだけお客様に寄り添い、一番都合のいい方法をお客様自身に選んでいただければいい。CTRなども参考として見てはいますが、改善しようと追っているのは開封率などの「最適な情報を届けられたか」の指標と、あとはLTVだけです。2018年から、もう2年くらいこの形で進めていますね。

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ファンケル店頭。全国の商業施設や百貨店内に出店し、人通りも多いため、幅広い顧客層が来店する

――2018年からということは、2017年ごろの方針転換直後は、そうではない時期もあったのですか?

長谷川:正直、ありました。CTRなどを細かく追い、数字を上げるための改善に試行錯誤していましたが、実際には一瞬数値が上がっても定着しない。顧客満足とビジネス成果の両立を、かなり長く模索した結果、「今のやり方はお客様もうれしくないし我々も気持ちがいいわけではない。やめよう!」と決断したのです。

いち生活者として経験がある方も多いと思いますが、小手先のデザインや煽るようなキャンペーンでつい買ってしまうと、購買後に「買わされた」感に気付いてがっかりしたりしますよね。各KPIを見ればプラスでも、顧客にとって負の体験になっていたら、それはファンケルとしてお客様に提供したい体験ではありません。今では部内のメンバーは皆、テクニックに寄ったり”どうにか買わせよう”とするのではなく「体験を最大化できるか」という軸で判断をしています。

終わりなきCX向上を目指すファンケルITプロジェクト

――LTVを把握されているということは、チャネル横断の分析が可能になっているのですね。

長谷川:そうですね。特にプッシュ型の媒体も担当していますが、全体を俯瞰的に把握して検証できるようにしています。細かいところだけで個別最適化すると、それこそCXとして成り立ちません。直近では通販とECのデータ統合を2018年に完了しましたが、その前から前述の顧客への向き合い方を見直す流れはありました。そこに向けたシステムの改修はさらに前の2014年から始まっています。

――それが、冒頭で渡辺さんが言われた「ファンケルITプロジェクト」ですか?

渡辺:はい。社内では「FIT(フィット)プロジェクト」と呼んでおり、情報システム部が主管ですが、全社的な活動として情報交換や広報を積極的におこなっています。FITは継続的な取り組みで、現状で第二弾まで終えています。

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――そもそも、どういった発端だったのですか? これまでの経緯を教えてください。

渡辺:ファンケルには通販の歴史があるだけに、基幹システムの増改築が繰り返され、FITを始める以前は、誰も構造がわからない”ブラックボックス化”されている領域も多数ありました。運用体制も外部関係者に過剰に依存し、スピードも遅く、内部に知見が蓄積しないことも課題でした。通販部門などがやりたいことを相談してくれても、ほとんどがシステムの問題でできない状態だったんです。

2013年、創業者が経営復帰したタイミングで「変えるべきところと変えてはいけないところを見極め、変えるべき点は10倍のスピードで」という方針のもと、「経営に貢献できるIT」を目指して、刷新することにしました。そして、ベンダーロックやベンダー依存にならない環境を実現し、情報システム部が作り手の主体となれるシステムの再構築に取り組み始めました。

もちろん綿密に計画して進めましたが、20年もののシステムだったので、本当に実現できるか信じきれなかったですね。それでも無事2016年に基幹システム刷新の「FIT-1」を完了し、以降、ECや店舗POSなど販売系システムのリアルタイム同期や、長谷川がお話しした通販とECのデータの統合などの「FIT-2」を2018年に完了しました。「FIT-2」は、ECや店舗のCXに大きく関わるので、顧客と相対する長谷川の部門や店舗部門の要望をよく聞きながら進めました。

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FITプロジェクトの概要

デジタル化による変化を、社内の皆にもワクワクしてほしい

――全社的なプロジェクトがあったから、顧客体験の全体を捉えたアプローチが可能になったのですね。第二弾の改修まで終わった今、どういった成果が上がっていますか?

長谷川:チャネル横断の顧客ID一元化によって、購買履歴やポイントが瞬時に共有化されるようになったので、どこでファンケルに接していただいても同じ体験を提供できるようになりました。また、データ統合を経て現在まで、LTVは継続的に向上しています。

長く買い続けていただけていることは、お客様がファンケルでの体験に満足されている証拠だと思いますし、ファンを大事にしたい私たちの気持ちが伝わっているとも捉えています。ECサイトの見やすさや使い勝手も改善していますが、「あっ変わった!」と印象付けるものではありません。それでも、総合的に気持ちのいい買い物体験をご提供できているから今があると思っています。

渡辺:社内では、情報処理の速さが大幅に向上したほか、FIT-2以降はECを含む通販の窓口や店舗で、お客様にリアルタイムの正確な情報を回答できるようになり、チャネル横断の顧客対応が可能になっています。

――なるほど、現場の方々の働きやすさも改善しているのですね。

渡辺:そうですね。改修が完了したとき、それを使うのは現場のメンバーです。FITは全社の業務改善とCX向上が目的ですが、やはり現場の皆が「FITを通して自分たちの仕事が変わり、お客様にとても素敵なことが起きるのだ」と、自分のこととしてワクワクしてほしいと思っていました。それで、機能だけでは無く働き方の変化やお客様へのメリット等を共有する事も意識して進めていきました。

FIT-1以前は、お客様の在庫確認にも「このデータは”いま”の情報じゃないけど、お伝えしていいのかな」という不安が現場にあったんですね。その解消のために、リアルタイム性を重点項目にしました。

またFIT-2では、店舗のPOS専用端末を廃して、以前から導入していたタブレットをPOS端末にも切り替え可能にしました。お客様情報の確認やカウンセリング、会計まで、およその情報管理と接客のデジタル部分を1台のタブレットでカバーできます。

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店頭で活用している、PCから取り外せるタイプのタブレット

――働く人にとって、すばらしいですね。Employee Experience、EXも向上しているのだと思います。現場の皆さんからの声は?

