CX Story

良い顧客体験の源は、従業員体験にある。アップル引越センターの「ワクワク」を生み出すEXとCX|Experience Insights #13

2006年に創業したアップル引越センター。2016年には業界初のオンライン見積&引越し予約システム『ラクニコス』をリリースするなど、デジタルを活用した新しい顧客体験を生み出してきました。年間売上は直近3年連続で前年比30%ペースで増加、ラクニコスからの受注件数も3年で6.5倍と、業績も順調に伸ばしています。「引越しの現場で良い体験を提供するためには、従業員体験(EX)の向上は欠かせない」。そう語るのは代表取締役の文字放想(もんじ ゆきお)氏です。CXとEX、その繋がりをどのように捉え、これまでどういった取り組みを実践してきたのかを伺いました。

2006年に創業したアップル引越センター。2016年には業界初のオンライン見積&引越し予約システム『ラクニコス』をリリースするなど、デジタルを活用した新しい顧客体験を生み出してきました。年間売上は直近3年連続で前年比30%ペースで増加、ラクニコスからの受注件数も3年で6.5倍と、業績も順調に伸ばしています。

この数年間は、従業員の満足度や体験向上にも注力。AIによるシフト適正化やパーソナルトレーナーによる健康指導の導入、理念浸透や評価指標の設計などを行ってきました。

「引越しの現場で良い体験を提供するためには、従業員体験(EX)の向上は欠かせない」。そう語るのは代表取締役の文字放想(もんじ ゆきお)氏です。CXとEX、その繋がりをどのように捉え、これまでどういった取り組みを実践してきたのかを伺いました。

運ぶだけじゃない。新生活へのワクワクを感じられる引越し体験を

はじめに、アップル引越センターが顧客に届けようとしている体験とはどのようなものか、教えてください。

前提として、私は引越しを楽しいものだと考えています。どういう家に住もうとか、家具はどうしようかとかワクワクしながら考えて、新しい家で心機一転、頑張ろうと思う。

アップル引越センターでは、そうしたポジティブな気持ちで、お客様が新生活を始められるような体験を目指しています。「A地点からB地点に荷物を運んでもらえる」という機能的価値だけでなく、引越しの楽しさや新生活へのワクワクなどの情緒的価値を提供していきたいですね。

そうした体験を実現する上で『ラクニコス』などのデジタルを活用した取り組みは、どのような役割を果たしているのでしょうか?

引越しという体験のコアになる部分は、人間の従業員がアナログで行うものであり続けると捉えています。だからこそ、それ以外の部分はデジタル化によって、利便性を徹底的に高めたい。

例えば、引越しにおいて、業者選定や見積もり、荷造りが面倒という人は多い。そうした負を解決するために生まれた『ラクニコス』では、お客様がいちいち引越し業者と電話する手間をかけることなく、マイページからチャット形式でやり取りができます。

xi13 image-10

また、100万件以上の見積りデータベースを構築し、家族構成や現在の住まいの間取りなどから荷物量の傾向や見積もり金額を瞬時に算出。これによって、お客様に素早く確定料金を提示できるだけでなく、引越しで運ぶ荷物を細かくお答えいただく必要もなくなりました。

引越し業者によっては、事前に伝えられていないものは運べないといったケースもあると思いますが、アップル引越センターでは詳細な荷物を把握せずともすべて持っていけるように、人員やトラックを配置できるようにしています。

理念を “額縁に飾られている” だけにしないために、自分の素直な言葉で語る

デジタル化による利便性向上と並行し、「アナログであり続ける」部分を担う従業員の体験向上にも注力されてきたかと思います。その背景を伺えますか?

先ほどお話しした通り、アップル引越センターとして最も大切な提供価値は、引越しを通してお客様に笑顔になってもらうこと。それが欠けていたなら、どれだけ荷物を素早くたくさん運べたとしても意味がないと思っています。

こうした感覚や考えは、私自身が15歳のときに引越し会社でアルバイトとして働き始めてから、ずっと抱いてきたものです。どうやったらお客様に喜んでもらえるかを考え、実行するのが純粋に楽しく、やりがいを感じていました。直接「ありがとう」と言ってもらえる素晴らしい仕事だなと。そのおかげか、お客様にクレームをいただくことも、ほとんどなかったんです。

experience insights 13 image-09866


文字放想(もんじ・ゆきお)
株式会社アップル 代表取締役社長
15歳から引越し会社で作業員のアルバイトを始め、その後も各引越し会社で作業員アルバイトや社員としてとして働く。2006年に株式会社アップルを設立。現在は、引越しにおけるテクノロジーの利活用推進によるイノベーションの創出や、CXとEXを高めるNPS®経営の実践に注力している。

引越し作業は、単純な肉体労働として捉えられることも多いと感じています。もちろん荷物を運ぶのは重要な仕事です。ただ、それ以上の楽しさや喜びを見いだせるのではないかと、お客様とのコミュニケーションを通して思っていたんです。

