なぜレノボ・ジャパンは人事評価にCX関連項目を組み込んだのか?プロダクト至上主義から顧客満足重視へ、企業文化変革への挑戦|Experience Insights #4
ここ数年で、プロダクト中心の“企業目線”から、顧客の満足を重視する“顧客目線”へのシフトが進むレノボ・ジャパン。社内で「CXの自分ごと化」を推進するため、どのような工夫が行われているのでしょう。レノボ・ジャパン COOの山口仁史さんに伺いました。
- 山口 仁史やまぐち・ひとふみ
- レノボ・ジャパン合同会社 執⾏役員 COO 兼 Integrated Operations事業部長
- 2001年にP&G入社。サプライチェーンファイナンス、、カスタマーチーム・ファイナンスマネジャー、流通戦略などを経験。2011年にモルソン・クアーズ・ジャパンCFOに就任、バックオフィス全体を管轄。2014年、ハイアール アジア グループに移り、 アジア全体のファイナンスVPや日本のマネージングダイレクターなどを歴任。2018年8月から現職。コーポレートストラテジーやセールスオペレーション等レノボ・ジャパンのオペレーション全般を管掌している。
2011年から9年連続で国内PC出荷台数の首位を走る、Lenovo(レノボ)グループ。日本をはじめ世界180以上の国と地域にも支社を持つ同社の実績はさることながら、近年ではCX(顧客体験)への取り組みにも注目が集まっています。
2018年に同社が発表したカンパニービジョンでは、「お客様の満足度を最優先する」と明言されています。その背景には、コモディティ化が進むPC業界において、製品のクオリティを追求するだけでは生き残れないという同社の危機感がありました。製品以外の部分でもこれまで以上に顧客に喜んでもらうために、全社的にプロダクト性能や生産効率を重視していた文化から、顧客目線を重視する文化へと転換を図っているのです。
日本支社であるレノボ・ジャパンでも、この数年で顧客に寄り添った試みを推進してきています。顧客視点の文化を社内に浸透させる数々の工夫について、レノボ・ジャパンのCOO(チーフ オペレーションズ オフィサー)として社内でCXのプロジェクトチームを発足させ、その指揮をとる山口仁史さんにお話を伺いました。
国によって施策は違えど、顧客視点に立ち続ける意識は同じ
レノボグループは顧客目線を重視する文化へと転換していると伺っています。そんな同社が考えるCX(顧客体験)とは、どのようなものでしょうか?
レノボグループは、ロイヤリティ醸成につながる体験を顧客に提供するために「レノボ カスタマー エクスペリエンス ビジョン」を打ち出しています。このビジョンのもと、顧客から聞く「Listening」、顧客から学ぶ「Learning」、顧客の体験を改善する活動を毎日続ける「Improve」の3つを重視して取り組んでいます。
ロイヤリティの醸成とは、簡潔に言えば、レノボの商品を手にしたお客様に「レノボの製品を買ってよかった」「次もレノボにしよう」と思っていただくことです。企業視点で言えば「お客様のロイヤリティを高めること」ですね。
ただ、これだとどうも上から目線に聞こえてしまいます。社員にとっても、具体的にどのような行動を指すのかはわかりづらい。なので、私が社内でCXについて説明するときは、こう話しています。
「自分がお客様なら、どんな製品を買いたいと思うか?どんな接客を受けたら、そのブランドを好きになるか?といったお客様視点の質問を自身に投げかけましょう」
こうしてお客様を自分に置き換えて考えみることで、私たちがお客様に提供していくべき体験をシンプルにイメージできると考えてます。
レノボグループ全体で「お客様のロイヤリティを高めることが重要」という考えが共有されているのでしょうか?
そうですね。「レノボとして実現すべきCX」の捉え方は、各支社でほとんど差はありません。ただ、国ごとにお客様のニーズは異なるので、実施する施策や優先順位も変わります。接客やマーケティング、カスタマーサポート等だけでなく、製品開発においても、お客様がどんな場面でPCを使うのかによって、重視するべきポイントがエリアによって変わります。
例えば、私がアメリカで働いていたときは、車通勤が主流な地域だったためか、「軽いPCがほしい」という意見はほとんど聞きませんでした。一方、日本では製品の軽さや薄さを重視する声をよく耳にする。それはおそらく、電車で通勤や通学をする人が多く、持ち運びの負担を減らしたいからだと予想できます。
このように、あらゆる面からお客様を理解し、その人たちに満足していただくにはどうしたらいいのかを考える。支社によって施策の内容は違うかもしれませんが、根底にある思想は同じです。
顧客視点重視の企業文化へと転換するためにどのような活動が行われたのでしょうか?
