CX Story

「損得を忘れられる究極のCXとは」クラシコム青木×プレイド倉橋 対談【前編】

CX(顧客体験)という概念が注目を集め、重要視する企業が増えています。一方で、CXを一元的に測定できる指標などもまだないなかで、それぞれの企業が優れたCXを提供するために悩み、試行錯誤している現状があります。このようななかで今回は、「理想の顧客体験とは?」というテーマのもと、弊社代表の倉橋が、ECサイト「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムの青木耕平氏にお話を伺いました。

CX(顧客体験)という概念が注目を集め、重要視する企業が増えています。一方で、CXを一元的に測定できる指標などもまだないなかで、それぞれの企業が優れたCXを提供するために悩み、試行錯誤している現状があります。このようななかで今回は、「理想の顧客体験とは?」というテーマのもと、弊社代表の倉橋が、ECサイト「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムの青木耕平氏にお話を伺いました。その模様はMarkeZineで公開されていますが、CX Clipでは特別編として「対談全文書き起こし」を掲載します。2人にとっての理想のCXを巡る濃密な対話、ぜひお楽しみください。

理想のCXに設計図は必要ない

倉橋 :今回は「CX」というテーマでの対談です。ここ最近、いろいろなところで耳にするようにはなったのですが、あまり本質を捉えないまま使われたり、意味合いにブレがあったりすることも多いのではないかなと。ですので、まず、青木さんはCXというものをどのように考えられているか、うかがえますか?

青木 :CXって本質的には、ある明確な何かを目指して、設計図があって、完成形を想定して、そこに向かってつくり上げていくというエンジニアリング的なアプローチでは、もしかしたらたどり着かないのかもしれないなと思っているんです。

だから、良かれと思ってやっていることの総体が、結果的にあるところにたどり着いて、ある独自の、それぞれのすてきさみたいなものを生む気がするんです。例えばクックパッドで「おいしいシチューのつくり方」と調べて、帰りにスーパーで、その材料をいわれたとおりに買ってレシピでつくるというアプローチもあれば、「ちょっと今日倉橋さん来ちゃったから、冷蔵庫の中のありあわせのものでなんかつくらなきゃ」といってレシピを考えるということもある。

どちらも同じように、そのシチューというプロダクトをお客さまに提供するということなんだけど、案外、僕は後者のプロダクトのほうが好きなんです。なぜかというと、相手が誰かということを想像せずに、今の状況も考えずに、とりあえず、こういうのがいいだろうと自分で頭の中で考えたことだけでつくっちゃうというのが前者だと思うんです。

だけど、その人の経験とか、個性とか、つくり手のほうもそうだし、今日来る倉橋さんがいて、時間帯があって、天気があって、冷蔵庫を見たらブロッコリーとジャガイモと豚肉があって、そういえばルーも買ってあったな、というプロセスを経てできるシチューのほうが、僕はすてきだなと。

CXという観点で見ても、例えばそういうふうに提供される飲食店があったら、すごくいいなと思うんです。なので、本質はなんだと固定的な心理があるみたいな感じで捉えて取り組むと、実は全然つかまえられなくて。気が付いたら、これが良かったんじゃないかな、くらいな。僕は考え方がいい加減なので、そういうふうに思いますけど。

お互いが見えていれば、期待とのズレも楽しめる

倉橋 :期待とのズレも含めて体験、ということですね。

青木 :そうそう。変なものが出てきたなということも含めて、楽しかったりするじゃないですか。「いや、これさ」ってなることも含めて。期待していたのはこういうんじゃないんだけど、まあでも食べてみたらうまかったという。倉橋さんはどうですか?

倉橋 :今お話しいただいたこと、そのままめちゃめちゃ共感できるなと思っていて。僕も、期待していたとおりのことが体験として出てくることが理想のCXかといわれると、なんか違う気がしているんです。多くの体験って相手とかサービスを介して作られますよね。

誰もに均一化された体験ももちろん悪くはないけど、先のシチューのようにお互いを理解し合っている前提があった時には、「おいしいシチュー」という期待とズレたとしても、提案や驚きを含んだ良い体験になったりして。人っておもしろいですよね。これを紐解くと、お互いが見えている状態で、提供する人がどう届けたいかという思想があり、それを受け手も楽しむというような関与が、良い顧客体験のベースになるような感覚があります。

