CX Story

プロジェクトの起点から店舗社員が参画。東急ストアで取り組む「すべてはお客様のため」のDX|Experience Insights #14

顧客を最優先に考えるからこそ、実際に接客にあたる従業員の働きやすさが重要だと、プロジェクト立ち上げ時から店舗従業員と一緒にシステム開発を進めている東急ストア。「お客様にとって、よりワクワク楽しい売場にしていく。その視点だけは絶対に外してはいけない」と話す山口さんに、そのスコープと具体的な取り組みを聞きました。

私たちの生活に欠かせない存在、スーパーマーケット。最近ではネットスーパーも拡大していますが、お客様の注文に応じて、店舗で従業員がピッキングしています。

デジタルの力で従業員の負担を減らし、プラスアルファの体験を提供できるスーパーへ。そんな発想でDXプロジェクトを進めているのが、東急ストアです。たとえば、AIを使った惣菜の自動発注と値引きの仕組みによって利益率を高め、廃棄率を圧縮。食品ロスの削減に取り組んでいます。ネットスーパーの商品ピッキングは、経験の浅い従業員も視覚的に進められる仕組みで効率化しています。

システム部門に長く携わり、同プロジェクトを率いる山口修平さんは、「お客様にとって、よりワクワク楽しい売場にしていく。その視点だけは絶対に外してはいけない」と話します。

顧客を最優先に考えるからこそ、実際に店舗で接客する従業員の働きやすさが重要だと、プロジェクト立ち上げ時から店舗従業員と一緒にシステム開発を進めている東急ストア。「いずれは製造や物流とも連携し、サプライチェーン全体の改革を進めたい」と話す山口さんに、そのスコープと具体的な取り組みを聞きました。

主眼はデジタル化ではない、トランスフォーメーションすること

東急ストアでは、リアルタイムで在庫を管理したり、AIでお惣菜の値引きを予測したりと、スーパーにおいて先進的な取り組みをされているそうですね。

デジタルを活用した業務改革に、今まさに注力していますが、まだまだです。DXとひとくちにいっても、さまざまな施策があります。無人店舗やレジ付きカートなど、これまでにない取り組みは「攻めのDX」、従来のマイナスを技術でカバーしていくような取り組みは「守りのDX」と言えると思いますが、当社はまず「守り」から着実に積み上げようとしています。ただ、並行して「攻め」の施策を適用できないか、という部分も日々模索しています。

experience insights 14 image-2

東急ストア 池上店

東急ストアのDXプロジェクトについて、発端や背景を教えてください。

コロナ禍でネットスーパーの利用が増え、効率化が急務になったという直近の理由もありますが、発端はここ数年の長期的な課題です。たとえば、お客様のニーズの多様化や、購買人口の減少、特に若年層の減少。働き手の確保も今より難しくなるので、ローコストオペレーションがますます必要になります。

スーパー業態では今、さまざまな変化が起きています。このまま何も対策をしなければ、これまでのような店舗営業や品ぞろえが継続できなくなり、お客様に不便のない商品提供ができなくなる可能性があります。我々自身が、抜本的に変わっていかなければならないのは自明でした。そのため数年前から、デジタルマーケティング部を主幹に、デジタルを活用した業務改革に取り組んできました。

この春の組織改編で、部内に改めてDX推進チームが組成され、より力を入れているところです。各部署で効率化や省力化の策を模索してきましたが、部署単位だとやはり非効率です。そこでプロジェクト化してコストと時間を削減し、スピードとパワーを集約して一気に推進するのがテーマです。

“DX”というと、いまだに「デジタル化すること」と思われることもありますが、これはDXではありません。システムを入れることも、DXではない。総務省のDXの定義「DXは効率化ではなく、産業のビジネスモデルを変革する」(※)を社内で常に引き合いに出し、我々が何のためにこのプロジェクトを進めているのか、デジタル化ではなく業務改革が本丸なのだという考えがブレないようにしています。

※「総務省 デジタル・トランスフォーメーション-あらゆる産業にICTが一体化していく」より

ちなみに、山口さんはどういった経緯でリーダーに?

私は2002年から情報システムの部門で、ずっと裏方から業務支援をしてきました。その延長でDXも中心的に率いるようになりました。

本当は人と話すのがとても好きで、接客をしたくて入社し、当初は鎌倉店で水産を担当していたんです。たまたま情報システム部(現デジタルマーケティング部)に来て19年が経ちますが、こんなに長くなると、やはり店舗の視点にはなりづらいんですね。なので意識して店舗従業員と話し、その視点になれるよう、またアルバイトやパートさんの意見も取り入れるように努めています。

experience insights 14 image-3

山口修平 やまぐち・しゅうへい
株式会社東急ストア 営業本部 デジタルマーケティング部 DX推進課長
1999年株式会社東急ストア入社。2002年より情報システム部門で納発注システム関連の業務に従事。現在、ウィズコロナでの店舗業務支援システム全般の改革に、ITを通して取り組む。さまざまな角度から検討・構築を進めている。

机上の空論と、顧客ニーズや店舗従業員の意見は違う

この春の組織改編で、DX推進のチームができたと。チームの構成は?

