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テレビという体験を再発明するために「失敗」から学ぶ文化と仕組みを構築する──「ABEMA」長瀬慶重に聞く|Data forExperience#2

テレビという体験を再発明するために「失敗」から学ぶ文化と仕組みを構築する──「ABEMA」長瀬慶重に聞く|Data forExperience#2

8th Sep, 2021

データ活用を主眼とした活動に取り組まれている企業や研究者に話をうかがいながら、体験の向上に寄与するデータ活用のあり方を考えていく連載企画「Data for Experience(D4X)」。第2回は、「新しい未来のテレビ」として展開し、若者中心に視聴者数を大きく伸ばしている「ABEMA」(旧:AbemaTV)のプロダクト開発を統括する、株式会社サイバーエージェント常務執行役員の長瀬慶重さんをたずねました。

長瀬さんは、2005年にサイバーエージェントに入社して以来、「アメーバブログ」やコミュニティサービス「アメーバピグ」、ソーシャルゲーム、コミュニティサービスなどのサービス開発を担当。サイバーエージェントのテックカンパニー化を支えてきた長瀬さんは、2016年のABEMA開局設立以来、プロダクト開発も牽引してきました。

株式会社テレビ朝日との共同事業「AbemaTV」として2016年にサービスを開始し、2020年4月には「ABEMA」へとサービス名を変更、今年でリリースから5年を迎えるABEMA。これまでテレビ局が届けてきた体験を、インターネット企業として培った知見をもとに、より現代に適した形に「再発明」しようとしてきました。開局から約5年で1週間のユニークユーザー数1,200万人を超え、アプリの累計ダウンロード数6,800万を突破し、成長を続けています。

急成長を成し遂げた背景には、「実験」を重視する仕組みと、オーナーシップを持ってデータに関わることを是とする組織文化がありました。

「テレビ」という体験の再発明に挑戦する

まずはじめに、ABEMAの取り組みについて教えてください。

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僕らが取り組んでいるのは、テレビという体験の再発明です。開局を決めた2015年の時点で既に、NetflixやPrime Video、そしてHuluやdTVといった、レンタルビデオの形態から派生したSVOD(定額制動画配信サービス)が世の中にひしめいていました。これらは課金ユーザーを対象にしたサービスです。

対して、僕らが目指してきたのは、無料で幅広いユーザーにアプローチする従来のテレビのモデルをフリーミアムという形式で進化させ、社会のインフラになるようなサービスを作ること。 現在は有料プラン「ABEMAプレミアム」も提供していますが、「無料」でも視聴できるという点はずっと大切にしています。

無料のほかに 「テレビという体験」の特徴だと捉えている点はありますか?

僕らは、テレビの良さを4つに分けて捉えています。まず、「無料」である点は良さの1つだと考えており、大切にしています。ほかには、いつ見てもニュースを流している「報道」。これは、オンデマンド型の配信サービスではなかなか実現できません。また、「生放送」もスポーツ観戦等を盛り上げるテレビの良さですね。

最後に、生放送とは別の「同時性」という点も良さだと捉えています。これは多くの人が「このクールにはこのドラマ、アニメを見る」と考え、同じ時期に同じコンテンツを視聴することで、流行を作り出す性質のことを指します。

これらの良さを最大限活かしたうえで、従来のテレビにとって制約となっていた「時間」と「場所」からの解放を掲げながら、つまりどんな時間、どんな場所でも見られる視聴体験を作り出していきたいと考えてABEMAは運営しています。 例えば、デバイスや場所を問わず観られる、通信量も極力気にする必要がない、番組が始まってからでも「追っかけ再生」で放送に追いつける……。テレビという体験において解決すべき課題に取り組み、プロダクトを磨き込んできました。

既存のテレビの良さを活かしつつ、時間や場所を問わずに利用できるインターネットサービスの良さも併せ持ったプロダクトになっていると。視聴者も、そうした点を魅力だと感じているのでしょうか?