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青木 :確かにそうですね。

倉橋 :インターネットだとどうしても、ユーザーのことを考えているつもりでも、途中から数字のハックみたいになってしまうじゃないですか。見えるがゆえに。

青木 :人間を構成する化学物質は何であるか、みたいなことを考えて、構成要素をそろえて、ガチャガチャとやったら人間が出来るわけではないわけですよね。でも、今多く語られるのって、人間というものを要素分解して、構成要素がわかって、それをそろえて組み上げれば人間になるのであるという前提に立っているような気がするんです。

要するに、顧客体験を良くしようといって、じゃあ、顧客体験を因数分解しようとなり、顧客体験とは要素A、B、C…とやっていって、それぞれが上がっていったら、顧客体験の総和は大きくなるはずだという、そういうアプローチだと思うんです。だけど、そんなことってあるのかなと。

例えば、よく僕らの世界であるのって、来てから40日以内に買い物をすると、2回目の買い物が起こる確率が高いということがわかりましたと。今、40日以内に買っている人が30パーセントだから、40日以内に買う人を60パーセントにしたら、めちゃめちゃ上がるじゃん、みたいな。

でもそれは、ごく自然に40日以内に買っている人がそうなのであって、この「40日以内」という数字に合わせにいくように、いろいろな今やっていないことをやって40日以内に買わせても、2回目が生まれるとは限らないわけです。

だからやはり、CXをつくっていくということの中で、物事をホリスティックに捉えて、全体としてどうなのかという観点がとても重要だと思うんです。因数分解もとても重要な考えだと思うんだけど、それだけでいってしまうと結果的に浅いアプローチになってしまいそうで。自分がお客様だとしたら嫌じゃないですか。40日以内に買わせようといろいろなことをやってきて「みえみえなんだよ、うるせえな」みたいな感じになるわけだけど。

だけど、やっぱり、そういうこともわかっているのはとても大事だと思うんです。相手の体調を見ながら料理する、みたいなことと一緒だから。このくらいに買ってくれる人って、また買ってくれるんだ、みたいな感じで、わかって、1回忘れるくらいが、けっこういいサービスをつくるのには重要だったりする。

理想のCXとは「損得を忘れられる」こと

倉橋 :青木さんが、「北欧、暮らしの道具店」において、これが理想だなと思う顧客体験はどういったものですか?

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青木 :一番は、いいとか悪いとか、損か得かということを忘れられるサービスだと思うんです。それが最高のサービスだなと思っています。どういうことかというと、益田ミリさんの『僕の姉ちゃん』という僕の大好きな漫画がありまして。あれ、最高なんですけど。これは要するに、大人になったお姉ちゃんと弟の話です。その弟との会話の中で、すごくいいシーンがある。

お姉ちゃんが、「あんた、彼女にどういうプレゼントしてるの?」と聞くんです。そうしたら弟が、「ええ、コートとか」と言って、「ああ、いいじゃん」みたいな。なんだけど、「いいけど、それって、あんた、冷蔵庫買ってやってんのと一緒だよ」みたいな。「え? どういうこと?」と弟が聞くと、「それは、喜んでるのは得したから喜んでいるのであって、そりゃ、喜ぶに決まってるじゃん」と。「じゃあ、そんなこと言うんだったら、お姉ちゃん、一番今まででうれしかったプレゼントはなんなの?」と弟が聞いたら、「学生時代に好きだった男の子にもらった第2ボタンだ」と言って去っていくというシーンがあるんです。

そのときの捨て台詞が良くて、「女は、好きな男から得しようなんて思わない」と言うんです。これは、僕にはけっこうインパクトがある。要するに、本当にいい顧客体験を与えて、そのお客さまから愛されるということが実現したときに、お客さまは、お店から得しようとは考えないと思うんです。

つまり、損得というものを忘れられている。そういう損得を忘れられている自分に気づくと、自分のことが好きになれるじゃないですか。自分がもしあるお店のことが好きで、その相手と付き合うことに損得ということを一旦脇に置けている自分って、僕は、その瞬間の自分が好きなんです。でも、ある店から得をしてやろうと思って、ちょっとバーゲンまで待とうかとか思っている自分って、賢いなとは思うけど、そんなに好きじゃないんですよね。