レノボグループには、CCEO(チーフ カスタマー エクスペリエンス オフィサー)の役職が新設されました。従来のプロダクト中心の考えから、お客様や体験を中心とした考えへのシフトを全社的に推進するための役職です。
CCEOは、常に顧客の声を聴くことができるようになるにはどうするか、社内に散在するデータをどうやってつなげていくか、そのための仕組みをどう構築するかといった体制の整備。さらには、全社員が顧客の声を理解できるスキルを持つための活動を推進しています。
グループ全体での取り組みとして、各支社のCXに関する施策内容や実績を評価する会議も四半期に一度、開かれるようになりました。各国の重役が集まり、レノボグループとしてどのようなCXを目指すべきか、具体的にどのような取り組みをしていくか、などを議論しています。
ほかにも、200人以上のロイヤルカスタマーが参加し、9つのカウンシルで構成される「カスタマー アドバイザリ カウンシル」では、気に入った点、気に入らない点など、率直な意見を聞くようにしていたり、リサーチアプリを通じて顧客からのフィードバックを直接得る仕組みも用意しています。
こうした動きはなかなかボトムアップでの推進は難しいものです。トップダウンでこうした文化の推進を決定し、その後実施されている社内での取り組みを受け、私自身「お客様の体験を重視した企業に生まれ変わるために、全社をあげてCXの向上を目指す」というレノボの本気をひしひしと感じています。
全社員の「CXへの当事者意識」を高めた評価制度の改良
グループ全体での顧客視点重視の文化を浸透させるために、レノボ・ジャパンではどのように活動されていますか?
レノボ・ジャパンでは、CCEOといった役職やCXを専門に扱う部署は設置しておらず、お客様に向けた改善施策の立案や進行管理は、プロジェクトチームが担っています。プロジェクトチームのメンバーは営業や企画、製品開発、サプライチェーン、サービスなど各部署から選抜された社員たち。通常業務と並行して、プロジェクトに参加しています。
プロジェクトチームでは、お客様へのアンケートを四半期に一度実施したり、その回答をもとに、どこの部署が、どのフィードバックに対応できるかを考えたり、年間を通じて施策をリードします。このチームができたことで、現場レベルでの改善施策が週次のペースで回るようになりました。
プロジェクトチームという体制を選んだのはどういった理由からだったのでしょうか?
通常業務でお客様と関わる環境にいるメンバーでチームを構成できれば、アンケートで拾った声を改善するための施策を、現場の経験や体感をもとにスピーディーに考案、実行できると考えたからです。
「このフィードバックに対して、リペアセンターでできることは何なのか?」「これは時間がかかる施策なのか?」といったことを、これまでの業務経験と照らし合わせて即座に判断できる。改善までのスピード感が問われる課題もありますから、状況把握や情報の共有、伝達にかかるコストをカットできるプロジェクトチーム体制は有意義だと考えています。
プロジェクトチームとして、どのような活動を実施してきたのかを教えてください。
本社からCCEOを招いてCXに関する知見を深める「CX Day」や、全社員を巻き込んだ「CX Week」というイベントの開催、人事評価にCXに関する項目を組み込む、現場での施策の実行、施策の効果測定などですね。
年に1回開催している「CX Week」では、なぜレノボがCXを大切にするのかやNPS®の推移、レノボ・ジャパン各部署のCXに関する取り組みや進捗などを話し合っています。CX Weekではもちろん施策の改善点も議論しますが、お客様から評価されたポイントを話すことも重視しているんです。
自らの活動を振り返るときは、ついついできなかったことに目を向けがちですよね。しかし、お客様の満足度を追求する過程では、課題の改善ばかりに注力するのではなく、強みを評価し、磨きあげる意識も大切だと考えています。それが他社との差別化にも繋がるのかなと。
人事評価にもCX(顧客体験)に関する項目を組み込んだとのことでしたが、どのような評価制度になっているのでしょうか。