そうだと思います。たとえば、なにか世間が注目する出来事などが起きると一気にトラフィックが増えるんですよ。何かが起きて情報をキャッチしたくなったら、とりあえずNHKをつけて緊急速報を見るじゃないですか。そうした体験に近いものを、ABEMAに期待していただいているのかなと思いますね。

さらに、チャンネル数が限られている地上波と違って、ABEMAなら編成枠にとらわれることなく新しいチャンネルを開設できます。既存のテレビだと、緊急ニュースとして差し込むことはできても、それ専用のチャンネルを設けることはできません。テレビ朝日さんの報道力を活かしながら、リアルタイムな情報を、インターネットサービスならではの柔軟さをもって届けていけるのは、ABEMAの強みだと考えています。

エンタメに関しても、テレビと近いものを求めて視聴していただいていると捉えています。いわゆるオンデマンド視聴の機能もあるのですが、新作アニメも、藤井聡太さんの将棋も、Mリーグも、ニュースも、恋愛番組も、データを見ると過去のものより、基本的には新作や最新回が観られている。暇なときにテレビをパッとつけるように視聴したいユーザーにせよ、特定の番組を観たいユーザーにせよ、同時性、つまり同じ時期に、同じ番組を視聴することに価値を感じていただいている手応えがありますね。

思い込みを外し、体験を磨く「実験」のプラットフォーム

「テレビという体験の再発明」を実現していくうえで、データはどのような役割を果たすのでしょうか?

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僕は通信業界を経て2005年にサイバーエージェントに入社して以降、広告からブログ、ゲームまで、約100個ほどのプロジェクトやサービスに関わってきました。その経験の中で痛感するようになったのが、人間の思い込みだけでさまざまな企画を考えてリリースしても、当たらないということ。僕自身、これまで思い込みだけで「これだ」と決めつけて施策を実施し、後から他のアイデアに気がつくことも多かった。

一方、GAFAをはじめとするアメリカの企業のものづくりのプロセスを見ていくと、「Experimentation Platform(実験のプラットフォーム)」と呼ばれる仕組みを構築して、実験して学び続けることを徹底しているんです。Microsoftにしても、Netflixにしても、Uberにしても、みんなそうです。

たとえば、「デバッグして、QAをしっかりテストしてからリリースする」というプロセスごと全部なくした会社もあるそうです。作ったら、ごく一部の人向けではあるけれど、とにかくすぐに出す。その裏では、数百個のKPIを細かくウォッチして、「このKPIが落ちたら勝手にこの機能がオフになる」という仕組みを構築している。

その仕組みがあるから、安心して失敗できるし、「本番でも失敗していいから、とにかくトライする」ことを良しとする文化も生まれる。そうした仕組みと文化があるからこそ、現場でたくさん実験できる環境が実現できているんです。トライしやすくなればなるほど、ユーザーの反応を確かめやすくなり、より使いやすいサービスへと変化させていけます。

僕らも、2017年頃からそうした実験のプラットフォームの構築を進めています。一つひとつじっくりと準備してリリースするのではなく、サクッとリリースしてデータを見ながらPDCAを回していける仕組みやカルチャー作りに力を入れてきました。その結果、いまは小さな実験を回して素早く学習する体制が整ってきています。

「実験」を思う存分行うために、データ活用の仕組みと、失敗を許容する文化を整備していると。この連載の第1回でハピネスプラネットCEOの矢野和男さんにインタビューしたとき、こんなことを語っていました。予測不能性が高く、過去のデータを見ているだけでは不十分な時代だからこそ、まずは直感的に行動し、そこから得る学びを最大化するためにデータを活用することが大切なのだと。ABEMAではまさに、そうした“学びの源泉”としてのデータ活用が実践されているように思いました。

まだまだ理想には程遠いのですが、そうした未来を目指していることは確かです。だからこそ、ABEMAを含むサイバーエージェントのエンジニア組織では、オーナーシップを大切にしているんです。言われたものを作るだけではなく、自らデータを見て、ユーザーと向き合いながらプロダクト開発を進めていかなければ、エンジニアは価値を発揮できません。

実際、自らユーザーと向き合って考えたアイデアを実装するときは、スピードが速く、クオリティもはるかに高くなるんですよ。オーナーシップを持って実行し、データを見て学びながらものを作ることは、開発力の源泉になる。 評価制度の中にもオーナーシップを重要項目として入れていて、技術力があるだけでは評価しない仕組みにしています。

全員がオーナーシップを持ち、データを活用できる環境を整備

「実験のプラットフォーム」を実現するために、どのような体制を敷いているのでしょうか?

コンテンツ制作とプロダクト開発、両方でデータを活用していけるような体制を整えています。それぞれのチームが最適な判断を行うために必要なデータを全員が見られるような状況、すなわち「データの民主化」に取り組んでいるんです。

コンテンツの方針を考えるチーム、実際にプロダクトを開発するチーム、マネタイズを推進するチーム、マーケティングによってユーザーを呼び込むチームのそれぞれに、データ分析チームのメンバーをアサインしていますね。

どんなデータを見れば仮説を検証できるかを議論したうえで、そのデータを取得するための仕組みや、データを閲覧しやすくするためのダッシュボードを構築しています。そうして各チームが、データを活用して瞬時に意思決定できるような環境を作っているんです。

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データを見る際は、どのような指標を重視しているのでしょう?

