CX Story

顧客への価値を最大化するために、LOHACOはビッグデータをオープン化する。独自のデータ活用の背景|Experience Insights #3

ECとしての利便性の追求にとどまらず、メーカーとの共同開発によってヒット商品を生み出しているLOHACO。顧客への提供価値を最大化するためのデータ活用について、LOHACO事業本部 副本部長 成松岳志さんに伺います。

成松岳志なりまつ・たけし
アスクル株式会社 LOHACO事業本部 副本部長 兼 ECマーケティングディレクター
金融系企業を経て、ネット広告代理店にてWebマーケティングに携わる。2007年にアスクル株式会社に入社し、BtoBのECサイトのCRMや広告などマーケティング業務に従事。同社が2012年にBtoC事業であるLOHACOをスタートしたタイミングから、同事業に携わる。デジタル領域、商品領域などを担当しながら、現在はLOHACO事業全体の中期的な計画を担う本部を管掌している。

「小売ECが顧客への提供価値を最大化するためには、どうすればいいのか?」

この問いに向き合った結果、LOHACOは事業開始から間もなく、自社データを取引先メーカーに提供する取り組みを始めました。

ECそのものの改善では限界がある。ユーザーのニーズに合った商品の開発にも挑戦しなければ。その思考の先にあったのが、データのオープン化でした。実際に、データ分析を元にしたメーカーとの共同開発により、顧客から支持される商品を多く生み出してきました。

さらに昨年からは、一歩踏み込んだデータエクスチェンジのサービス提供も始まっています。

立ち上げ当初からLOHACO事業を率いるアスクル株式会社の成松岳志さんは、「LOHACOは実験場でいい」と話します。メーカーと協業することで、ユーザーにさらなる価値を提供し、LOHACOのお客様の日々の生活を豊かにしていくことができる。そんなLOHACOの思想を伺いました。

顧客の期待に根本的に応えるには、メーカーとの協業が必須だった

LOHACOは小売ECでありながら、データを取引先メーカーと共有して商品開発につなげています。こうした取り組みにはどのような背景があったのでしょうか?

ECの改善だけで顧客の満足を追求するのは、限界があったからです。

LOHACOではサービス開始当初から、家事や育児に忙しい女性の「くらしをかるくする」をコンセプトに、簡単でスピーディなお買い物を提案しています。サイトで商品を選び、購入し、家に届いて、使う。その一連の心地よい体験を通して「他のサービスではなくLOHACOを使って生活したい」と思っていただけるよう、サービスの改善を重ねてきました。

まず我々ができることは、ECの改善です。サイトの使いやすさやサービスの拡充に努めてきました。最近は、一人ひとりの顧客に合った提案が求められているので、どんどんOne to Oneを志向するようになっています。

一方で、ECの改善を通じて「オンラインでモノを買う」という部分の最適化を続けるほど、それだけでは乗り越えられない課題も見えてきました。主に「商品そのもの」に対する要望です。

プライベートブランドの商品も拡充していますが、それでは足りない。「他のサービスではなくLOHACOを使って生活したい」と思っていただくためには、商品自体を顧客の要望に合わせて改善していく動きをより加速していく必要がありました。そこから、メーカーさんやサプライヤーさんの共同開発やデータ共有という発想に至りました。

顧客に「LOHACOを使いたい」と思ってもらうために、メーカーとの協業が必要だったんですね。

そうですね。主にLOHACOに出品してくださっている消費財メーカーさんと一緒に、「LOHACOでの購買や行動データを見て、ユーザーのニーズに合った商品を開発する」という取り組みを非常に重視しています。共同開発によって生まれた商品を、既存品への不満を抱えていたLOHACOのお客様に買っていただき、フィードバックを商品のさらなる改善に活かしていく活動を続けています。