従業員が、お客様の喜びを嬉しく感じられ、やりがいを持って仕事ができていれば、顧客の体験もよくなるはず。そう実感していたのもあり、CSCX(顧客満足と顧客体験)を支えるものとしてESEX(従業員満足度と従業員体験)を捉え、取り組んできました。

具体的にこれまでどのような取り組みをされてきたのか教えてください。

まずは、2009年に企業理念、ビジョン、バリューを策定しました。当時はちょうど社員が30名を超えたくらいのタイミングで、いわゆるマネジメントの壁にぶつかっていて。迷ったときに立ち返るものをつくりたかったんです。

その時に大事にしていたのが、本当に私が成し遂げたいこと、この会社が存在する目的を素直に言葉にすることでした。そうでなければ、従業員にとって説得力のある言葉にならないし、浸透もしない。額縁に飾られているだけの理念になってしまうと。

そして生まれたのが、「引越しを通じて、ひとつでも多くの笑顔を生み出し 笑顔溢れる世の中をつくること」という企業理念です。

企業理念やビジョン、バリューの策定後は、仕事における考え方を『Credo Book』としてまとめました。「接客のときにはこうしましょう」といったHOWではなく、理念やビジョンの実現のため、会社や自分自身がどうあるべきかという信条が書いてあります。

例えば「笑顔で挨拶しましょう」と伝えても、なぜそうするべきか納得し、気持ちを込められないと、お客様にとってのいい体験にはつながりません。

また、どういった対応が適切かは、お客様一人ひとりのニーズや状況によって異なります。具体的なHOWよりも「どうあるべきか」を共有するほうが、お客様により良い体験を届けられると考えていました。

xi image-01

2013年からは、研修や朝礼、社長メッセージの配信などを通して、繰り返しCredo Bookの内容を伝えてきました。私が研修資料を作成して、従業員と一緒に内容を読み、普段の仕事でどう体現するかを話し合ったことも度々あります。

また、毎月発行している社内報では従業員にインタビューを実施してきました。一人ひとりが理念や仕事のやりがい、楽しさを振り返り、言語化する機会になればと思っています。

experience insights 13 image-09922

企業理念やクレドを浸透させていく中での苦労はありましたか?

苦労というわけではありませんが、思っている以上に、とにかくしつこく言い続けなければ浸透していかないものなんだなと感じています。

理念浸透のために行っていること自体は、Credo Bookを作る、毎週社内SNSで社長の言葉として発信する、決算期一度のキックオフでも毎回理念の話をする、など非常にシンプルだと思います。「こんなに毎回同じことを言い続けていていいのだろうか」と感じたこともなくはないです。ですが、大体5年ほど言い続けて、やっと浸透してきた体感があります。基本的なことを、飽きずに、諦めずに徹底することが、ものすごく大事ですね。

お客様の喜びが、従業員の評価に直結する仕組み作りを徹底

理念浸透の取り組みのほかに、ESEX(従業員満足度と従業員体験)のために取り組んできたことはありますか?

評価と称賛の仕組みづくりですね。評価については、お客様アンケートで回答いただくNPS®を、従業員の評価指標としても導入。支店長の報酬なども四半期ごとの支店のNPS®で決まりますし、MVPの表彰でもNPS®のウェイトを最も重くしています。

称賛については、お客様から届いたアンケートから「誰が、どのようなお声をいただいているか」をまとめ、Webサイトと社内SNSで公開。ご指摘をサービスの質の向上につなげるのはもちろん、好意的なアンケートについて、社内SNSで称賛し合う仕組みを築いています。

experience insight 13 image-00


実際にWebサイトに載っているアンケートの一部

回答の収集や集計など今はかなりシステム化していますが、最初はすべて人力で、専任の担当者を置き、お客様からの手書きコメントの入力作業など、一つひとつ行っていました。一見、非効率かもしれませんが、称賛文化を根付かせ、従業員に仕事のやりがいを体感してもらうために、必要不可欠な取り組みだと捉えていました。

社内SNSに投稿しても、最初は当然そんなにコメントなどの反応もありません。だからこそ、お客様からのお褒めの言葉が書かれたアンケート結果に対して、私が地道に称賛するコメントを書き込んだり、自身がまめに投稿したりしながら、使い方を示していきました。やり続けた結果、自主的に投稿してくれる従業員も少しずつ増え、従業員同士で「いいね!」や称賛コメントもつくようになりました。

従業員がお客様の喜びのために頑張れば、会社でも評価・称賛され、報酬も上がる。そして、さらに仕事に前向きに取り組みたくなる。そんな仕組み作りを徹底しています。

xi image-01

まだまだ改善の途上にあるということですね。称賛や評価の仕組みは比較的EX向上への影響が大きい施策なのかなと思いますが、ESの向上についてはどのような取り組みをされていますか?

