CX Story

企業のDNAを維持した上で変わり続ける。カインズが取り組む”IT小売業”への変革と文化の継承|Experience Insights #10

カインズは2019年、3カ年中期経営計画を発表し、ホームセンターから”IT小売業”への転身を掲げました。4つの柱のひとつにデジタル戦略を据え、ITチームの立ち上げを皮切りに精力的に活動。他領域の改革も含め、2019年度の売上高は前年比+4.6%となり、業界首位となりました。「周りを巻き込んでいかないと変革にはならない。そう意識しながら、企業文化の継承も含めて推進しています」と語るのは、デジタル戦略本部長の池照直樹さん。将来を見据えた変革2年目の、CXとEXについて聞きました。

デジタルが発展した今だからこそ、リアル店舗の接客の価値が見直されています。店舗では、顧客体験と同じくらい、そこで働く方々がストレスなくスムーズに仕事ができる従業員体験、EXも大事です。その部分をデジタルで支え、「お客様に対峙する時間を増やそう」としているのが、カインズです。

カインズは2019年、3カ年中期経営計画を発表し、ホームセンターから”IT小売業”への転身を掲げました。4つの柱のひとつにデジタル戦略を据え、ITチームの立ち上げを皮切りに精力的に活動。他領域の改革も含め、2019年度の売上高は前年比+4.6%となり、業界首位となりました。

「周りを巻き込んでいかないと変革にはならない。そう意識しながら、企業文化の継承も含めて推進しています」と語るのは、デジタル戦略本部長の池照直樹さん。将来を見据えた変革2年目の、CXとEXについて聞きました。

この先30年を見据え、顧客体験をデジタルで円滑に

カインズさんでは現在、顧客体験向上と店舗オペレーション改善のためのDXを勢いよく進められています。2019年3月に発表された中期経営計画に基づくものだそうですが、まずこの計画の内容を教えてください。

中期経営計画「PROJECT KINDNESS」は、カインズのこの先30年を見据えた変革の方針です。カテゴリ戦略、デジタル戦略、空間戦略、そしてカインズでは従業員をメンバーと呼んでいるのですが、メンバーへの還元という4つの柱を立てています。

これは、社長交代と同時に発表したものです。2019年3月1日の設立30年を機に、創業家2代目の土屋裕雅前社長が会長となり、経営改革のために2016年から参画していた高家正行社長による新体制となりました。

私自身が正式にカインズへ参画したのは、計画発表後の7月ですが、2016年から顧問としてデジタル戦略の計画に携わってきました。実は土屋さんと同郷で、同じ高校出身なんです。群馬の実家近くの、カインズ前身の「いせや」には父親とよく行っていました。2015年ごろ、私が登壇したセミナーに当時のEC事業部長が参加してくれて、それを機に土屋さんに会い、DXを担うことになりました。

正式な入社の前から、経営陣に並走してこられたのですね。次の30年を見据えて、顧客との間にどのような課題があったのですか?

いちばん大きいのは、人口構成の変化です。現在の主な顧客は40~60代ですが、デジタルネイティブの若者が中心顧客層になる時代には「チラシを見て散歩がてらに」という来店は期待できないでしょう。使うデバイスも購買様式も、ネットに対する考え方も全然違う今の20歳の人が、10年後もレジに行列するなんて、信じられない。そう考えると、新しい顧客層にフィットする店舗やECのあり方を、近いうちに確立する必要があります。

そこで先の4本柱のうち、デジタル戦略のテーマを「わずらわしさ解消からEmotionalな体験の創造」としました。現場をみると、まだまだ顧客にわずらわしさがあります。これを解消してから、プラスアルファの体験を創出する、この順番が大事です。わずらわしさがあるのに斬新だったりおもしろいことをしても、顧客には響かないので、「すぐ見つかる」「お会計が早い」といった状態を実現した上で、プラスアルファとして顧客とのパーソナライズな関係を築く基盤づくりに取り組む方針を挙げました。

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カインズ店内。多種多様な商品を取りそろえ、工具や3Dプリンターなどを備えたDIYコーナーや、マルシェやオリジナルカフェを併設する店舗も多い

もともとカインズの社名は「kindness」に由来し、メンバーへ還元する姿勢も創業当初からあったそうですね。中経の4つ目の柱、従業員への還元についてもうかがえますか?