最も大切にしている指標は、WAU(Weekly Active Users:週間アクティブユーザー数)です。加えて、一定の時間以上観てもらえた番組の本数をチェックしています。これまでのサービス運営を通じて、この数字が上がっていけば1週間内での来訪頻度も上がり、翌週も来訪してもらえるという傾向がわかってきたからです。

ABEMAにはオンデマンドの機能もありますが、どのジャンルにおいても基本的に新作の方が過去作に比べて視聴される傾向にあります。ユーザーは番組を見逃してしまったときのためにオンデマンドの機能を使っている。その際、見逃した番組を視聴する期間も、およそ一週間なんです。こうしたユーザーの視聴スタイルも、テレビに近いと捉えています。

視聴体験をより良くするために、他にはどのようなデータを見ているのでしょうか?

たとえば、報道でニュース番組を手がけているチームは、リアルタイムの同時接続数を常にモニタリングしています。「中継をいつ切り替えるべきか」「どこにCMを挟むべきか」などを、データを見ながら判断しているんです。

他にも、番組終了時に1分単位でどの場面が視聴されたか、レギュラー番組など連続する番組において継続で見ている人の割合、コメントにおけるポジティブな会話量の割合など、様々なデータを取得しており、これらのデータをもとに番組作りの企画においても仮説の検証と改善を繰り返しています。

さまざまな指標を追いかけ続けるというのは、実現できれば価値を発揮するかと思いますが、実行するのはかなりハードルがあるかと思います。

そうですね。もともと、サイバーエージェントは運用や改善が得意な会社だったこともあり、ABEMAにおいても、データに基づく運用・改善サイクルを行う文化が根付いていました。

コンテンツの中身についても、一つひとつのROIを正しく評価して経営判断を行えるよう、定量化を進めています。それぞれのコンテンツが、新規ユーザーの増加や既存ユーザーの再訪、そして課金や有料会員の再訪にどれだけ寄与するのかを示す「コンテンツ偏差値」という指標を独自に作っているんです。

テレビ局で番組制作にかかわる人たちの中には、「視聴率」という圧倒的に分かりやすい指標があります。僕らも、視聴者により良い体験を届けることに直結し、かつ運営スタッフのモチベーションの源泉になるような明確な指標をつくりたくて、開局当初から試行錯誤していますね。

定性データも活用し、ユーザーとコンテンツの距離を縮める

テレビという体験の再発明に向けて、徹底して定量化を進めているのですね。

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はい。ただし、定量データだけで分からない部分は、しっかりと定性データに向き合うことも大切にしています。たとえば、従来のマーケティングにおける行動ログは、ユーザーの感情や気持ちが一切表現できない、冷たいデータじゃないですか。なぜこれを見たのか、逆になぜここはアクションしなかったのかといったことが把握できない。ですから、定性的なアンケート調査や個別のユーザーインタビューなども積極的に行っています。

ABEMAはマス向けのコンテンツからニッチで専門的なコンテンツまで混在する、一見掴みどころのないサービスです。だからこそ、事業側の思い込みだけで判断しないよう、ユーザーや制作部門の人たちなど、さまざまな人の声を聞きながらプロダクト開発を進めるよう気をつけています。

最近はオンライン会議が普及し、たとえば地方のユーザーの方々であっても、実際の画面を見せながら話をうかがえるようになったことで、これまでは見えていなかった方々の解像度も上がりました。より幅広いユーザーの方々の声を聞けるようになり、定性データはサービスにも大きく影響しています。

直近でアプリの大幅UIのリニューアルも実施したと聞いていますが、それにあたってもインタビューなど定性的な手法は活用されているのでしょうか?