だから、すごく好きな自分でいられるように、お客さまにもできる限りのことをしてあげられるのがベストだとしたら、損得とか、良し悪しを一旦忘れられるような、そういう合理的な判断を忘れられることが目指すべき究極の顧客体験だと思うんです。第2ボタンなんか、もらってもしょうがないじゃないですか(笑)。でも、それって最高の顧客体験ですよね。「じゃあ、これやるよ」とか言われたら、もう天に昇るようにうれしいという状態だから。普通だったら「いらんがな」となっちゃうものなのに。そういうものがどうやったら提供できるのかというのを、ずっと考えています。

人間というシステムにテクノロジーが追いついていない

倉橋 :特にインターネットを活用した大体のビジネスは当てはまることですが、その目的を評価するものとして、例えば売上とか、分解していくと購入確率などの数値があるじゃないですか。この数値の集積を、これまでのビジネス上、「いいお客様」に変換して捉えていたと思います。これをどう、本当の意味でのつながりをつくっていくかとなると、先ほどお話しいただいていたような、人をどう捉えて、お互いにどう体感できるか、みたいなところがキーなんじゃないかなというのは、お聞きしていてすごく思いました。

青木 :インターネットのおかげで、対面の時代よりも、顧客を理解するためのインプットは増えているはずなんです。だから、それを統合するコンセプトさえあれば、お客様のことをよりよく理解できるはずです。インプットは多いほうがいいに決まっているわけだから。ただ、活用方法をどうするかみたいな発想に寄っていってしまって、まだ成熟していない部分も自分たちを含めてあるかなと思っていて。

だから、システムとかテクノロジーが進化していく中で、分析手法や測定技術の進化が先に来て、それに意味付けをするということ自体が、システム的にできるようになってくるという世界が、そんなに遠くない将来にきていて。この意味付けという、各インプットを総合して意味づけるというところにおけるシステムの役割が、新しい、さっき言ったような本質的なCXに近づいていくと思う。

だから、よく勘違いされているのは、今みたいなふわふわしたことを言っているから、「テクノロジーで問題は解決しない」みたいに思っているかというと、そうでもなくて。結局、人間ってシステムなので、人間というシステムができることに、いわゆる機械的なシステムが追いついていないというだけの話です。システムの進化によって、それが追いついてくれば、より速く、より量をこなせることによって、また違う顧客体験ができ得るじゃないですか。それはそれで、すごく楽しみにしています。

倉橋 :さっきの話に戻るんですが、2回目の買い物が起こりやすいのは、初めて来てから40日以内に購入した人でしたっけ。その後定着して定期的に購入いただける。そこの指標をしっかり見ている企業さんって結構いらっしゃると思うのですが、そこで、何かしらの施策をやって、それが少し向上したところに、向上したという定量的な事実はあるんだけど、なぜ向上したように見えていて、その裏で、なぜ向上の中に入らなかったユーザーがいるのか、ということがわかっていないんです。その人たちは、いい体験じゃなかったから入っていないのか、いい体験だったけど入っていないのか、とか。

おっしゃるように、数字に対して事実はたくさんあるんだけど、「なぜ?」という解釈がものすごく抜けているじゃないですか。クラシコムさんって、ユーザーとの直接的な接点や、中にいらっしゃるスタッフさんとユーザーのつながりがものすごく強いように感じるのですが、日常的に意識されているんでしょうか?

自分を深く理解することが、自分と似た顧客を理解することにつながる

青木 :どうしているんだろう。でも、やはり一番大きいのは、社員がほとんど元お客様だということだと思います。元々読者としてお付き合いがあった人たちが入社してくる。あるいは、お買い物をしてくださった人たちが、提供側になる。それがすごく大きくて。最近、自分のまわりの女性にすごく多いなと思う資質があります。自分と同じ悩みを持っている人を癒やしてあげるということから、自分が癒やされたい喜びを得るという、無限循環みたいなことができるんです。これは、男性にはあまりない資質だと感じていて。

例えば、倉橋さんの悩みを聞いてあげて、僕の悩みと同じような悩みがあるから、それを癒せたら僕もうれしいみたいな。ちょっとはあるんだけど、そこまで大きなモチベーションにならない。だけど、エンパシーがあって、その行為自体が自分を癒やすことにもなる、という人たちがいるんです。この人たちって、現代のニュータイプだなと思っているんです。