デジタルマーケティング部内だけでなく、店舗で働く社員、役員、そして外部システム会社の方々を交えた構成 になっています。

個々のシステム開発のプロジェクトには、必ず最初から店舗で働く社員を入れています。我々の机上の議論と、現場の生の声は違います。いくら我々が“良いと思う”仕組みをつくっても、実際に店舗に導入して「使いにくい」「使えない」と言われたら意味がありません。店舗社員も入れてものづくりをしているのが最近の進め方ですね。店舗社員が、アルバイトやパートさんの声も取り込んでくれます。

また、DXプロジェクト自体に、5人の役員がついています。どんなプロジェクトにも、トップマネジメントのスピーディーな経営判断は重要ですが、特にDXではそれが不可欠だと考えました。それに、経営層にDXに対する理解がないと、原資が足りず、踏み出せない部分が大きくなってしまいます。なので、プロジェクト立ち上げ当初から経営層の積極的な関与を考え、専務を含めて役員がオブザーバーとして加わっているのが現状です。

具体的に、今どのような仕組みができあがっているのですか?

大きく、①品出し支援システム、②リアル在庫情報検索、③AIによる惣菜発注支援と適正値引き、④ネットスーパーのピッキングの効率化、⑤賞味期限チェック、の5つがあります。いずれも基本的に、タブレット端末と各商品のバーコードを使って、商品画像などを表示しながら視覚的にわかるようにしています。

たとえば、品出しとリアル在庫情報検索は、リアル店舗の業務の要です。ある時、私自身が店舗の応援に行ったら、自分が全然使い物にならなくて……。棚の品切れに気付き、メモしてバックヤードから在庫を出そうにも、それがどこにあるかわからない。自分が苦しんだことが、品出し支援システムの開発につながりました。

experience insights 14 image-4


各商品の棚につけている商品バーコードを読み込むと、裏の在庫の有無や場所がわかる

リアル在庫情報は、各店舗の閉店時の在庫と翌日の入荷情報、そしてレジのPOS情報を15分単位で計算して、ほぼリアルタイムの在庫管理を実現しています。ネットスーパーの注文も売場の棚からピッキングしていますが、その情報も連携しているので、売場の在庫が気付いたら急激に減っていた、ということがなくなりました。

開発はスピーディーに。しかし導入はじっくりと

いずれの仕組みでも重視している、コンセプトのようなものは?

未経験者でも使えるか」という点は、重視しています。視覚的にわかることも、そのひとつですね。自分が店舗応援に行ったとき、誰でも使える仕組みでなければダメだと思い知ったんです。

これからオペレーションをもっと洗練させていくとき、ベテランしかわからない、属人的な知恵や工夫が多かったら立ち行きません。貴重な人材が、基本的な店舗の運営にばかり時間を取られてはいけない。棚や商品ではなく、極力お客様に向き合えるよう、ツール類は誰でも直感的に使えること を大事にしました。

それは従業員のやりがいにも直結しますね。

その通りです。スーパーの店員って、決して人気の職種ではないと思っています。立ち仕事で、手作業で。私のように人が好き、接客が好きで入ってくる人はいますが、オペレーショナルな業務を好んで入社するという人はあまりいません。働く満足度を考えると、限られた人数でいかに効率的に店舗を運営し、接客にかけられる時間を増やすかがとても大事になります。

お客様には「人が少ないからサービスレベルが落ちた」という言い訳は通用しない。今後、労働人口が減っても、サービスレベルは維持し、向上していかなければなりません。そうでなければ幅広い来店客層、特に今来店していただいているお客様の支持は得られません。

これは持論ですが、未来のスーパーは発注からクリンネスまで、全部システム化できるはずです。デジタルとITの力を駆使すれば、可能でしょう。そのなかで、絶対に代替できないのが接客です。いい接客をする店が支持されるはずなので、そういう意味では、従業員が接客する時間をいかにつくれるかが、システム開発のコンセプトの大前提にある観点です。

experience insights 14 image-5

引用元:東急ストア新卒採用サイト

従業員体験と顧客体験の表裏一体の関係性を、システム開発でもしっかり支えているわけですね。経営層も巻き込んで、スピーディーに進めているとのことですが、期間的には?