還元する姿勢は、たしかに昔から根付いています。いせやのころから、プロフィットシェアの制度があったんです、50年前にそんな仕組みを持つ会社は極めてまれだったと思います。ただ、この制度はもっと進化していいというのが、現社長の高家の考えです。

これを私の職域に落とし込むと、デジタルを顧客に対してだけでなく、メンバーに対しても十分に役立たせることになります。店舗での働き方をみると、品出しなどに効率化や改善の余地がまだまだ多い。店舗運営をITで支援すれば、それだけ顧客に対峙する時間を多く取れるので、そのためのデジタル活用も進める方針を立てました。

チームを立ち上げ、組織を変えるのに必要な”地図”

具体的にどうデジタル戦略を進めていったのか、教えてください。

まず必要なのは、”地図”――変革のロードマップです。中経はあくまで骨子なので、この大きな方針だけでは現場を回せないし、人の採用もできません。そこで、何をいつどのように進めていくかを、中経策定後の4-5月に一気に描きました。テクノロジーの面で30年を描くのはさすがに無理ですが、まずは5年後の文化をつくることを考え、約5年分、すべきことをプロジェクトに切り分けました。

この地図づくりは、私一人で進めました。リーダーが一人ですべてを把握していないと、統率力が弱くなるんです。それに、どうしてもプロジェクト間の関連が出てくるので、複数人で分担すると全体の整合性が取れないし、効率も悪い。たとえば店舗メンバーが在庫管理や品出しに使うアプリの機能は、顧客向けアプリでも売り場を探すのに活かしています。ここを分断して進めてしまうと、それだけ時間もコストもかかります。

また、地図がないと、経営の理解も得られません。「DXがうまくいかない」というマーケターの泣き言をよく聞きますが、それは”点”で説明しているから。全体像を見せた上で、「今はこの段階だからこの施策を進める」と話さないと頓挫して当然です。DXとはつまり、PL改善の手段です。トップラインを伸ばすか、コストを下げるかしかないので、それを踏まえて経営とも話を重ねました。

なるほど、まさにロードマップですね。どういう観点で作成していくのですか?

まず、プロジェクトを切り分ける粒度が重要です。極力、それぞれを独立させないと「Aが終わらないとBを始められない」という事態になり、全体の進行が止まります。しかし細かすぎると、自分たちが何をしているのかを見失ってしまうので、ちょうどいい粒度でプロジェクト化していきます。

その上で、たとえば「店舗メンバー用のアプリ開発プロジェクト」なら、最初のリリースでは何を実装する、検索エンジンはいつ変える、裏側のデータ連携の仕組みはどうつくる、など極めて細かくやるべきことと順番を決めていきます。

”地図”を一人で描ききるのは、大変だったのでは?

簡単ではありませんが、地図を精緻に描いたから、その後に誰に説明するにもわかりやすく伝えられ、新しいメンバーも迷わずについてきてくれたと思います。

また、地図は一人で描いても、その実行はチームで一緒に進めていきます。誰かが力技で実行することは、その誰かがいなくなると止まります。周りを巻き込んで仕事を進めないと、変革にはならないので、周りを巻き込むことを意識して、企業文化の醸成も含めて進めていきました。

企業には必ず、DNAがあります。それは倒産寸前にならない限り変えられないし、変えるべきではないと私は思っています。我々カインズが根っこに持っている強さ、たとえば顧客により利便性の高い商品を低価格でつくろう、大量仕入れによってナショナルブランドも低価格で提供しよう、といった意志を維持した上で、5年後10年後も変わり続けられる組織をつくることが必要でした。

会社のDNAを受け継いでDXを進めるために、新メンバーに文化を共有

デジタル戦略における大きな動きとして、新たにIT人材を数十人採用し、2020年1月には表参道に「CAINZ INNOVATION HUB」を開設されています。この体制づくりについてうかがえますか?

中経発表時点では、拠点の開設までは見通していませんでした。計画をブレイクダウンする過程で、相当数の新しいIT人材が必要だと思ったものの、都心に有数のIT企業がある中で彼らをカインズ本社に、埼玉の本庄早稲田に連れてこられるのか、という懸念がありました。また、彼らがスタンダードとする働き方もカインズ本社とは違うので、給与体系などを含めてすり合わせができるよう、子会社を設立し、都心に拠点を構えました。

2019年7月ごろから人材採用に奔走しましたが、最初は「カインズでIT? え?」という反応で、とても難航しましたね。ヘッドハンターなど採用支援の方々にも我々のやりたいことを共有し、候補者に本気度を伝えてもらいました。

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ビル1階はカフェとして一般にオープン、カインズの誇るPB商品を見やすく陳列するほか、情報発信も進めていく。コーヒーにもこだわり、全国のカインズ内カフェにも展開予定