レノボ・ジャパンでは、個々人が人事評価のためのワークプランを作成するのですが、その中に「CXに関する取り組みを最低一つは入れる」ことが、全社員に義務付けられています。KPIとして「○○率を3%向上させる」といった具体的な数値を挙げ、その他の目標とともに年度の中間と年度末にレビュー。
他の業績とCX関連項目は切り離されているので、業績面の目標を大幅に上振れて達成すればCXへの取り組みを行わなくてもカバーできる、ということにはなりません。逆にCXに対して真剣に取り組めば、しっかり評価にも反映される設計になっていると思います。
とはいえ、バックオフィスなどお客様に接しない部署で働く社員が、直接的にお客様の体験を良くするアクションプランを考えるのは難しい。なので、CX改善の対象は必ずしもお客様でなくてもいいと伝えています。バックオフィスのサービスを提供する相手が「社員」なら、彼らの体験を良くする施策を考えるのもOKです。
この制度を導入し始めた2年前に比べると、ワークプランの内容も、すごく具体的かつ有効性の高いものに変化してきました。ここ数年で、「CX」という単語が社内で飛び交うようになったのも、当事者意識を持ってCXに向き合う社員が増えた証拠だと思います。
施策の“妥当性”を注視し、できることから積み上げていく
顧客視点が浸透し、様々な施策が実行されているかと思いますが、施策の効果はどのように計測されていますか?
レノボグループ全体として、CX関連の取り組みのKPIとしてNPS®を置いています。NPS®という大枠があり、その中に品質、サービス、配送などいくつかの項目が定められていて、各項目に対するお客様からの評価が重要な指標となります。
それらの指標に加え、レノボ・ジャパンでの取り組みについては、施策内容に合ったKPIを個別に定めています。ですが、これが難しい。
例えば、PCを修理に出してから戻ってくるまでの体験を改善する場合、「修理品の工場到着からお戻しまでの時間を前年対比で20%短縮」といったKPIを設定したとします。ただ、お客様の都合を考慮せず希望日より早く届けたとしても忙しくてなかなか受け取れなければ、結果として満足度の向上にはつながらないかもしれない。
ならば、「お客様がPCを戻して欲しい日に確実に製品を戻す」ことを目指すべきだということになります。
一概には決められず、施策の評価についてはかなり試行錯誤されているんですね。
難しいですね。ただ、「これがお客様のためになる」という確信があれば、大きな変化も実行します。2019年11月から山形県の米沢工場で始めた法人向けデスクトップPCの生産は大きな変化でした。これは「注文から納品にかかる時間をもっと短くしてほしい」というお客様の声をもとにした施策です。
それまでは海外生産だったので、発注から納品まで2~3週間を要していました。今では最短5営業日で納品できます。設計、生産、サービスのすべての拠点が日本にあるのは、外資系のPCメーカーでは、レノボ・ジャパンが唯一です。この体制によって修理にかかる時間も短くできるなど、よりお客様の要望に応えやすい環境が整ったと考えています。
このように、日本の住宅環境や商習慣など、お客様を取り巻くあらゆる状況を考慮した上で、本当に成果と言える指標を見つけ出すようにしています。どのような体験を、どのように改善するのか、どう評価するのか。常に徹底的に議論し、真にお客様の満足につながる施策を実施していきたいですね。
これまでプロダクト優先だった企業が、顧客視点重視の企業文化へシフトするためには、どのようにCXと向き合っていけばいいでしょうか?
CXは非常に大きなテーマですし、すべての課題に対して、対応できるわけではありません。ただ、どんなに小さなことであっても、すぐにできることはないかと考え、少しずつ改善していくことが重要だと思います。
実際、コロナの影響で市場の需要が急拡大したことに対して完全に対応しきれずに、現在お客様には納期等で大変ご迷惑をおかけしてしまっています。全力で取り組んではいますが、その点については大変申し訳ないと考えています。
明日から変えるのは難しいことも「すぐに改善するのは難しいから」と止まるのではなく、お客様からのフィードバックを咀嚼し、会社として取り組むべき優先順位を考え、できることから始めてみる。レノボ・ジャパンとしても、この姿勢を大切にしていきたいです。