ユーザーの気持ちや感情を理解するために、かなり活用しました。UIリニューアルのプロジェクト自体は2020年の春頃からスタートしていて、1年ほど本格的なUXリサーチに時間をかけて、ようやく2021年の夏にリリースした形になります。

ユーザーインタビューで実感したのですが、リニア放送しているテレビ機能とオンデマンドで見られる機能が分断されていて、片方の存在にしか気づけていない視聴者が多かった。ですから、今回のリニューアルではその課題解決にも取り組みました。何十個もモック画面を作ってユーザーテストを繰り返し、テレビとオンデマンドを一体型にしたような、入口が統一されたUIにアップデートしました。

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また、UXリサーチの実施と並行して、僕らは2020年8月以降、「ユーザーとコンテンツの距離を近づける」ために、機械学習を用いたデータ活用を強化してきました。コンテンツのレコメンド精度・検索機能を向上させ、現状でもユーザーを約80に区分したうえで最適なコンテンツを届けているのですが、今回のリニューアルによってほぼ全員パーソナライズされるような世界観が実現したんです。 テレビのチャンネルから、ホーム画面で提案される「注目の番組」まで、それぞれのユーザーに合ったコンテンツを提供できるプラットフォームになりました。

レコメンドの精度を高めていくにあたって、視聴者がよく見るコンテンツだけでなく、まだ出会っていないコンテンツとの偶然の出会いを届ける、すなわち潜在的なニーズに応えることも重要になると思います。

おっしゃる通りです。視聴者が既に好きなものに寄せたレコメンドと、今は好きじゃなくても新しいものを発見していくためのレコメンドで、役割を分けています。 特に後者を実現するため、ABEMAを訪問したときに提案されるコンテンツの多様性を高めていく、すなわち陳列棚の役割を変えていくことを重視していますね。

また、動画コンテンツは中身を見ないと内容を判断しづらいので、サムネイルを静的な画像ではなく動的な映像にして、できるだけ内容をチラ見せする仕様に変更しました。格闘に興味がなくても、魅力的なKOシーンをちらっと目にすることで、ついつい見入ってしまうことはあるじゃないですか。そうした体験を作り出せるように、中身の魅力を凝縮したサムネイル映像を出せるように試行錯誤しているんです。

今回のリニューアルでは実装できていませんが、将来的には映像の中身を動画解析をしながら、「どのシーンのどういう場面を使ったらユーザーの心が動くか」という点まで、データ活用の領域を広げていきたいと思っています。それが実現できれば、コンテンツの魅力を最大限に引き出すことができるようになると考えています。

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人々の日常に溶け込む、インフラのような存在を目指して

リニューアルを経て、今後はABEMAはどのようなサービスを目指しますか?

日常に溶け込んでいて、毎日のように使っているアプリってあるじゃないですか。僕らが理想としている使われ方は、それなんです。情報を集めたいとか、時間を潰したいとか、さまざまなニーズに応えられるコンテンツを十分に用意する。そして良い体験を重ねてもらい、信頼残高がたまればたまるほど、ふとした時に開けてもらえるようになる。これがまさに、インフラになっているという状態だと思います。

そのために、一回一回の来訪機会での満足を積み上げていきたいと思っています。ABEMAはニュースだけでなく、麻雀や格闘など、特定のセグメントの人に愛されるニッチなコンテンツから、ドラマやアニメ、バラエティなどマス向けな番組など幅広く提供しています。先ほどもお話したように、地上波とは違って僕らには番組数の制限がない。だからこそ、あらゆるジャンルで良い番組を提供し、「●●番組ならABEMAを開こう」という習慣のタグ付けのようなものを、とにかくいっぱい作っていくことが大事だと思っています。

インフラとなっていくためにチャレンジしていきたいことはありますか?

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これまで僕らが行ってきたデータ活用は、とても基本的なことだと思っているんです。次にチャレンジしたいのは、大きく二つ。まず、先程も少し触れたように、動画そのものの中身の解析をもっと進めていきたいと考えています。

もう一つは、どんな場所でも快適に視聴できることの追究です。インフラになるためには、とても大事な要素だと考えています。再生の品質を高めるため、端末ごとにトラブルや問題を把握し、どのようなデバイスでも安定して再生できるようにする追求はやっていきたいと考えています。

僕はこれまで、ユーザー投稿型のサービスに関わることが多く、ABEMAのようなコンテンツ主軸のサービスに関わった経験は多くありません。可処分時間の奪い合いが激化し、ユーザーの目も肥えていく中で、いかにして魅力的なコンテンツでユーザーのエンゲージメントを高めていくか。開局から5年が経ちましたが、常にチャレンジの連続です。




記事内でご紹介した、Data for Experience#1 ハピネスプラネットの矢野和男氏の記事は下記からご覧いただけます。
データは、直感的な行動を後押しする“学びの源泉”──7年ぶりに新著刊行の矢野和男、データ・ドリブンな幸福論を語る

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