Event Report

店舗とECのデータを統合し、顧客の文脈を捉える。総合アパレル三陽商会によるOMOの実践   

「KARTE CX Conference 2022」のセッション「オンライン×オフラインのデータで創造するOMO顧客体験への挑戦」では、NRIデジタル株式会社ビジネスデザイナーの萩村卓也氏と株式会社三陽商会 マーケティング&デジタル戦略本部ウェブビジネス部CX推進課課長が登壇。三陽商会が直面していた課題やトライアルの前提にあるOMOの捉え方、店舗とECのデータをつないで分析することで見えた顧客行動が語られました。※2022年7月登壇時点の情報を中心に作成した記事となります。

オンラインとオフラインのデータや体験を融合し、顧客のニーズに合わせたサービスを提供、CXを向上させる取り組みや手法を指す「OMO(Online Merges with Offline)」。その重要性が高まる背景には、オンラインとオフラインを行き来しながらサービスを利用する顧客の増加、購買行動の多様化があります。

一方、顧客の変化に対応してWebサイトやアプリなどオンラインの接点を拡充したものの、複数の顧客接点のデータが統合されておらず、店舗やECをまたいだ一人ひとりの行動を把握できない、体験向上につなげられないといった課題を抱く企業も少なくありません。

こうした状況に対し、NRIデジタル株式会社とプレイドでは、オンラインとオフラインの接点における顧客のデータや体験をシームレスにつなぐ共通基盤の開発、活用支援を展開してきました。2022年4月からは、総合アパレル企業、株式会社三陽商会とともに店舗やECを利用する顧客の行動データを統合・解析し、体験向上を図るトライアルを実施しています。

「KARTE CX Conference 2022」のセッション「オンライン×オフラインのデータで創造するOMO顧客体験への挑戦」では、NRIデジタル株式会社ビジネスデザイナーの萩村卓也氏と株式会社三陽商会 マーケティング&デジタル戦略本部ウェブビジネス部CX推進課課長(2022年7月登壇時点)が登壇。三陽商会が直面していた課題やトライアルの前提にあるOMOの捉え方、店舗とECのデータをつないで分析することで見えた顧客行動が語られました。

顧客との接点が増え、データや人の“分断”が起きた

三陽商会は1943年に創業、婦人服や紳士服の製造・販売を手がけています。百貨店や直営店に加え、ECでの販売にも注力。2015年にはECと店舗の会員IDを統合・管理できる仕組みを整備、以降もMAの導入や公式アプリのリリース、自社メディアの立ち上げなど、オンラインの接点での体験を充実させてきました。取り組みの結果、複数の接点やツールから顧客の行動データが集まるようになっていたそうです。

一方で、それぞれのデータが分断されているという新たな課題にも直面します。Webサイトやアプリ、CRM、POSのデータは、それぞれ管理するツールや担当者が違うため、データを統合して分析するには多大な工数がかかっていました。基本的に各担当者は異なるKPIを追って、別々に施策のPDCAを回しているため、一人ひとりのお客様がオンラインとオフラインの接点を横断してどのような行動をしているのかを捉え、施策に活かすのは難しい状態だったのです。

NRIデジタルにて、複数企業のデジタルマーケティングやOMOの取り組みを支援してきた萩村氏は、トライアル以前の三陽商会のようにデータが分断されている状態では、最近の顧客の体験全体は捉えきれないと強調します。

萩村氏「昨今、多くの顧客はECなどのオンライン、店舗などのオフラインを行き来して買い物を楽しんでいます。どちらか一方の行動を分析していても、顧客の体験全体は十分に理解できないでしょう。

たとえば、ECで見た商品を店舗で試して気に入り、帰宅してからECで購入したとします。その場合、ECのデータだけを見ていては、『店舗を訪れて試着をした』という顧客の行動や、店舗体験が購入に貢献したことは見落としてしまうのです」

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OMOは「どのような体験を実現するか」から考える

オンラインとオフラインをまたいで顧客の行動を捉える必要性を感じていたことに加え、三陽商会の新ブランド「CB CRESTBRIDGE」の目指すCXを形にするうえでも、OMOは重要でした。