理念浸透や評価・称賛に加え、より直接的に労働環境を改善し、従業員満足度を高める施策にも取り組んでいます。

例えば、AIによるシフトの適正化システムによって、需給に応じて柔軟かつ適切に人員を配置できるようしています。また、人力よりも正確に休みを予測できるため、従業員が休暇の予定を立てやすくなりました。

他にも各支店へのパーソナルトレーニングジムスペースとトレーナーの配置、年に一度の9連休制度の導入などにも取り組んでいます。

「またアップルさんにお願いしたい」リピーターや紹介経由のお客様が2倍以上に

理念浸透や評価・称賛、労働環境の改善などの取り組みによって、従業員の仕事への向き合い方などに変化はありましたか?

ありますね。例えば、以前はいかに素早く運ぶかを重視し、作業が粗くなってしまう傾向のあった従業員がいたのですが、今では「お客様の喜びに嬉しさを感じる」と言ったり、お客様と記念写真を撮ったりしています。仕事で得られるものがお金だけでなく、成長や感謝など、他にもあると思えたのだ、と。

そうやって、従業員には仕事を「より豊かな人生のためのツール」と捉え、うまく使ってもらいたいと考えています。その人の人生のストーリーにおいて、アップル引越センターに出会えてよかったと思ってもらえる体験、ヒューマンエクスペリエンスを引き続き大切にしていきたいですね。

experience insights 13 image-09876

従業員体験を、人生という長期的な時間軸で捉えているのですね。

そうですね。一番大切なのは、長期的に従業員がより豊かな人生を送れるよう支援することだと思っています。人に感謝されることに喜びを見出し、さらに自分なりの工夫をする。その積み重ねによって、ビジョンを実現する力、世の中に貢献する力を培っていく。それが、会社にとっても、従業員にとっても、ひいては顧客にとってもポジティブに働くと考えています。

もちろん、長期的な従業員体験だけでなく、シフトの無駄をなくして休みを取りやすくする、納得感のある評価制度を作るなど、短期的な従業員満足度を向上させる施策も重要です。従業員一人ひとりが心身ともに健康でなければ、お客様の喜びや自己の成長に向けて、モチベーション高く働けませんから。

これまでのESやEXの取り組みは、顧客の体験にどのように還元されていると感じていますか?

定性的には、以前アンケートの回答で「もう一回、引っ越したくなりました!」という言葉が書かれていたことがありました。引越しという体験自体を楽しんでくださった様子が伺えて、嬉しかったですね。

他にも、自発的にお客様との写真を撮影し、社内SNSにアップする文化ができています。ホームページでの集客などのためにお客様との写真を撮る引越し業者は時々いますが、弊社ではそういった目的は一切なく、従業員が「やりたいから」という理由でやってくれている。全ての引越しに当てはまるわけではありませんが、従業員が記念撮影をお願いできるくらいには、お客様と良い関係を築けていることを示しているのではと感じています。

定量的にも一定の成果が出てあり、特にリピーターや紹介の割合が増えました。2010年8月は全件数のうち9.6%だったのが、2019年は22%に伸びています。

experience insights 13 image-09950
experience insights 13 image-09949


オフィスのエントランスには表彰式の様子や、お客様と撮影した写真が飾られている

EXの取り組みが、より良いCXの創出や事業上の成果にもつながっているのですね。

そうですね。これらの結果には満足していてはいけないですし、まだまだこれからです。

様々な取り組みによって従業員の仕事に対する考え方が変わっていき、顧客体験に影響を与えていくプロセスは、一定の時間がかかるものと捉えています。引き続き長期的な視点を持って、取り組んでいきたいですね。

引越しという人生の節目に、頼りにされるパートナーでありたい

より良い顧客体験を実現していくために、アップル引越センターとしてどういったことを意識していますか?

よく社内で言うのは、「お客様のために」ではなく、「自分がお客様だったら」と考えるということ。 動向調査やリサーチから分析して「お客様にどんな体験をしてほしいか」を考えるのも間違いではありませんが、良くも悪くもロジックで説明できる答えに辿り着きやすい。お客様になったつもりで「もっとこうしてほしい」を探すほうが、ロジックで説明できない、感情的なお客様のニーズに寄り添えるのではと思っています。

最後に、今後どのような体験を顧客に届けていきたいかを教えてください。

まずは引越し体験における負を減らしていきたいです。現金以外の支払い方法を増やす、電気やガスの開通、住民票の異動など、引越し時の面倒な手続きを代行するサービスを提供するなど、利便性を高めていけたらと考えています。

また、長期的な人生のパートナーとしてお客様に寄り添いたいです。進学から就職、転職など引越しのタイミングは人生に何度かあると思うのですが、「とりあえずアップルさんに頼めば気持ち良く新生活が始められる」と信頼してもらえるような体験を届けたい。友人とまでは行かずとも、何年に一度かは近況報告をするような関係になれたら嬉しいですね。

※注:ネット・プロモーター、ネット・プロモーター・システム、NPS、そしてNPS関連で使用されている顔文字は、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標です。


関連記事
事業の存在意義が社員の行動を変え、顧客との関係性を変える。ベネッセが実践する徹底した顧客ありきの活動の背景
「オフラインデータを使いたい」は企業のエゴなのでは。顧客目線のデータ活用に不可欠な人の創造性

SHARE