これまでのカインズに、新しい風を吹き込んだわけですね。ただ、DXを内製化して進める場合、既存組織と水が合わない、足並みがそろわないという話も聞きます。

そうですね。ポイントは3つほどありました。まずは前提として、前述の地図があったこと。2つ目は、初期の30人の新メンバーに対して数人でしたが、カインズ歴の長いメンバーが大きな役割を果たしてくれたこと。3つ目は、カタカナ英語の禁止です。

私はDXの地図に基づいて、候補者に対して仕事内容をできるだけ具体的に思い描けるように伝え、またポジションありきではなく「この人ならこういう仕事が合うのでは」と人に仕事をアジャストしながら採用を進めました。

でも、たとえ地図があっても、古参メンバーがいなかったら組織崩壊していたと痛感しています。外部から人を採用する際は、経験がある人ほど来るのが遅いんです、前職を辞めるのに時間がかかるので。だから夏ごろは、若手30人に古参3人というわちゃわちゃ状態でした(笑)。

なかなか混乱を極めそうですが……そこで頼りになったのが、カインズ歴の長い方々だったと。

はい。古参メンバーは新しいメンバーに、カインズの文化や歴史を丁寧に語り、一般的なルールとカインズでのルールが違うときに、なぜそうなったのかの背景をひも解いてくれました。単なるITに強いチームではなく、カインズのITを支えるチームにならないと、DNAを受け継いでいけません。そのために、新しいメンバーにもカインズのすばらしさを理解して「ここで働きたい」と思ってほしかった。古参メンバーはその部分を支えてくれました。

チームで進めるために何が大事かといったら、やはり会話です。それはITチーム内だけでなく、本部や店舗のメンバーとの間でも同じなので、IT領域で飛び交うカタカナ英語を禁止にしました。店舗メンバー用のアプリにしても、現場の働き方をよく知った上でデジタルに落とし込まないとうまくいきませんが、そのためには伝わる言葉で話し、互いを理解し合うことが不可欠です。私は滅多に怒りませんが、カタカナ英語を使ったときは怒ります(笑)。

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事前注文して店舗のロッカーで受け取れる取り置きサービス「CAINZ PickUp(カインズピックアップ)」。コロナ禍を鑑みてローンチを早めた

デジタルで顧客に向き合う時間を増やし、よりよいサービス提供へ

ITチームが早速稼働し、店舗メンバー用アプリの開発、また顧客用アプリの刷新と好調に滑り出していますね。社内から感想などはありますか?

店舗メンバー用アプリによる効果は、品出しがとても効率的になったと好評です。熟練メンバーの知見ももちろん大事ですが、ITの下支えがあれば、経験が浅くても広い店内で効率的に働けます。その分だけ接客に時間を割ければ、本人の成長も早いはずです。

顧客向けアプリは、前述のようにまずはわずらわしさ解消が優先なので、たくさん感想が届くようなインパクトのある施策はまだできていないのが現状です。ただ、確実に便利にしているので、使い続けていただくうちにファンになっていただければと期待しています。

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在庫検索や品出しに役立つ店舗メンバー向けアプリ「Find in CAINZ」の説明会の様子。売り場や在庫の検索は、裏を返すと顧客にも役立つので、この機能は顧客向けアプリにも搭載している

最後に今後の展望と、この先の顧客体験、また従業員体験をどう構築していきたいかうかがえますか?

改革の1年目としては、おおむね地図に描いた通りにスピード感を持って進められましたが、全体に対してはまだ0.5合目くらい。顧客とメンバーの体験、それを支えるデジタルが、かみ合って回り始めたかな、という感触です。今後もさらに勢いよく進めて、早く顧客のわずらわしさをゼロにして、パーソナルな体験を提供できるフェーズに進めたいです。それが我々が目指すIT小売業の姿です。

普通に考えれば、サービスを手厚くすると、小売業にとってモノに次いで大きな費目である人件費は増えてしまいます。でもITを活用すれば、人件費を増やさずに、サービスを改善していく余地がまだまだ生まれます。皆が余裕をもって接客することができる。サービス改善とコスト増加の防止、この二律背反を両立するデジタル投資は、引き続き一定量が必要だと思いますし、経営もその方針です。

1年目は、ひとまず店舗メンバー用に在庫検索アプリを整えた後は、対顧客の施策に注力していました。今期と来期は、もっとメンバーが働きやすくなる活動に注力します。すると巡り巡って、顧客に対峙する時間が増え、顧客により貢献できることになります。カインズのDNAを大切に、今後も手を緩めず改革を進めていきたいです。

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