長谷川:顧客対応がスムーズになったこと、そして圧倒的な情報処理の速さは皆が実感しています。そもそも、FIT-2は約1年で終わったので、改修自体のスピードが上がっています。大規模改修後の細かいところは、都度の要望をシステム部門と話し、短期的に少人数で集まって直ったら解散、という感じで進めています。

FITが始まったころから、情シスは我々の意見に否定的ではなくなりました。ジャストアイデアでもいったんは受け止めて、のびしろを一緒に考え、実現可能な形や懸念を提示してくれます。相当変わったと思います。

渡辺:現場から自主的な改善要求がどんどん出てくることは、とてもうれしいです。スピードは向上し、コストは下がっているので対応の幅がぐっと広がり、「気持ちはわかるが…」ともどかしい回答をする必要がなりました。

システム的な要件で、要するに我々の言語でその場でばっさり切ってしまうと、夢がふくらまないですよね。せっかくのアイデアの芽もつまらない話で終わってしまう。一緒に走りながら考える姿勢を大事にしたいです。

そもそもFITプロジェクト発足時、情報システム部のテーマとして「走りながら考えよう」と掲げていました。結果的に、プロジェクトの進行に伴って、求める人材の要件もより明確になっていきました。スピードと専門性を両立するには、通販事業の業務寄りの能力と、技術寄りの能力の両方が必要です。これは今の人材育成のビジョンでもあります。

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ファンケルの会議室の壁には「売らない勇気をもつ」という標語が。創業者・池森賢二氏の言葉で「お客様に本当に必要なものをお勧めし、不要なものは売ってはいけない」という考えを表している。

CXとDXの両輪で、お客様の「一生のパートナー」に

――今年はコロナ禍により、御社の店舗も臨時休業をされていました。マイナスの影響もあったと思いますが、報道によると業績好調とのこと。この要因をどうみていますか?

長谷川:以前から、EC含む通販、店舗、そして卸先様経由の販売額は同等額くらいでした。なので、もちろん休業の影響はあったものの、直営店のお客様ならECにも同じ情報があるので、初めてECに来られた方もちゃんと既存顧客として対応できたことがプラスに転じた要因だと考えています。ポイントやご住所もわかり、さらに送料を気にしなくて済むように送料無料としたことも、ECのハードルを下げたと思います。

FITで実現したチャネル横断の連携を活かし、全チャネルを俯瞰してビジネス成果を得る箇所を明確化したことで、「まずはECに来ていただこう」という方針をすぐ立てられました。物理的にも意識の面でも、チャネルを超えて皆が同じ方向を向けたことが大きかったですね。

渡辺:同感です。データ統合やチャネル横断の仕組み、いわゆるOMO的な整備を早めに完了していた結果だと思います。だからチャネルの壁を意識せず施策を考えられたし、お客様にもスムーズにECに移行いただけました。

また、もともと当社には一人ひとりに協力的な姿勢があり、一緒に動ける文化があります。だから、このような緊急時も皆がパッと集まって課題を洗い出し、各部に持ち帰ってすぐ解決するフローが自然と実現しました。業績を下支えしたのは、この組織風土に尽きると思います。他社に模倣できない、当社の大きな強みです。

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コロナ禍の影響によるデジタル活用推進の一環で、7月末からライブショッピングを開始。社内から配信できるよう工夫している

――最後に、この先どんな顧客体験を提供したいと思いますか? 幅広い顧客それぞれに、ファンケルがどんな存在でありたいか、お聞かせください。

長谷川:これは私と渡辺の野望ですが、商品で期待にお応えすることからさらに進んで、商品購買やその前後のフォロー、コミュニケーションを含めて唯一無二の”サービス”として確立したいです。創業時は無添加という商品特徴が強みでしたが、市場環境は変わりました。今後は、商品の機能を超えて、常にファンケルがお客様のそばにあるように、ファンケル体験というサービスを磨いていきます。

マルチチャネル化やデータ統合によって、「私のことをちゃんとわかってくれている」という顧客体験を実現しつつあると思います。OMOが答えなのかはまだわかりませんが、お客様がどこで買ったかを意識しない世界をつくりたいですね。そうして、一生のパートナーであり続けるメーカーになることが理想です。

渡辺:野望をぜひ、実現したいですね。そのためにも、「ファンケルの価値」にもっと注目したい。それをデータやシステムの観点から表現するなら、「ファンケルの中で顧客がどう行動し、どんなインサイトがあるかを推察できること」だと思っています。お客様のデータをうまく解釈して、いい形でお客様に還元させていただき、長いお付き合いにつながる。そんな素敵な関係の構築を、システムの面から支えていきたいです。

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