この現代のニュータイプを乗せるモビルスーツをつくらなければいけないというのが、根本的に、僕がやっている事業のあり方で。だから、顧客をどう理解するかということって、まさにエンパシーを持つニュータイプをどう集めるかということが必要なんです。この人たちは、自分のことを掘りさえすれば、お客様のことが手に取るようにわかってしまうという人たちだからこそ、いわゆるニュータイプだといえるわけです。

この人たちを適切に集めて、その人たちに、ひたすら自分を掘らせるとか、自分を内省させるということが、すなわち、自分の足元に穴を掘っていくと、地球の反対側にたどり着いて、それは他者の無限の泉みたいなところにたどり着いちゃうと思うんです。だから、いわゆるリサーチやユーザインタビューとか、僕らはほとんどやらないし、アンケートもたまにはやっていますが、そんなに重要視していない。さっきおっしゃっていたように、数字も見ているのですが、「ああ、こうなんだ」以上、みたいな感じ。別にそれを活用して、それに対して何かを上げる施策をやろうとしていることもほとんどないです。

なんだけど、「自分だったらどうしてほしいのか」ということに対しては、ふわっとさせずに全部言語化しています。これはこうだからこうであって、それで、こういう気持ちとこういう気持ちとこういう気持ちがあるよねと。こういう気持ちに対してこうだよねというのは、例えばさっきの『僕の姉ちゃん』に起因するような、損得を忘れている自分って好きだよねとか、そういうことを社内で言語化していくという作業をめちゃめちゃしている。自分を深く理解することで、その似たようなお客様を深く理解したいんだというアプローチが大切だと思うんです。

倉橋 :僕らも実は自分たちのプロダクトを自分たちで使って、それで、お客様のサポートをしているんです。だから、自分たちが使いやすいようにデイリーでアップデートしています。知らない間に、どんどんいろいろな機能が出来ていたり、インターフェースが少し変わっていたり。これって、少し近いところを感じるんです。僕らみたいなカテゴリの企業だと、ドッグフーディングといいます。要は、自分たちで、自分たちのプロダクトを使って、さらに良くしていく。最大の顧客は、ある種自分たちでもある状態。

だからこそ、プロダクトや体験が改善するスピードが速いんです。なので今のお話はすごく共感ができる。ただ、ある程度、提供する側と消費者側が合致するビジネスモデルって、そんなにあるわけではないじゃないですか。これが、けっこう今難しいポイントなんだろうなと。

青木 :僕がよく言っているのは、昔は、モノがあるかないかの時代。これまでは「この分野はまだ空きがある」とロジカルに迫っていけば勝てる時代だったけど、同じようなモノがいっぱいある時代の中で、微細な差で人が選考するようになったときに、ロジックだけでそこに行き着くのはすごく難しくなったと思うんです。

よくいうのは、「萌えていない人は萌えさせられない」。例えば、萌えアニメが好きな人がいて、「萌える女の子の絵を描いてくれ」とイラストレーターに発注したとするじゃないですか。そのイラストレーターは、かわいい女の子の絵を描けばいいのかなと思って、誰が見てもかわいいねという女の子の絵を描くんです。なんだけど、萌えるか萌えないかといわれたら、いやいや、これじゃあ萌えないよとなっちゃうんです。

なぜかというと、萌えというのは、ある特定の様式美というか、スタイルの人に対して、「そうそう、わかっているね」と思わせる記号を、1枚の絵の中にどれだけ詰められるかということにかかっているから。そのあるあるをストックとしてどれだけ自分の中に持っているか。それを、ごく自然に表現できるかということがすごく重要で。普通の人が萌えているかのチェックリストみたいなものをつくっても、コストが高すぎる。息を吸うように判断できる人がそれをやらないと、コストが合わないんです。微細な差すぎて。かわいい女の子の絵と、萌えるかわいい女の子の絵は、全然そのスタイルを理解していない人から見たら、同じやんとなる。場合によっては、こっちのほうがかわいいじゃんとなるかもしれないけど、求めているのはそういうことじゃない。

でも、今、どういうプロダクトでも、BtoBでもBtoCでも、そういう細かい部分がお客様を萌えさせたり、萌えさせなかったりするから、使っていない人にはわからないよ、みたいなところがあるじゃないですか、きっと。今のドッグフーディングって「そうか、BtoBのSaaSビジネスの人たちも同じこと考えているんだな」と思って、僕は新鮮な感じがしました。でも、よく考えてみれば、BtoBだろうがBtoCだろうが、使うのは人間ですからね。

後編に続く

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