CX(顧客体験)への投資は企業利益に結びつくのか?経営層の理解を得てCXを戦略的に推進させるには

CX(顧客体験)は、企業にとって重要なテーマの1つです。いま、多くの企業がCX向上を目指し、推進組織を新設しています。では、CXを戦略的に設計して全社的・組織的に取り組むためには、どうすれば良いのでしょうか。

CX(顧客体験)は、企業にとって重要なテーマの1つです。いま、多くの企業がCX向上を目指し、推進組織を新設しています。では、CXを戦略的に設計して全社的・組織的に取り組むためには、どうすれば良いのでしょうか。

今回は、田中達雄氏による著書『CX(カスタマー・エクスペリエンス)戦略: 顧客の心とつながる経験価値経営』(2018年9月出版)を参考にしながら、企業がCX戦略を推進するための具体的な方法を見ていきましょう。

CXには全社で戦略的に取り組む必要がある

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まず、CXに関するおさらいから。「CX=Customer Experience(カスタマーエクスペリエンス)」とは、商品やサービスを顧客が利用・購入する前からその後まで、顧客が体験するあらゆる価値のことです。

「価格」や「メリット」といった物理的な効用だけでなく、その商品やサービスを購入したことによって生じる感情や経験などの情緒的な効用まで、顧客と企業とのあらゆる接触とコミュニケーションすベてがCXと言えます。

CXの向上によって顧客ロイヤルティが高まり、事業の収益性につながることは、すでに世界的なCX先進企業によって証明されています。CXの価値を最大化させることで収益向上を目指すCXM(顧客体験マネジメント)と呼ばれる概念も、2010年頃から登場しています。

CXは、マーケティング施策の1つと捉えられることもありますが、実際には会社全体で取り組むべき戦略です。企業と顧客の接点は様々な領域に広がっており、どの面でも一貫した体験を届ける必要が出てきています。そのためには、部署を横断してCXに取り組まなければいけません。

そしてCXは、組織や予算、評価といった制度まで合わせた全社的な“戦略”をどう組み立てるかが重要となってきます。現場担当者だけでなく経営層までもがCXの重要性や効用を十分に理解した上で、CXを推進する体制が必要です。

では、実際にどのようにCXに戦略的に取り組むための体制を作っていくのかをみていきましょう。

参考:「CX(顧客体験)」とは?一人ひとりに合わせた体験価値を生み出すために知るべきこと

参考:CXMとは?顧客から愛されるサービス作りのために会社全体で取り組むべきこと

CXと収益との間にある強い相関関係を証明するために

まず、経営者がCXを戦略に組み込むことを理解しなければCX戦略は進みません。CX戦略の推進を判断するためには、どのようなポイントをおさえれば良いのでしょうか。

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CX戦略が顧客ロイヤルティの向上に直結すると理解する

まず、CXが企業の利益向上につながることを示す必要があります。CXを戦略的に向上させることが単なるコストではないことを証明していきましょう。

2018年3月に野村総合研究所が実施したCXベンチマーク調査では、銀行利用者と証券利用者に利用している企業をどれくらい周囲の人に推奨するか、すなわち「推奨意向」を質問した上で、自己申告制で預入金額をアンケートしました。

その結果、銀行利用者と証券利用者ともに推奨意向が高い人ほど預入金額が高く、「5年前と比べて預入金額が高い」と回答した人の割合も高いことが明らかになっています。証券利用者に限ると、推奨意向が高い「推奨者」の中で5年前と比較して預入金額が増えている人は63.3%にものぼりました。

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引用:『CX(カスタマー・エクスペリエンス)戦略: 顧客の心とつながる経験価値経営』

CXを通じて感情的にも満足することで、顧客がサービスに対して感じる「信頼」や「愛着」、顧客ロイヤルティが高まります。その結果、類似したサービスの中から選択したり、他者に推奨したりするようになり、再購入やロイヤルティの継続につながります。

CXに戦略的に取り組めば、ロイヤルティが高まり、より顧客に満足してもらうためにさらにサービスを提供し、結果的にアップセルやクロスセルも可能になるなど、企業の収益向上につながります。

経営陣にCXの重要性を理解してもらうには?

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こうした企業がCXに取り組むべき理由を会社の経営層がまだ理解できていない場合、まずCXに対する理解度を向上させることに取り組む必要があります。

方法1. 経営者層向けCX勉強会の開催

経営層がCXの推進を本格的に検討するためには、外部からCXの専門家を招いて経営に関わるCXの勉強会を開催することが有効な手段です。経営者からの質問にも適切な回答を提供し、経営的な判断を下すための材料を用意してくれます。

社会の動向と消費のスタイルにもとづいた「CXが注目されるようになった理由」や、CXの戦略を考える上で欠かせない「顧客体験を実現するための基礎ステップ」は、特に勉強会において必須項目であると言えるでしょう。これらを経営者が知ることで、CXに対する意識が高まって組織全体でCXを考える推進力となるはずです。

方法2. NPS®でCXと収益の相関関係を示す

他社のデータや成功例だけでは自社に導入するイメージを持ちづらかったり、他社と規模感や組織図を比較して断念してしまったりすることもありえます。そういった場合、自社のデータを用いながら、CXと収益の相関関係を示しましょう。