CB CRESTBRIDGEは『Comfort & Balance』をコンセプトに、今日と明日、ONとOFFがシームレスにつながる暮らしを提案するブランド。お客様一人ひとりが年齢や体型、容姿、ライフスタイルに合った着こなしを楽しみ、日常が豊かになる体験を実現することを掲げています。

そのために、三陽商会は大きく3つの要素が必要であると整理しました。

  • 他のメーカーやブランドにはない商品価値の提供
  • 商品やサービスに対する不満や不具合の解消、利便性の向上
  • お客様のライフスタイルに寄り添う、多様な接点を横断したコミュニケーション

3つ目の要素は今回のトライアルに深く関わっています。三陽商会では、OMOをデータの分断を解消するのはもちろん、新しいブランドの目指す世界観や体験を形にする取り組みでもあると捉えていたからです。実際にプレイドとトライアル自体のコンセプトについても長い時間をかけて議論を重ね、『いつだって、‟自分らしく”いられる』というブランドのらしさを体現する言葉を策定しました。

萩村氏は、提案したい価値や体験を描いてからOMOに取り組むことの大切さを、OMOの“生みの親”に言及しながら説明します。

萩村氏「OMOは、2017年に元Google ChinaのCEO李開複氏が提唱し、注目を浴びるようになりました。李氏は自身のブログのなかで、当時中国で急成長していたシェアサイクルサービスを例に挙げ、オンラインとオフラインが融合された近未来的な世界そのものをOMOと呼んでいます。(参考記事※外部サイトへ遷移します

その後OMOはそうした世界を実現する取り組みや手法を指す言葉としても使われるようになりました。日本ではOMOと言うと『オンラインとオフラインを連携させ、どう送客するか』といった話題に偏りやすいように感じます。

もちろんそれも大切ですが、李氏の定義を踏まえるなら、オンラインとオフラインの境界をなくし、最終的にどのような顧客体験、ひいてはどのような世界を目指すのかといった議論こそが重要だと考えています。個人的にはCXの向上こそがOMOの本質であるとすら思っているんです。

三陽商会におけるデータの分断を解消するうえでも、ブランドの目指すCXから議論を始め、具体的な取り組みに落とし込んでいきました」

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店舗×ECのデータから浮かび上がってきた顧客の文脈

実際にトライアルではどのような仕組みを構築し、体験向上を図っているのでしょうか、萩村氏が詳しく紹介します。

萩村氏「店舗とECの顧客行動を計測し、KARTEにデータを統合・分析し、その結果をもとにニーズや文脈に合わせた施策を行える仕組みを構築しました。

具体的には、お客様が店舗を訪れた際、入り口でQRコードを読み取り、チェックインを行います。特設ページにて利用許諾に同意すると、3D距離センサーによる店舗での行動解析がスタート。店舗での行動データとECでの商品閲覧データなどをかけ合わせ、一人ひとりの好みや興味に応じた商品の提案やイベントキャンペーンの案内を行うことができます。

2022年4月にオープンしたCB CRESTBRIDGEの第一号店舗、ららぽーと横浜店に実装し、検証しているところです(2022年4月時点の情報です)。もちろん行動データの収集と活用については、お客様の同意を取得するなど、法令に従った対応を前提としています」

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トライアルでは、店舗における行動データの解析を『OMO OnBoard』、ECにおける行動データの分析やオンラインとオフラインのデータ統合を『KARTE』が担っています。

OMO OnBoardは、店舗や展示会に設置したAIカメラやセンサー、QRコードなどオフラインの接点で得た情報と、Webサイトやアプリなどのオンラインの接点で得た情報を統合・分析できるSaaSインテグレーションサービスです。

KARTEは、Webサイトやアプリのユーザー行動をリアルタイムに解析し、属性やニーズに合わせたコミュニケーションを実現するCXプラットフォーム。KARTEの行動データと自社のデータを統合し、施策に活用できる『KARTE Datahub』も展開しています。