前述の5つの仕組みは、形にするまでは3カ月くらいでした。ただ、導入には時間をかけています。AIの需要予測と発注管理の仕組みは、半年ほどかけて3店舗のパイロット店舗で試し、細かいバグの改善はもちろん、店舗の業務にしっかりフィットするように調整 していきました。

なぜ導入を慎重にしたかというと、発注の数量が的確でないと、売場が壊れてしまうから。それはお客様の離反に直結するので、日々のお買い物に支障が出ないようにと考えました。各店舗に導入する際は、1週間に1店舗ずつ、販売支援チームが店舗に入り、円滑に使えるよう徹底的に伴走しています。

experience insights 14 image-6

品出し支援などの仕組みが店舗に定着しつつある

貴社のお客様の支持を得るには相応のサービスレベルがなければ、というお話もありましたが、接客の水準をどう引き上げようとしていますか?

東急沿線には、ロイヤル顧客の割合が比較的多いと思います。相対する従業員の接客力の底上げには、ほかのスーパーも同様でしょうが、我々本部の支援部隊が店舗に出向いて教育しています。

ただし、どれだけ研修などで教育しても、従業員が職場環境に満足していないとお客様が満足する状態は絶対に実現できないと思うので、「お客様のために」を前提とした働きやすさの向上に注力しているところです。風通しの良さが大事ですね

具体的に、どのように働きやすさを高めているのでしょうか?

年1回、アルバイトやパートさんも含めた従業員アンケートを実施しています。そこで出てきた課題や要望に、とにかく細かく対応しています。それは本当に大小さまざまで、店舗休憩室のテーブルが古いとか、そんなこともあります。でも、その声を捉えてテーブルを替えるだけで、仕事へのモチベーションが高まります。やはり、従業員が業務にストレスなく、生き生きと前向きに取り組めることが、顧客への最大の還元につながる と思います。

従業員には、品出し支援やネットスーパーのピッキングの効率化が特に好評で、一定の手応えを得ています。もちろん、今後も使ううちにいろいろな改善案が出てくるでしょうし、出てきてほしいですね。それを反映して、さらにブラッシュアップしていきます。

いずれの仕組みも従業員向けなので、お客様から具体的な意見が聞かれているわけではないものの、顧客満足の向上にはつながっていると思います。派手な取り組みでも、アピールするものでもありませんが、いつものお買い物環境が少しずつ快適になっていけばいいなと。いつ来てもほしいものがあり、ワクワクする、そして従業員が余裕をもって対応してくれる店が理想 ですね。

experience insights 14 image-7

引用元:東急ストア新卒採用サイト

ネット注文・店頭受け取りなど、買い方も多様化へ

親会社の東急は、楽天と協業してデータ利活用の会社を立ち上げています。東急ストアとしては、データ活用についてどうお考えですか?

データマーケティングは全社のマーケティング戦略になるので、私が一概に語れませんが、個人的には、AIの発注管理や値引きへのデータ活用には強く有用性を感じています。現在のシステムも、購買データだけでなく曜日や天候のデータを活用すれば、一律の割引ではなく、もっと精緻に販売の最適化ができると考えて開発しました。

DXにおいては当然、データ活用とも密接です。地道に「守りのDX」を進め、ただのデジタル化から脱却しながら、近い将来にはサプライチェーン全体の改革に着手できればと構想しています

関係各社と協業し、新たなデータの利活用に取り組めば、さらなる価値を生み出せます。需要予測や受発注管理のデータは、物流センターにわたせば物流の人員配置を効率化できますし、製造を担うメーカーに展開すれば製造数も最適化できるでしょう。商品がつくられ、お客様の手に渡るまでの一連を改革することを考えています。

experience insights 14 image-8

では、今後さらにどのような価値を提案していきたいとお考えですか?

これから、お客様の多様化はもっと進むはずです。そのとき、一人ひとりのニーズをしっかり捉え、スピーディに対応できる店でありたいと思います。品切れのない売場といったマイナスをゼロにする活動と、よりプラスを生み出す活動の両輪 で、その状況を実現します。

品切れがないというのは、スーパーとして大前提の条件ですよね。例えば、カレーをつくろうと思って来店してルーがないなんて、ありえない。ただ、そうした部分は、リアル在庫と連携する仕組みの導入によりベースができてきたと思います。

プラスを生み出す活動としては、たとえば、仕事の帰りや自宅からネット上で選択・決済してお店で受け取る「BOPIS(Buy Online Pick-up In Store)」や、ドライブスルーのような「カーブサイド・ピックアップ」など、より自由度の高い買い方を提案したい。BOPISは、在庫があるものを事前決済するという仕組み上、「来たのに買えない」ことはありません。リアル在庫管理の仕組みが整ったから、できることです。スーパーでの買い物は「今日ほしいもの」が多いので、オンラインとリアルのいいとこ取りの仕組みですね。

こうした新しい買い方は、従来の購買と、ネットスーパーのちょうど間です。東急沿線のお客様にどれがいちばんマッチするか、これから見極めていきたいと考えています。

SHARE