CXを数値化するためにNPS®(ネットプロモータースコア)を用います。NPSとは、顧客ロイヤルティを数値化する指標のことです。CXによって顧客ロイヤルティが向上することが証明されているため、NPSによって顧客ロイヤルティを調査することが、そのままCXを数値化していると言えます。

参考:NPS(ネットプロモータースコア)とは?顧客ロイヤルティ指標を改善する方法

例えば、株式会社Emotion Techが発表したファッションビルロイヤルティ調査レポート(2018年1月)によると、NPSを高めることが企業利益を向上させる結果となりました。この調査ではマルイ、109、パルコ、アトレ、ミロード、ルミネ、コレドを対象にNPSをアンケートし、NPSと年間購入金額の相関関係、およびカード会員の入会率を明らかにしています。

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引用:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000035.000021205.html

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引用:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000035.000021205.html‌‌

この結果を分析すると、ファッションビルに対するNPSと年間購入金額には明確な相関関係が認められました。さらに、企業と顧客との継続的な接点づくりにおいて近年重要度を増しているカード会員の入会率も、NPSのスコアが高い推奨者はスコアが低い批判者と比べて16%高いことも明らかになっています。

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引用:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000035.000021205.html

NPSアンケート調査を実施し、自社の顧客データを元に推奨度合いによる取引状況の差異をグラフで示します。これによってCXの向上が収益の最大化に直結することを自社の数値によって提示することができ、判断材料になるでしょう。

方法3.顧客の声を直接聞く機会の設定

経営層としてCS(顧客満足度)調査の結果にはすでに何度も目を通したことがあり、定量的な結果をNPSに変更したところで、改善への意識に変化が生じない可能性もあります。

その場合は、顧客の声を直接聞く場をセッティングすると良いでしょう。特にNPSの推奨者と批判者それぞれの意見を聞ける機会があると、CXの重要性を認識しやすくなります。

メルセデス・ベンツUSAの経営陣は、定期的にコールセンターで自ら問い合わせの対応をしています。顧客の声を直接聞く機会を設けることで、顧客が活字やデータ上の存在ではなく感情や欲求を伴った存在であることを思い起こす契機になるはずです。

多忙な経営層のスケジュール調整が困難であれば、可能な限り顧客の生の声を知ることができる方法を導入すると効果的でしょう。CXの向上に結びつけやすい手段の一つが、VOC(Voice Of Customer)活動です。直訳すると「お客様の声」で、顧客の声の収集にとどまらずに「商品やサービスの質とCXの向上」を目的に掲げています。

収集した顧客の声を成果に結びつけられなければ、VOC活動が成功したとは言えません。その先の「CXの向上」に結びつけるためにはどのように顧客の声を収集するのか、そしてどのようなデータが経営層のCX推進への意識に結びつくのかを検討しながら進める必要があります。

CX戦略の導入ポイントは「推進組織の実行性」

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経営陣の理解を得た後は、CX戦略を推進する組織の存在が必要不可欠になります。CX向上のためには人材配置や予算確保などの経営判断が必要であるため、CX推進組織に権限が与えられていることが重要です。

経営者自らがCX戦略を主導する場合、現場をよく理解している選任者を担当役員にしたCX推進組織を経営トップの直下に配置します。さらに推進組織に予算や権限を付与した上で、経営トップが経営判断を迫られたときにCXを基準にジャッジするトップの姿勢を自ら社員に示していくことで、社内への説得力が増して実行性が高まっていくでしょう。

既存のCS(顧客満足度)推進組織が、CX戦略を担うケースもあります。実際に日本企業では、顧客と直接コミュニケーションをとっている現場やカスタマーサポートの社員が、経営者層を説得してCX戦略に取り組んでいるケースが多く見られます。

CX戦略におけるマネジメントプロセス「STPD」

CX戦略を推進する上では、顧客とタッチポイントが多い現場メンバーの協力が不可欠です。NPSのスコア分析結果を共有することで、CXは重要であるという意識を現場レベルでも高め、現状課題の認識すり合わせと、改善策をどう現場のアクションに結びつけていくかを検討していきます。

その際に、マネジメントプロセスである「STPD」を確立していきましょう。まず顧客を徹底的に観察し(See)、熟考する(Think)。その後で、計画(Plan)や行動(Do)に移ります。STPDのプロセスを関係者全員が共有・実践し、組織運営にCX推進を連動させることで、次のステップへ進むことができます。

最終段階としては、顧客自身も気づいていない潜在的なニーズを企業側で探求していきます。様々な調査方法を駆使することで、既成概念にとらわれないアイディアを生み出し、商品やサービスに顧客は真に必要としていることを取り込んでいきます。

そして、「アジャイルCX」といわれるCX戦略のSTPDサイクルをいかに迅速に回していくかも重要になってくるでしょう。また、アジャイルCXに取り組める人材育成にも力を入れる必要がでてきます。

将来の企業競争力につながるCXへの投資

CXは他社との差別化に直結する一方で、戦略的な設計と改善には長期的な取り組みが必要になります。だからこそCXの重要性を経営層が理解して投資を決断することは、CX戦略を強力に推進する契機となるはずです。企業競争力に直結して事業の継続性を支えるCXに、全社をあげて取り組んでいきましょう。

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