三陽商会では、すでに導入していたKARTE Datahubの利用を拡張し、既存のオンラインの行動データとCRMのデータ、店舗POSのデータを連携。Webサイトの閲覧後、どの店舗を訪れ、どの商品を購入したかなど、オンラインとオフラインをまたいだ顧客行動をデータで把握できる環境を整えました。KARTE Datahubを通して、販促やセールス、Web、VMD(顧客が買い物を楽しめる売り場の設計)など、顧客接点に関わる担当者がいつでも最新データを閲覧できるようシステムを整備しています。

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今回のトライアルを通して、店舗での行動がより解像度高く見えるようになり、新たなインサイトを得られたそうです。

例えば、ららぽーと横浜店では、OMO OnBoardで分析した店舗での行動のデータを元に、入り口から奥に向かって『入店のフックとなるゾーン』と『回遊を促すゾーン』『アイテムを検討するゾーン』の3つのゾーンに店舗を分けました。その上で「フックとなる商品を見て店舗に入っていただき、奥まで進むことで試着率が高まり、購買につながる」という仮説を検証したのです。

実際に店舗の行動データをみてみると、仮説通り、購入者の6割が左奥のゾーンまで進んでいました。一方、奥に進んだかどうかと試着率はあまり関係がないことや、『入店のフックとなるゾーン』を立ち寄ったお客様ほど試着率が高い傾向なども明らかになっています。

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さらにKARTE Datahubで店舗とECのデータを統合することで、顧客の店舗とECの利用割合やチェックインした顧客の会員割合、ECへの流入元、居住区、年齢なども把握し、分析に活用できるようになりました。

実際にこれらのデータを使って、一人の顧客の行動を詳しく分析し、ニーズや課題を深掘りしていくn1分析も、KARTEを使って実施。セッションでは二つの分析事例が紹介されました。

分析事例① 神奈川県在住の10代の女性

この方は、2021年に会員登録のみを行い、2022年の6月にCB CRESTBRIDGEの店舗イベントが掲載されたメルマガを経由して、ECにアクセスしました。その数日後、店舗に来訪して商品を購入。今も定期的にECを訪れていることがわかっています。

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分析事例② 既存のレーベルのロイヤル顧客

この方は、以前から年間を通じて高い頻度で店舗とECを訪れ、商品を購入していました。2022年4月「CB CRESTBRIDGE」のオープン初日に店舗を訪れ、その後も定期的にECを閲覧し、同年の5月にもECで商品を購入しています。店舗を訪れた後はECでのページ閲覧数が下がる一方、ECでの購入前後は急上昇する特徴も見つかりました。一つ目の事例にはみられなかった行動です。

また、OMO OnBoardの3D距離センサーから得られたデータから、この顧客が店舗を訪れたときの行動も把握できています。具体的には、ブランドにとって象徴的な商品を並べた『入店のフックとなるゾーン』から入店、そこから店舗の奥に進み、さらに手前のエリアに戻って洋服を試着。試着している状態で中央の雑貨のエリアも回遊した後、試着した洋服と雑貨を購入していました。

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『いつだって、‟自分らしく”いられる』を実現していきたい

セッションの最後にはトライアルからの気づきを踏まえ、今後の取り組みの展望が共有されました。

一つは、店舗とECの顧客データをKARTE Datahubで統合、分析し、顧客が店舗とECどちらを多く利用されるのかなど、一人ひとりの行動に合わせた施策を出し分けること。たとえば、顧客が来店した後に、新着の商品や人気の売れ筋商品を提案する、試着した商品のレコメンドや在庫数、価格の変更を通知するなど。顧客が店舗を訪れた後、ECでのアクションにつなげる施策を検討中です。

二つ目は、店舗からのアクションの拡充です。一度店舗を訪れた顧客が「また行きたい」と感じるコミュニケーションを、スタッフの手を借りて実現するアイデアを考えているそうです。具体のアイデアとして、LINEなどのSNSを活用して顧客と直接やりとりし、好みに合わせた商品やコーディネートを提案する施策などを挙げました。

こうした施策を検討するうえで大切にしているのは、顧客にとって便利かどうかだけではなく、ライフスタイルに沿ったシーンで必要な商品を提供するというブランドの世界観、コンセプトを体現できているかという視点です。これからも「実現したい体験やブランドの世界観」を起点に三陽商会によるOMO、CX向上の試みは続きます。

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