ビッグデータをオープンに、加速したメーカーの顧客理解

メーカーさんと共同で商品を開発していくために、どのような取り組みをされているのでしょうか。

LOHACO立ち上げの1年半後から開始している「ECマーケティングラボ」が共同開発の基盤になっています。ECマーケティングラボは、LOHACOの顧客データや購買データなどをラボ参加企業にオープン化し、自由に分析、活用していただく活動です。この春からは第7期がスタートしていて、133社が参加しています。

ECマーケティングラボからは様々な商品が生まれていますが、特に反響が大きかったのは「暮らしになじむデザイン」シリーズです。

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ユーザーレビューの分析やLOHACOのお客様へのインタビューの結果、出しっぱなしでもインテリアの邪魔をしない、むしろおしゃれに見える、そんな商品が求められていることがわかったんです。そこで、メーカーさんとともに、おしゃれなパッケージの商品を開発。除菌スプレーやハンドソープなど、LOHACOの中で大ヒットしました。いまでは、複数のメーカーさんがLOHACO向けの限定デザイン商品などを出品してくださっています。

業種や企業の垣根を超えたECマーケティングの学びの場にもなっており、参加企業同士の協業も増えていますね。

関連記事:「店頭で目立つではなく、暮らしになじむデザイン」LOHACOが実現した生活に寄り添う商品

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アスクル本社内に設けられた、ECマーケティングラボの拠点。参加企業は、他の参加企業のデータも含めてさまざまなビッグデータをこの場所で閲覧・分析できる。

ECマーケティングラボは、私たちのデータをあくまでLOHACOのお客様の体験を高めるために提供する、いわば限定的な活動でした。昨年の秋からは、さらに一歩進んで私たちのデータをより広く活用していくための活動を始めています。

新しく始めたのはどのような活動なのでしょうか。

LOHACOのビッグデータを企業のCDP(Customer Data Platform)と連携してマーケティングに活用できる、メーカー向けのサービス「LOHACO Insight Dive」です。メーカーさんがより深く顧客を理解し、喜ばれる商品を開発したり、適切な方に届くようなプロモーションを展開したりするために、こういったデータ連携が最適だと考えて開始しました。

LOHACO Insight Diveで私たちのデータとサービス利用企業が保有するデータをシームレスに連携させることで、より広がりのある商品開発や施策の実施、ひいては顧客体験の創出も可能になります。

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「LOHACO Insight Dive」の運用モデル。LOHACOでのテストマーケティングの結果を、自社のデータと合わせて分析して商品開発や広告活動に活かせる。

より広いデータ連携が必要だと考えたのはどういった理由からだったのでしょうか。

LOHACOでよく購入される消耗品を販売しているメーカーさんの場合、どれほど自社でデータを蓄積して顧客理解を深めようとしても購入の瞬間やその前後の行動を把握するのは難しい部分があります。なぜなら、主な商流が工場から卸、小売店そして各顧客の家へという流れなので、なかなか購買データまでは追えないからです。最終的にどのような方が買って、どう満足しているのかがわからないため、顧客理解も限定的になりかねません。

そこでLOHACOのデータとCDPを連携すれば、今まで得られなかったようなエンドユーザーの行動データも一貫して取得できるようになります。このデータにアクセスできれば、顧客の理解度は、一気に高まるのではないでしょうか。

たしかに、ビジネスの構造上触れられていなかったデータへアクセスできるようになり、顧客のことがわかるようになりますね。

そうなんです。今まで顧客からのフィードバックを得るのが難しかったメーカーさんがLOHACOのデータを使うことで、マーケティング全体が顧客に寄り添ったものになっていったらという考えが根底にあります。

いわば“実験場”ですよね。企業が新しい商品を世の中に問いかけたり、今までとは違うマーケティングメッセージを打ち出したりするときにLOHACOで試してもらえれば、ダイレクトに顧客の声を聞ける。その声を元に商品やプロモーションを磨いて、他のECや販路などに活かしてもらえたらと考えています。

顧客の声を聞き、商品開発と改善のサイクルを回す

LOHACOを“実験場”として使ってほしいとのことですが、メーカー企業が実験的なと仕組みをしたり、仮説検証したりした具体例はありますか?

サービス利用企業の事例をお話しするのは難しいのですが、我々のプライベートブランド商品「LOHACO Water」の事例をお伝えできればと思います。

「ECに最適化した商品を開発したら、顧客にもっと喜ばれるのではないか」という仮説があり、実際に商品を開発して検証したんです。

一般的に、水をまとめ買いする場合、500ml×24本や2L×6本で購入することになります。この単位は配送時のトラックの積み込みや、倉庫や店内での保管しやすさ、資材の価格と耐久性といった企業の都合から導き出されているんです。そうではなく、ユーザー視点で何が必要で不要なのか、家の中でどう使えるとうれしいか、という観点ですべてを開発しました。

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ボトル自体に雪や雫のデザインが施された、ラベルレスの「LOHACO Water 410ml」。届いた箱のままで保管できるよう、箱の下部から1本ずつ取り出せる仕組みで、箱のデザインにも配慮。

弊社が開発しLOHACOで販売するのであれば、既存の規格に合わせる必要はありませんし、ネット上で決済するなら商品自体に細かい情報を記載しなくてもいい。

そこで、女性やお子さんの小さいバッグにも収まりやすい410mlの容量に。ラベルレスにして、キャップの天面に2次元コードを仕込んでいます。それをそれを読み込むことで商品紹介サイトへ遷移し、品質などの細かな情報を把握することができます。また、梱包の箱もA4サイズより小さくして、家で保管しやすくしました。

では、私たちの仮説は、LOHACOのお客様に受け入れられたのか。それを検証するために、商品レビューのテキストを分析したのがこちらの図です。

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分析の結果、持ち運びやすい容量や、ラベルレスゆえの捨てやすさなどに、好意的な声が寄せられていることがわかりました。さらに、レビュー内容別に顧客あたりの購入量を比較した結果、「ラベルレス」に魅力を感じているLOHACOのお客様の継続的な購入量が最も高かったんです。

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このように、実際に購入してくださった方の声を分析することで、商品のどこが魅力的で、逆にどこは評価されていないのかがわかってきます。LOHACO Insight Diveのデータを活用いただくことで、メーカーさんはこういった分析が可能になるわけです。

こういった情報から、例えば捨てやすいラベルレスの飲料品の開発を強化することもできますし、プロモーションでどの部分を訴求すべきかのヒントも得られます。

LOHACOで実験し、そこで得たデータをほかのマーケティング活動に活かしていく。この流れを作っていけたらうれしいですね。

「顧客に寄り添うためにデータを使う」という意志が必要

LOHACOが自社のデータをオープン化する根底にある考え方がよくわかりました。最後に、データドリブンな事業運営を強化したいECプレーヤーへ、アドバイスをいただけますか?

データ活用によってより顧客に寄り添った事業展開を実現するには、いくつかのステップがあると思いますが、当社のケースを振り返っていちばん有効だったのは、実は最初に当時のアスクル社長が使い始めたことなんです。

トップ自らが、サイトがオープンした直後からリアルタイムのデータを見て、疑問や要望を社内の各部署に投げかけるようになったことで、まず「データを使おう、使わなければ」という意識が全社的に生まれました。新たなデータ種目の取得やそのためのツール導入、体制の整備などは、この意志の次にやってくることだと私は思っています。

データ専任部隊を設置して全社的な浸透を進めるケースもありますが、そうすると全員が自分ごととして捉えられるわけではないので、一部の活動に閉じてしまうことが多いのではないかなと。最初の“火”がつけば、あとはおのずと活用の部署が広がったり、好例が共有されていったりしていきます。

事業に携わるメンバー全員が、データを見て顧客を理解しようという意志を持つ。そうすることで、データドリブンな事業運営が可能になり、顧客のニーズに沿ったより高い価値を提供できるようになるのではと思います。

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